ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
すべてのリーダーが持つ「影の部分」をコーチングする
2021年07月13日
はじめに
リーダーがより大きな役割を担うようになると、内面的な強さと自信の両方を強化することが求められる。また、冷静さ、勇気、楽観主義、レジリエンスなど、リーダーシップに必要な力も期待される。一方で、責任範囲が増すと、より多くのリスクを伴ったり、より多くのものを失う可能性も広がる。大きなリスクに対する緊張感は、疑念、不安、批判、硬直性、さらには恐怖という形で、新しく備えた強さに影の部分を生み出す。
強みと影の部分の二極化は、コントロールの効かない不確実な状況下では、新たな挑戦や責任を担う人であれば、誰もが経験する可能性があることである。子育てや子どもの教育に関わる人、もしくは、チーム、グループ、コミュニティそして組織を率いるリーダーなど、他者の成長に関わる人であればだれでも、その責任の緊張感からくる影の部分も携えながらリーダーとしての新たな強みを身につけていく。
今回は、IOCのコーチングにおけるソートリーダーであるエリック・デ・ハーン( Erik de Haan)氏の『リーダーシップにおける影:逸脱、傲慢さ、行き過ぎた行動をどのように認識し避けることができるか(The Leadership Shadow: How to Recognize and Avoid Derailment, Hubris, and Overdrive)』という記事を紹介する。この記事は2016年に発表されたものだが、現在のパンデミック状況下において、その内容はより今日の状態に即したものといえる。パンデミックによるストレスと緊張感により、我々は皆自分の影の部分をより意識するようになっている。
記事の中でデ・ハーン氏は、リーダーやその部下にのしかかるリーダーという役割への大きなプレッシャーに注目し、以下の3つの領域を探索している:リーダーに課せられる期待、リーダーシップの最適な定義、そして、内的葛藤やリーダーシップの影である。また、リーダーが自身の影の部分を乗り越えることを、コーチがどのように支援できるかについて考察する。
今日のリーダーシップの課題
デ・ハーン氏はまず、今日のリーダーシップが置かれている状況を考察している。リーダーは今日、複雑性、予測不可能なこと、相互の関係性、昼夜・休日を問わないグローバリゼーションへの対応、不平等や格差、気候変動リスク、社会的紛争といった様々なことへの対応を求められており、パンデミック以前を含め、これほど多くのことがリーダーに課せられた時代はなかった。リーダーが直面しているこのような膨大な期待値によって、リーダーは限界に、さらに限界を超えるところまで追いやられていることは明らかだ。現在の状況でリーダーに求められることは、「必ずしもカリスマ性や変革力があることではなく、人との繋がりを持続することができて、関係性を担保し、あらゆる方向から能力を査定されることに対してポジティブでいられること」である。
デ・ハーン氏は、極端な要求下において、どんなことがリーダーに起こりうるかを説明している。「前向きな集中力も休むことなく限界まで発揮し続けてしまうと、リーダーは無口になる、頑固になる、あるいは説得を始めたり熱狂的な態度になってしまうなど、有益ではなく、究極的には非生産的なパターンに陥ってしまうのである。可能性や曖昧さを受け入れ、自分自身や他者と継続的かつ創造的な会話をする代わりに、リーダー達が、恒常的に役に立たず、頑固で、憤慨していて、歯切れが悪く、強烈な人物になってしまうのは深刻である。あたかも、自分自身が風刺画に登場する人物のようになってしまうのである。
このような「オーバードライブ(行き過ぎた行動)」の経験は、仕事や人間関係にすぐに悪影響を及ぼす。たとえば、このオーバードライブにより、リーダーの知覚や認識に偏りを生じさせることがあるかもしれない。また、ストレスや燃え尽き症候群の増加につながることもある。極端に言えば、肉体的・精神的なレジリエンスが失われかねない。最終的には、オーバードライブは、肉体的・精神的な病気、逸脱、崩壊を引き起こす負のスパイラルを引き起こす可能性がある。」
最適なリーダーシップとは
デ・ハーン氏は、最適なリーダーシップの定義を次のように述べている。「組織の成果とは、その組織を構成するすべてのメンバーが、チームとして協力して働いた結果である。したがって、意味づけ、方向づけ、またフィードバックの可能性を最大限に促進し、集約することが、リーダーとして最も能力を発揮するポイントである。また、リーダーに関わるすべての関係者が、不確実性、曖昧さ、多様な視点、意見の相違を包含し、それらを歓迎するリーダーシップに賛同し共に歩むことが非常に重要である。」
リーダーシップの影の部分とは
