米国コーチング研究所レポート

ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。


リーダーシップ・コーチングにおける自己決定理論とは

【原文】 Self-Determination Theory In Leadership Coaching
リーダーシップ・コーチングにおける自己決定理論とは
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「自己決定理論(Self Determination Theory:自己決定論)とは、人間のモチベーションと人格に対するアプローチである。この理論は、人格形成と行動の自己管理のために、進化を遂げてきた人間の内的リソースが重要であるとした生物的メタ理論を取り入れている。」

リッチ・ライアン(Rich Ryan)/エド・デシ(Ed Deci)

はじめに

自己決定理論とは、Institute of Coaching(以下、IOC)のオピニオンリーダーであるリッチ・ライアン(Rich Ryan)氏とエド・デシ(Ed Deci)氏が30年をかけて共同開発したものである。ライアン氏は2021年10月のIOCカンファレンスにて講演を行っている。
ライアン氏とデシ氏は、現代においても優れた心理学者であると認識されており、内発的動機付けと外発的動機付け、心理的ニーズと幸福、目標、人間関係の6つのミニ理論からなるメタ理論として自己決定理論を開発した。自己決定理論について詳しく知りたい場合は、彼らの著書「自己決定理論」を参照していただきたい。

自己決定理論は、健康、幸福、身体活動、感情、メンタルヘルス、仕事などの分野での応用研究は確立されてきており、いよいよその理論は今、リーダーシップ・コーチングにおいても注目されている。スコット・テイラー(Scott N. Taylor)氏, アンジェラ・パサレリ(Angela M. Passarelli)氏(新IOC研究担当理事), エレン・バン・オーステン(Ellen B. Van Oosten)氏は、2019年12月に「Leadership Quarterly」(IOC会員限定記事)に「Leadership Coach Effectiveness as Fostering Self-Determined, Sustained Change(自己決定的で持続的な変化を促すリーダーシップコーチの効果)」と題した論文を発表した。

著者は「持続的な変化に向けて、効果的なリーダーシップコーチにできることを理解するためには、永続的な行動の変化をもたらす動機づけのプロセスを理解する必要がある」と提案している。自己決定理論は、個人が自分の経験を統合し、首尾一貫した自己を作るために行動しようとすることを前提としている。行動して得た自分の経験を統合し、真の自分になろうとする動機は、内発的動機とまた二次的には外発的動機が統合されてこそ、最も強力に表れる。」

著者は、11の命題(私たちは9つに簡略化した)を説明することで、リーダー自らの能動的な変化をコーチがどのように支援できるかを解説している。コーチングのプロセスにおいて、自己決定理論によって定義された3つの中核的な心理的欲求(自律性、関係性、能力が充足されることにより起こるクライアントへの影響に焦点を当てている。

この9つの命題は、すべてのコーチング領域において重要であり、その領域は「未来の」理想の自分、「現在の」現実の自分、学習課題、実験、持続的な変化を扱っている。たとえば、米国のNational Board for Health and Wellness Coachingの国家資格であるコーチング・コンピテンシーにも、この9つの命題が組み込まれている。

未来の理想の自分

  1. リーダーシップコーチが理想的な自己の発見を促進することは、リーダーの自律性に関する感覚にプラスの影響を与える。理想の自分を発見するためのコーチングは、「本当は誰になりたいのか」「本当は何をしたいのか」といった質問を投げかけることにより、リーダーの想像力、夢、願望を引き出す。この発見のプロセスによって、自律性の重要なニーズが満たされることになる。

  2. リーダーシップコーチが理想的な自己の発見を促進することは、リーダーの関係性に関する感覚にプラスの影響を与える。コーチは信頼とラポール(親密な関係)を構築することで、リーダーに自律的で正直な願望や欲求を安全に開示できるように促し、それに対してコーチは共感と受容をもって返答していく。そのように自己開示することにより、親密さと繋がりがつくり出され、コーチはリーダーが理想的な自己とは何であるかを確認するサポートができる。

  3. リーダーシップコーチが促進する理想的な自己の発見は、リーダーの能力に対する感覚にプラスの影響を与える。理想の自己を発見するプロセスは、自分が有能でありたいとう欲求を満たし、またコーチはそれを後押しすることができる。能力を育むのは、理想的な自己になれるという可能性ではなく、むしろ、リーダーが現在の制約から目をそらせて、「もっと良くなれる」という気持ちや信念を持つことなのである。コーチは、「あなたの理想の自分を徐々に実現していくのは、どんな感じで、どんな風に感じている?」といった新しい意味づけをするような質問をすることで、将来に向けての能力に対する自信をサポートすることができる。

