米国コーチング研究所レポート

ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。


リーダーに求められる「コンパッション」とは?

【原文】 Compassion Matters in Leadership
リーダーに求められる「コンパッション」とは?
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はじめに

米国コーチング研究所(IOC)チームが2021年の新しい報告書「人間性でチームを導くーリーダーシップとコーチングの未来 (Leading with Humanity - the future of leadership and coaching)」を作成する際に、パンデミックへの組織の対応に関するデータの中で、最もフィットするリーダーシップのあり方は、強い共感をもって相手のために関わる、コンパッション*のあるリーダーシップであることがわかった。このことから、今回のコラムはブラッド・シャック(Brad Shuck)氏とそのチームによる2019年度の「季刊・人材開発(Human Resource Development Quarterly)」の中の興味深い研究、「リーダーシップにコンパッションは必要か?(Does Compassion Matter in Leadership?)」という文献を紹介する。

*コンパッション:「同情」「思いやり」と訳されることが多いが、正確には、「相手の気持ちを理解し、共感する」ことに加え、「苦しんでいる相手を助けたいと思う気持ち」が含まれる。これに該当する日本語がないため、英語のまま片仮名表記した。(Hello, Coaching!編集部)

研究者たちは、「コンパッション」の定義を紹介している。「『コンパッション』は3つの構造で定義することができる。『他者の苦しみに気づき』『その苦しみに共感し』『その苦しみを和らげるために行動する』ことである」。

また、リーダーシップにおける「コンパッション」を次のように位置づけている。「コンパッションとは、広義には、他者の苦しみに対して人が反応するという体験であると定義されている。その感情は、どんなときでも、誰に対してでも、個人や集団に対して、与えたり受け取ったりできるものである。職場も、コンパッションの影響が及ぶという意味において例外ではない。リーダーは、職場においてコンパッションが重要であることを示すという重要な役割を担っている。リーダーは、その行動を通じて、他の人が体験し、反応し、再現することができるような組織規範に影響を与えているのである」。

そして、研究チームは、リーダーの能力におけるコンパッションの果たす役割と、そのパフォーマンスへの影響は十分に検討されていないと指摘している。つまり、コンパッションとリーダーのパフォーマンスの関係を調べた研究は限られているのだ。しかしながら、職場でのコンパッションについて、探索がなされていないというわけではない。たとえば、ジェーン・ダットン(Jane Dutton)氏と仲間が2017年に著した書籍『Awakening Compassion at Work(職場でコンパッションを育む)』は、その点において大きな貢献をしている。その本では、人間に苦しみを与える出来事に対する反応の総和が、何かを生み出す力や変革の力になることについて述べられている。

研究の論理的根拠

研究者たちは研究の論理的根拠について、以下のように述べている。
「私たちの研究の目的は、コンパッションのあるリーダーの行動がなぜ職場で重要なのか、それがどのように運用されるのかを検証し、また、コンパッションのあるリーダーの行動が業績に関連する成果に与える潜在的な影響を明らかにすることだった」。

私たちの研究の指針となったのは、次の2つの大きな問いである。

  1. コンパッションの体験にもとづくリーダーの行動(たとえば、思いやりのあるリーダーシップ)には、特徴的な分類があるか?もしそのような行動があるとしたら、どのようにして評価することができるか?
  2. コンパッションのあるリーダーの行動は、パフォーマンスにどのような影響を与えうるだろうか?

私たちは、リーダーの行動を通して発揮されるコンパッションの波及効果は、実際の体験によって文書にできるようにすべきだと考えた。これは、私たちが「コンパッションのあるリーダーの行動」と呼ぶものを概念化し、運用するための新しいアプローチとなった。

研究内容

コンパッションのあるリーダーシップの要素を特定し、その尺度を開発するために、2段階の連続した研究デザインが用いられた。第1段階では、現象学的アプローチを用いて、営利、非営利の組織において地域、国、国際的なフィールドで役割を担う22人の業績の高いリーダーにインタビューを行った。コンパッションのある行動を示していると認識されているリーダー達が選ばれ、インタビューの結果、コンパッションのあるリーダーの行動を示す、個人の特性、行動、意思決定、ロールモデルを含む6つのテーマが明らかになった。そのテーマとは (1)誠実さ、(2)アカウンタビリティ、(3)プレゼンス(相手と共にいる)、(4)共感(エンパシー)、(5)ありのままの自分でいる、(6)尊厳である。