リーダーに肩書きや責任があることによって、他のメンバーとの距離が生じると、それは人間関係において目に見える外側の亀裂をもたらす。また、それはリーダー自身の内面的な亀裂も生じさせる。その亀裂は、貢献や創造に対して意欲的な明るく活動的、建設的、そして積極的な一面と、疑い深く、悲観的で、要求が多く、傷つきやすく、用心深く、また心配性で、自分自身や他者との繋がりを渇望してしまう一面というコントラストとなって現れる。例えば、リーダーは、無力感に苛まれる瞬間と全能感に包まれる瞬間を交互に繰り返すかもしれない。もしそれらの状況に生産的に対処しなければ、影の部分はリーダーの成功を損ない、道を逸脱させてしまうのである。
デ・ハーン氏とアンソニー・カソジ(Anthony Kasozi)氏との共著『The Leadership Shadow』では、人格における11の影のパターンが解説されている(第5章)。人格の傾向は、個々人のリーダーシップの特徴に基づいており、その一つひとつは極めて「逸脱者」的な行動パターンを示している。例えば、魅力的に他者を操つる人、ふざけ半分で励ます人、共感できない外交家などがあげられる。また、彼らの研究では、上級管理職では98%、しかし、中間管理職ではたったの25%のみが、緊張、行き過ぎた行動、さらには逸脱をもたらす影の部分の特性を少なくとも1つは持っていると結論づけている。
リーダーへの教訓
自分のリーダーシップの影の部分に気づかず、それをコントロールできないと、少なくとも職場が緊張し、最悪の場合、有害な職場文化をもたらしてしまう。そのことを考えると、リーダーは自分の影の部分がどんな時に現れるのかに気づいていることが重要である。自分がどのような時に行き過ぎた行動をするのか、過剰に他者をコントロールするのか、もしくは度を超えてしまうのかに気づく必要がある。
リーダーは、より大きな責任を持つことから生じる新たなひずみや影の部分を避けることはできないだろう。しかし、コーチは、リーダーが内省したり、マインドフルネスを意識したり、感情コントロールのテクニックを身に着けられるように支援することができる。そのことによって、リーダーは自分の状態に気づき、自己コントロールし、最終的には影の部分から脱することができるのである。
以下にいくつかのヒントを紹介する。
- フィードバックを求める - あなたの影の部分の行動を目撃している人から意見をもらう。判断をせずにフィードバックを振り返ってみよう。影の部分は、リーダーシップの領域について回る経験である。
- 影の部分に気づく 行き過ぎた行動や過剰なコントロールをしている瞬間に気づくように心がけよう(受動的攻撃行動も含む)。
- 影の部分を歓迎する 影の部分に向き合い、名前をつけ、自分自身に対して親切で思いやりのある態度をとってみよう。
- 影の部分を受け入れる 新たな挑戦、新たな役割に直面したら、それは新たな影の部分も伴うものであり、自分自身が持っているものから生じるものである。自分の人間らしさと弱さを認めよう。影の部分からの学びに好奇心を持とう。
- 影の部分から離れよう - 影の部分はあなたの一部ではあるが、あなたの今の現実ではなく、過去の経験に基づいて反応している。それは、あなたの意識をレベルアップさせて、恐れを新たな力に変えるための呼びかけなのである。
コーチのためのヒント
- コーチの自己開発のためには、自分の影の部分に気を配ること。
- リーダーがリーダーシップの影の現象を理解し、それを普通のこととして認識できるようにする。
- リーダーの許可を得て、リーダーの強みと影の部分の行動の両方に気づくように導く。
- ストレスや緊張に対処できるように、リーダーが健全なリーダーシップを意図して設定することを支援する。
- リーダーがマインドフルネスの手法を用いて、リーダーシップの影の部分を克服し、そこから学ぶことを支援する。
「ほとんどのこの世の闇とは、太陽の光の下に立つ自分自身の影なのだ。」
-ラルフ・ワルド・エマーソン
参考文献
CITATION: de Haan, E. (2016). The leadership shadow: How to recognise and avoid derailment, hubris and overdrive. Leadership, 12(4), 504-512.
BOOK: de Haan, E., & Kasozi, A. (2014). The leadership shadow. Kogan Page.
Training Journal: The Leadership Shadow
筆者について
アンディ・クック(Andy Cook)氏は、エグゼクティブコーチ、教育者、組織開発、リーダーシップ開発の専門家として20年以上の経験があり、教育学の博士号を持つ。
マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】 Coaching the Leadership Shadow(2021年6月6日にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)
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