ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
コーチングを科学する目を養う
2021年04月13日
トニー・グラントに捧げる研究文
私たちが敬愛する科学分野の顧問であり、友人であり、初代コーチング心理学者でもあるコーチング研究の巨匠トニー・グラント氏は、2020年2月3日に逝去した。
グラント氏はシドニー大学でコーチング心理学の教授を務めていた。グラント氏は、多くの無作為的な比較コーチング成果研究を主導し、科学的な論文を数多く執筆した(グラント氏によるIOCリソースへの寄稿文はこちら)。グラント氏は、米国コーチング研究所の「優秀ビジョン賞(Vision of Excellence Award)」の最初の受賞者である。
現在、米国コーチング研究所は、彼の功績を称えたトリビュート作品を制作している。
それと並行して、私たちは、トニー・グラント(Tony Grant)氏の最近の論文を掘り下げたこの記事を、彼に捧げる。グラント氏は、彼の親しい同僚であるショーン・オコナー(Sean O’Connor)氏とともに、2019年に論文「A Brief Primer for Those New to Coaching Research and Evidence-Based Practice」を著し、それは『The Coaching Psychologist』に掲載された。
この記事を通して、グラント氏の功績は私たちの中で生き続ける。そして、私たちは、コーチング・サイエンスの目を養うことができる。
コーチングのエビデンスについてコーチはどう語れるか
想像してみて欲しい。今あなたは、客観的なデータに基づいた事実、すなわち確固たるエビデンスを重視する懐疑的なクライアントとともに、コーチング・プロジェクトについて話している。その時、あなたはコーチングのエビデンスについてどう語るだろうか?
グラント氏のアドバイスによると、「私たちはコーチング知識をもってコーチングを実践しているので、コーチング研究に対して批判的な目を持っている必要がある。そうすれば、コーチングの実践に真の洞察をもたらす研究とは何かを見極めることができる。」とある。
コーチングの科学で何が大切かを知るためには
何よりもまず第一に、グラント氏とショーンは、エビデンスにもとづいたコーチングに携わることを強く勧めている。彼らが定義するエビデンスにもとづいたコーチングとは、「クライアントにコーチングを提供する際に、コーチングに関する最新で最良の知識をプロのコーチとしての専門知識と統合して、知的にかつ意識的に活用するコーチングのことである。」としている。
それはレベルの高い目標であり、科学的文献に初めて触れるひとにとっては、難しい挑戦でもある。また同時に、それはコーチングを専門職として完全な形にしていくために必要なことでもある。
トニーおよびショーンはコーチングの実践に関連する研究を4象限マトリクスにて示している。コーチングに関連した科学とは、多くの分野、例えば行動科学、マネジメントに関する文献、成人学習/開発、システム理論、神経科学およびポジティブ心理学などに関連する。そのため、このフレームワークは、コーチング研究を分類することに役立つ。
1つの軸はコーチングに特化したものからコーチングに関連したものへ、もう1つの軸は強いエビデンスから弱いエビデンスへと表示している。関連性の高い順に4象限を示している。
第1象限
コーチングに関するエビデンスに強く裏付けされたコーチングに特化した厳密な研究は、コーチングをメインに研究したものである。研究は適切にデザインされ、査読されている。扱われている研究課題に対して正しい方法論を用いている。また、適切な数の集団で研究結果が再現されていることも重要である。
第2象限
コーチングに関するエビデンスが弱く、あまり厳密にコーチングに特化していない研究は、言論記事や根拠のない報告書を参照しており、脆弱な研究デザインや研究者やソースが十分でないという特徴がある。
第3象限
コーチングに関するエビデンスは弱いが、厳密なコーチング関連研究は、特にコーチング自体にはフォーカスしていないが、「コーチングの実践に活用できる、または間接的にコーチングの実践に役立つかもしれない」。この研究の中で参照される例には、行動心理学や神経科学などの分野の研究も含まれる。
第4象限
コーチング関連の研究としてはあまり厳密ではなく、コーチングのエビデンスが脆弱なものは、第2象限と同様に、研究のデザイン性が低いか、再現性がないものである。
研究における主要テーマ
グラント氏とショーンは、さらにコーチング研究の現状を4つのテーマに沿って探究している。
- コーチングの成果に関する研究
- コーチとクライアントとの関係性に関する研究
- 有能なコーチの特徴
- コーチングがどのように機能するか(心理学的メカニズム)に関する研究
コーチングの成果に関する研究
多くの研究において、コーチングとは、様々な変化可能な要素の変化を促進するための効果的なアプローチであると定義されている。それらの変化可能な要素には、目標達成、個人のレジリエンス、幸福感、自己洞察力、変革的なリーダーの行動などが含まれる。