  4. リーダーシップコーチによる理想的な自己への発見を通じて、リーダーの欲求を満たすことは、リーダーの内発的動機にプラスの影響を与える。内発的動機づけは、理想の自分を発見するプロセスのどの時点においても、3つのニーズのいずれかが満たされたときに活性化する。つまり、コーチが対話を進めることで、リーダーの「自律性」「関係性」「能力」のいずれかの欲求が満たされると、リーダーの内発的モチベーションが継続的に高まる。この新しいモチベーションが、理想の自分を追い求める学習の旅への起爆剤となるのだ。

現在の本当の自分

  1. リーダーシップコーチが促進する本当の自己の発見は、リーダーの自律性、関係性、能力、内発的動機のすべての感覚にポジティブな影響を与える。理想の自分と現実の自分との間のギャップに気づくことは、さらなる自律的な行動や能力開発の機会となる。本当の自分と理想の自分の比較について、リーダーとコーチが有意義な話し合いを行い、リーダーがコーチから継続的なサポートを受けることで、関係性の感情が高まる。リーダーは、自身の強みを維持・活用する方法や、現実の自分と理想の自分のギャップを探る方法について、コーチと議論することで、リーダーの能力をより感じるようになる。

  2. リーダーシップコーチが促進する真の自己発見によって欲求が充足されることは、リーダーの統合的な外発的動機付けにプラスの影響を与える。外部情報(他者からのフィードバックやその他の状況を定義するデータ)が存在する中で、有能なリーダーシップコーチは、リーダーにとって個人的に意味のある本当の自己に関する外部からのフィードバックを統合し、自分のものにすることを支援します。

学習課題

  1. リーダーシップコーチが促進する学習課題の発見は、リーダーの自律性、関係性、能力、内発的動機への感覚にプラスの影響を与える。理想的な自己のビジョンに向けて学習課題を実行し始めると、リーダーは過渡期にある自分を認識し、新しい考え方や行動方法を試すことに重点を置く。理想的な自己のビジョンを持つことは、目的、意味、そして学習、実験、実践を支える動機付けのエネルギーの源となるのである。

実証実験

  1. リーダーシップコーチが促進する実験と実践による発見は、リーダーの自律性、関係性、能力への感覚にプラスの影響を与える。
    実験と実践の発見の段階では、支援的なリーダーシップコーチは、実践を通じて理想の自己を実現するための努力を継続するように促す。リーダーシップコーチの重要な役割は、リーダーが新しい行動を実践する際に、それを経験していくことを手助けすることである。

持続的変化

  1. リーダーシップコーチからの信頼できるサポートを受けながら、リーダーが新しい行動を試し、実践することは、 持続的な変化にプラスの影響を与える。
    コーチがリーダーを継続的にサポートし、コミュニケーションをとることで、リーダーの変化の可能性が高まり、理想の自分に向かって能動的に進んでいくことができるようになる。これは、リーダーとコーチの間のコミュニケーションが安全な環境で行われることで、リーダーが本当の自分を探求し、実験と実践を通して新しい仮の自分を試すことができるからだ。
    著者はこう結論づけている。「リーダーの持続的な変化と成長には、単に組織にとって最も有益な方法で行動するようにリーダーに圧力をかけることではなく、内発的な動機付けが不可欠である」

コーチのための学び

  1. 持続的な変化を可能にするために、クライアントが内発的な動機付け、自律性、支援が受けられる関係性をうまく活用できるようにコーチとして支援できているかを、頻繁に振り返ってみよう。
  2. 自己決定理論は、エビデンスに基づいたマーケティングとして使うこと。コーチングは、2つの強力な方法により効果的に作用する。コーチングは3つの中核的な心理的欲求を活用し、それに応えるものである。
  3. 「自己決定理論」の書籍を枕元に置いて、人間のモチベーションのプロセスと、それが成長、発達、幸福へ与える影響についてより深く学んでみよう。

「長い目で見れば、私たちは自分の人生を形成し、また自分自身を形成しているのだ。このプロセスは、私たちが死ぬまで終わらない。そして、私たちが行う選択は最終的には私たち自身の責任だ。」
ーエレノア・ルーズベルト

筆者について

マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。

【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Self-Determination Theory In Leadership Coaching(2021年7月25日にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)


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