  1. 誠実さ
    プロフェッショナルとしての透明性、リーダーとしての言動が個人としてもプロフェッショナルとしても一致していること(たとえば、意識的に有言実行すること)、自分全体をありのまま仕事に生かし、自分の中心となる価値観や信念に基づいて行動すること。

    誠実さとは、さらに次のように表現される。「正確で、タイムリー、透明性のある情報共有、動機や目標を明確に伝達すること(対極にあるのが、隠された意図や計画)、対立や意見の相違を正面から対処すること(ゴシップや受け身的・攻撃的なアプローチを奨励しない)」

  2. アカウンタビリティ
    行動責任における最も高いレベル(例:高いパフォーマンス基準の設定、明確な期待値の提示、フィードバックの共有、高い達成度に対する具体的な報酬や表彰の実施)

    「アカウンタビリティの行動とは、困難な状況に対処するために意識的なステップを踏むことを意味している。それは、たとえ権力や地位の違いが認識されていても、誰かを解雇したり、従業員を別の方向に向かわせたり、厳しい内容の会話をしたりするときでも意識的に対応することである。」

  3. プレゼンス(相手と共にいる)
    今この瞬間に注意を向けることで、人や状況に合わせるリーダーの能力(例:個人の状態に対する気づきと思いやり、傾聴、非言語的なサインに注意を払うことなど)

    「他のコンパッションのあるリーダーの行動に対して、プレゼンスは、従業員の現在のニーズに応えるために、他の差し迫った組織の問題を調整するリーダーの感情的および認知的能力の自己修養に関連している。このような行動は、従業員は貴重で価値ある存在であることを組織に伝え、従業員自らの有能感を高める。」

  4. 共感(エンパシー)
    相手の視点、考えや感情を理解し、行動することを通じて伝えられるもの。(例:相手の人格、ニーズ、目標、動機に気づくこと、また、会話のトーンや内容を要約する能力)。

    「共感とは、従業員の思考、感情、経験に同調することを示す行動を必要とするという特徴がある。」

  5. ありのままの自分
    成功や失敗を含む経験を他者と共有する際に、自分の弱さを見せ、自己開示する。また、強い自己認識を持ち、他者からの評価を受けることを厭わない。

    あるインタビューでは、「コンパッションとは、ありのままの自分であること。それは、純粋であること、リアルであること、自分が指導したり一緒に働いたりする人々を思いやることである。だから、私はそのモデルになろうとしているし、できる限り他の人にもそれを奨励しようとしている。そしてそれは、もし私があなたの全人格を大切にしているなら...もし私があなたにとって大切なものを大切にしているなら...またしかし、あなたが苦しんでいるところも大切にしているなら...それがコンパションのあるリーダーシップだと感じてもらえることを願っている。」

  6. 尊厳
    一人ひとりの人間の基本的な価値を尊重すること。違いを受け入れ、寛容な態度を率直に示し、他者に対する一貫した思いやりを持ち、ひとりひとりの個性をたたえることを含む。

    「だから、すべての人間は本質的に価値があるというこの感覚があるのだ。」

    研究の第2段階として、研究者たちはこれら6つのテーマの評価ツールを開発し、ある金融系コングロマリットのあらゆる階層の1,000人にオンラインでアセスメントを実施した。参加者には、これら6つのコンパッションのあるリーダーの行動が、エンゲージメント、心理的幸福感、離職意向に与える影響を尋ねた。その結果、コンパッションのあるリーダーシップの6つのテーマをすべて合わせると、従業員のエンゲージメントと幸福度が向上し、組織からの離脱しようとする関心が低下するという仮説が確認された。

