本は、わたしたちに新たな視点を与えてくれます。『 コーチが薦めるこの一冊 』では、コーチが自分の考え方や生き方に影響を与えた本についてご紹介します。個性豊かなコーチたちが、どんな本を読み、どんな視点を手に入れたのか、楽しみながら読んでいただけるとうれしいです。
日常という不思議な世界(『考えの整頓』)
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『考えの整頓』は、「ピタゴラスイッチ」「だんご3兄弟」「バザールでござーる」など、数多くのヒット作を生み出している佐藤雅彦氏が、私たちが無意識にとっている行動や、少し立ち止まって考えると不思議な事象についてぐるぐると思考をめぐらせ、独自の切り口でその仕組みを解き明かした27編からなる考察集である。
例えば、「物語を発現する力」という一篇。
冒頭に、大小二つの三角形がレイアウトされた図が提示される。これだけではこの図が何を意味するかわからない。
次に、この二つの三角形の位置を少しずつ動かした図がいくつか提示される。すると、どうだろう、何の意味も持たなかった二つの三角形が、魚の親子が泳いでいる姿に見えてくる。
こうしたシンプルな思考の実験から、著者は、いくつか並べて提示された、一見ばらばらな情報を解釈するのに人間はたちどころに「物語」を創り上げてしまうということを再確認する。
そこで次に、著者は、試みとして、年に2,3回通うラーメン屋で、30年間にわたって数年おきに見た、店主とその息子の断片的な会話のやりとりを紹介する。
ひとコマひとコマだけでは何が起こっているかわからない。しかし、いくつかの場面を並べてみると、なるほど、自分でいつの間にか物語を創り出し、断片的な情報をつなげあわせて解釈していることに読者は気がつく。そこに、老舗の味を守ろうとする、親子の一編のドラマが「自然と」浮かび上がってくるのである(これは本を読んでぜひ実際に体感してほしい)。
著者は、そこから考えを発展させ、この「物語をたちどころに生み出す能力」は、人間に用意された「生きていくための力」なのではないか、という仮説を立てる。もし、この能力がなければ、我々は、目の前に現れた意味不明な物事が意味不明なままどんどん頭の中に溜まっていったり、あるいは意味不明な物事として気にせず忘れ去ってしまったりするのではないだろうか。この能力があるからこそ、目の前の情報を元に、思考を拡げていったり、それをもとに行動を起こしたりできるようになっているのではないか。
この仮説は、あくまで著者の考えだ。正しいかどうかはわからない。「だから何?」と言う人もいるかもしれない。しかし、私はこのような著者の考察に、何かこの世界や、私たち人間というものを根底で動かしている構造の一端を垣間見るような、そんな気がするのである。
この他にも、
「たくらみ」の共有/敵か味方か/おまわりさん10人に聞きました/無意識の引き算/ものは勝手になくならない/意味の切り替えスイッチ/板付きですか?
など、いずれも興味を引くタイトルの文章が収められている。
これらすべての文章に共通するのは、身近にある出来事から出発して、自由に考えを発展させる著者の思考の軽やかさと、物事の本質に迫る探究心だ。
この本は、読んですぐに何かに役立つ本ではない。また、何かに対して明確な答えを教えてくれるような本でもない。
自分の中に「探求が起こる」本である。
本を読みながら、自分がその時々に体験している出来事と、著者の発見とを結び付けて考えてみたり、著者が出した結論を出発点に、考えを発展させてあれこれ考えてみたりしている自分に気がつく。
この体験は、コーチングで視点が変わる質問やフィードバックを受けたときに味わう、自分の中に残るモヤモヤ感にも似ているかもしれない。
書棚から取り出して時々読み返しては、そのたびにワクワクするような知的な刺激を受ける一冊だ。
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