医療/福祉現場での対話の価値

制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。


コーチングでやれることはたくさんある
松本メディカルコミュニケーションズ代表 松本一成先生インタビュー

第1章 医療者がコーチングを学ぶ価値

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第1章 医療者がコーチングを学ぶ価値
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糖尿病の専門医として多くの実績をあげてこられた松本先生。その過程でコーチングと出会い、医療従事者がコーチングを学ぶことの価値を早くから認識されてきました。現在は、医療従事者へのコーチングの普及にまい進されている松本先生に、コーチングを活用することによるご自身や患者さんの変化、またコーチングが持つ可能性についてお話を伺いました。

第1章 医療者がコーチングを学ぶ価値
第2章 より多くの医療従事者へコーチングを

本記事は2023年3月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

専門知識があっても受け取ってもらえない

 なぜ専門として糖尿病を選ばれたのですか?

松本 学生の頃は外科を志望していました。卒業して医師になるときに、いろいろな科の説明会に参加する中で、今後は内科医でもカテーテルを使ったりして手術ができるようになり、守備範囲が広がってくるという話を聞きました。それで、にわかに内科に興味がわき、内科に進むことを決めました。

内科で、最初は脳神経をやろうと思っていたのですが、糖尿病内科での指導医がアメリカから帰ってきたばかりの先生で、糖尿病の治療はこれからどんどん広がり、患者数も増えていくという話をしてくれたんです。

そこに可能性の広がりを感じて糖尿病を選びました。可能性の広がりというのは、私自身のものごとの選択の基準のような気がします。

 コーチングに興味を持ったきっかけについて教えてください。

松本 私は糖尿病の専門医ですから、疾患に対する圧倒的な知識量があると思っています。しかし、患者さんにそれを伝えようとしても、受け取ってもらえない、共感を得られないという空回りが続きました。「おかしい、こんなはずじゃない」と思い悩んでいる時期に、コーチングの存在を知りました。最初は独学で学んでいたのですが、やはり一度体系的に学習しないとコーチングへの知識や捉え方が偏ってしまうと思い、2013年にコーチ・エィ アカデミア(当時はコーチ・トレーニング・プログラム:CTP)を受講することを決めました。

学びながらコーチングの魅力にどんどんハマっていきました。そして、自分の専門領域に限らず、チーム医療や、リーダーシップ開発などにもコーチングが活かせることに興味が出てきたんです。

その後、コーチングを他の医療従事者に教える立場になり、2020年から松本メディカルコミュニケーションズという個人の事務所を立ち上げました。現在は、医療コーチングを指導しつつ、非常勤で医師の仕事を続けています。

患者さんへの興味・関心がわき起こった

 これまで糖尿病を中心とした医療現場で活躍されてきた中で、コーチングが医療現場のどんな場面で価値があり効果があることを感じましたか?

松本 糖尿病は完治することはないので、患者さんと医療従事者は長い付き合いになります。その関係性の中で継続的な対話が行われていきますが、色々な患者さんがいらっしゃるので、コーチ・エィ アカデミアで学んだ、「タイプ分け™」が役立っています。相手のタイプを観察し、関わり方を合わせていくことで、信頼関係を築きやすくなりました。また、食事療法、運動療法をやりますといっても、薬を飲みましょうといっても、医師である私が無理やり患者さんに強いることはできません。実行するのはあくまでも患者さん自身です。本人の主体的な行動、アカウンタビリティが重要なので、コーチングによって主体性に働きかけることができていると思います。

 コーチングを学ぶ前後で、自分の中で大きく変わったことはありますか?

松本 別人みたいに大きく変わりました。

医師として、自分は十分に患者さんのことを考えていると思っていましたが、コーチングを学ぶ前を振り返ってみると、そこまで患者さんに関心を持っていなかったのではないかと思います。「糖尿病の患者とは大体こういうものだ」と一括りにした方が楽で、治療内容が正しければ、10人に同じ治療をやっても10人ともに上手くいくはずだという思いがありました。

一人ひとりの患者さんは、その人生の中で、患者でいるのは病院にいるときだけです。病院を出れば一人の○○さんで、その生活の中のほんの一部に糖尿病がある。僕はそのほんの一部しか触れていないということにコーチングを学ぶようになって気づきました。そこから患者さんの見方は全然変わりましたね。

 見方が変わったことで、関わり方にはどんな変化があったのでしょうか?

松本 人に関心を持つようになってきました。たとえば、以前は「40歳男性、糖尿病の患者さん」という具合に考えていた患者さんに対して、今は、「40歳男性の糖尿病の患者さんで、お仕事は○○で、ご家族はこういう構成で、いつも何時ごろ起きて、何時ごろ食べて、今困っていることはこういうことだ」というように、その人のこれまでの生活、これからの生活に関わることにとても興味を持つようになりました。

「あなたについてもっと教えて欲しい」という気持ちが湧いてくるんです。この人が病気を抱えながらも幸福に生きていくには、どのようにアプローチすればいいかなと、ちゃんと考えるようになりました。

 興味関心を持ってもらうのは、やっぱりうれしいでしょうね。先生のそういう変化は、患者さんにも影響があったと思うのですが、いかがでしょう?

松本 そうですね。患者さんが色々話してくれるようになりました。以前は、患者さんはみなさん無口でした。うかつに発言すると叱られると思っていらしたのかもしれません。何かを食べ過ぎてしまったときに、正直にそれを言ったら主治医に怒られるかもしれない。そう思ったら、当然口が重くなりますよね。コーチングを学んでからは、患者さんが食べすぎちゃったと言っても、「どういう事情で食べすぎたんですか?」とか、「それ、どこで買ってきたの?」とかいろいろ話を聞くようになりました。そのうえで、「もし、もう一回同じ場面だったらどうする?」といった問いかけをしながら、患者さんと話ができるようになりましたね。

 そういうやり取りをすると1回の診察の時間がすごく長くなると思うのですが、工夫されていることはありますか?

松本 生活習慣の改善がうまくいっている患者さんには、そんなに時間をかける必要はなく、承認を大事にしました。あとは、頑張りすぎてないか、燃え尽きてしまう傾向はないかを気にしました。

時間がかかるのは、治療に困っている方や、やろうと思っても上手くいってない方、あるいは、まだやる気が出てない方などで、そういう人にはそれなりに時間かけました。
相手の状態によって時間の調整をしながらやっています。

 結局、相手をよく観察するということですね。

松本 そうですね。

(次章に続く)

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