結論

多岐にわたる結論の中で、研究者たちは次のように述べている。

「今回の参加者は、ビジョンを設定し、目標を伝え、チームやメンバーに結果に対してアカウンタブルな姿勢にさせ、フィードバックを与えるといった、伝統的なリーダーシップスタイルに関連する経験もしていた。このような点では、参加者は特に突出した存在ではなかった。しかし、コンパッションのあるリーダーは、前述の6つのテーマに対するアプローチにおいて、他とは一線を画していた」。

「彼ら(インタビューを受けた人)は、コンパッションとは、非常に豊かでポジティブな方法で、他者と共に人生を経験するためのアプローチであると表現していた。このことは、職場の中でコンパッションを経験することに向けて組織全体の能力を育てるという新しい機会をもたらしていると我々は考える。つまりそれは、コンパッションを持って周囲を導くだけでなく、他の従業員、ステークホルダー、コミュニティのメンバーからコンパッションのあるリーダーの行動を引き出すという機会である」。

「このスタンスは、『人間の苦しみに対する自然で適切な反応』というコンパッションのあるべきな姿を損なうものではなく、むしろ組織という文脈の中で、コンパッションの経験を、新しい、より希望に満ちた楽観的な視点として位置づけているのである。そうすれば、誰もが主体的に持続的な行動パターンをとることを促し、人生の可能性と意味を広げるような、コンパッションのある組織を構築することができるのではないだろうか」。

「コンパッションのあるリーダーは、そのアプローチにおいて自分自身を際立たせる。彼らは、『誠実さ』と『プレゼンス(相手と共にいる)』の姿勢を携えていた。その誠実さと「相手と共にいる」姿勢の中で、彼らは自分の行動が他者にどのような影響を与えるか、自分が社員や組織、コミュニティの体験にどのような影響を与え、その体験をどのように形つくれるかをはっきりと認識していた。彼らは、自分自身とその行動、思考について鋭い自己認識を持っていた。また、自分が他者との間でつくり出す体験を自覚し、その体験が建設的な影響をもたらすために多大な努力をしていた。彼らは、その場にいる人々と出会い、交流する機会を常に模索していた」。

「コンパッションとは、日々の仕事の中で、すべての社員の体験を尊重する行動をとることだった。コンパッションとは、6つのテーマではなく、人生を生きることだったのだ」。

研究チームは、コンパッションを、無理強い的な対応ではなく、リーダーの日常的な行動としてとらえてほしいと考えている。さらに、彼らは以下のように主張する。「トレーニングや人材開発の専門家は、コンパッションのあるリーダーの行動を、エグゼクティブ開発やチェンジマネジメントのコースに組み込むことができるかもしれない。コンパッションのあるリーダーの行動は、リーダーの上司やチームの部下によって、様々な評価ツールや360タイプの指標を使って測定され、効果的に評価されることができるだろう」。

コーチのための学び

  1. コーチとして、コンパッションの6つの要素(誠実さ、アカウンタビリティ、プレゼンス(相手と共にいる)、共感(エンパシー)、信頼性、尊厳)と自己への思いやりの豊かさを、自分の人生や仕事の中で表現しよう。
  2. この研究結果をあなたと対話するリーダー達に共有しよう。コンパッションのあるリーダーの行動と評価基準は定義されており、組織に対してプラスの成果につながっていることを。
  3. コンパッションのあるリーダー行動のアセスメントを、あなたの法人クライアントに試験的に実施することを検討してみよう。

「私たちが他者と接するとき、たとえその人が受け入れにくいことを言ったり行ったりしても、私たちの考えや行動はコンパッションの心を表現する必要があります。私たちは、相手が愛すべき人だからその人を愛するのではない、ということがはっきりとわかるまで、コンパッションを示す練習を繰り返します。」

ー ティク・ナット・ハン

筆者について

アンディ・クック(Andy Cook)氏は、エグゼクティブコーチ、教育者、組織開発、リーダーシップ開発の専門家として20年以上の経験があり、教育学の博士号を持つ。

マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。

【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Compassion Matters in Leadership(2021年11月28日に IOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)


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