成果に関する研究は、一人で行う定性的なケーススタディから、大規模な研究まで多岐にわたっており、洗練されたメタ分析やコーチング研究のシステマティックなレビューも含む。著者らは、職場でのコーチングについて、目標志向型、ソリューション志向型、認知行動療法型のコーチング手法が最も有効であるとしている。
今日に至るまで、5つのメタ分析が行われている。メタ分析とは、一連の研究を分析し、コーチング介入効果の平均値を計算するもので、コーチング成果研究の最高基準である。これらのメタ分析は全て、コーチングが変化に向けて有効な方法であることを示している。
コーチとクライアントとの関係性に関する研究/有能なコーチの特徴
心理療法では「深い信頼関係と無条件で肯定することに集中する」ことが重要であるのに対し、コーチングではクライアントの望む結果や目標にフォーカスすることが良い結果を生む鍵であることがわかっている。
性格やコーチとクライアントの相性が成果に影響するとは示されていない。
著者らは、行動科学や心理学にもとづいたトレーニングを受けたコーチは、そうでないコーチに比べて、クライアントの自己認識や仕事の成果を促進する面において、より力を発揮すると述べている。
コーチングの心理学的メカニズム
グラント氏とショーンは、第3象限「厳密なコーチング関連の研究」にあてはまる研究はかなり多いとしている。このような研究は、コーチングの成果研究に比べると信頼性には欠けるが、長年にわたって支持されてきたコーチングの信念や方法に反論することができる。このことは、良い側面もある。研究結果はコーチングの実践において、より柔軟性と創造性をもたらすことにつながるかもしれないからである。
例えば、目標設定に関するエドウィン・ロック氏の研究を採用すると、クライアントが目標を設定する理由を理解し、その理由に同意していれば、クライアントとコーチのどちら側が目標を設定しても問題はない。結果への影響は同じである、となる。
興味深いことに、内省は必ずしも自己洞察をもたらすものではなく、それだけでは幸福度は上がらないかもしれないのである。コーチは、「コーチング・カンバセーションを内省に向けるのではなく、クライアントが優れた自己洞察力を身につけることを手助けしていく」ようにするほうがよいのかもしれない。
もう1つの教訓は、研究自体は面白いかもしれないが、それが必ずしも役に立つとは限らないということである。私たちのコーチングスキル向上と実践をより促進させる上においては、実際には役立たない研究(一部の神経科学の文献を含む)に惑わされないように注意するほうが良い。
最後に、グラント氏とショーンはコーチに次のようにアドバイスしている。「自分自身のコーチング実践について、建設的で十分な情報にもとづいた内省をすること、自身のコーチングアプローチを既存の研究や新しい研究と明確に照らし合わせること、また、最新で最良の経験的研究と自身の経験や専門的知識とを統合していくこと、そうすることで、私たちはより成熟し、バランスがとれ、目的意識を持ったプロフェッショナルになり、角がとれた充実した人間になることができる。本当の意味で、私たちはエビデンスにもとづいたアプローチを個人的に体現する必要がある」。
コーチのためのヒント
- エビデンスを理解する: より良いコーチになるためだけではなく、コーチングがもたらすよい影響を信頼できる形で説明できるためにも、コーチング研究を理解することに投資しよう。
- すべての研究が同じようにつくられてはいない:コーチングの研究には様々なものがあるが、最大の効果を得るためには、厳密で関連性のある研究に焦点を当てよう。
- 一般的な前提に疑問を持つ:世間的に支持されているコーチングの前提を覆すような調査結果を探してみよう。
- 学びを広げる:強力なコーチングのエビデンスの基礎とコーチングに関連する研究からの学びを求め、理解し、統合していこう。
「見た目では何も判断せず、エビデンスにもとづいてすべての判断を下す。これ以上のルールはない。」
ー チャールズ・ディケンズ
参考文献
Grant, Anthony & O'Connor, Sean. (2019). A brief primer for those new to coaching research and evidence-based practice. 15. 3-10.
Available online: https://www.researchgate.net/publication/333162365_A_brief_primer_for_those_new_to_coaching_research_and_evidence-based_practice
筆者について
フィオナ・ソルテ(Soltes, Fiona)氏は、さまざまな業界において30年以上執筆を続けるプロフェッショナル・ライター。健康とウェルネスを推進するコーチでもある。
マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Developing an Eye for Coaching Science
(2021年2月9日にIOC Resourcesに掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)
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