制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。
組織変革コーチング・プロジェクト成功のための3つの鍵
2023年10月18日
※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
新小山市民病院様とコーチ・エィとの組織変革の取り組みは、2017年にスタートし今期で7年目を迎えます。このプロジェクトを7年間にわたって事務局として支え、活躍されている川島優美さんに、コーチング・プロジェクトを「成功させる鍵」についてお聞きしました。
本記事は2023年7月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
表紙写真: 川島優美氏
プロジェクトにかかわるようになった背景
コーチング・プロジェクトにアサインされたとき、最初はどのような気持ちでしたか?
川島 当病院のプロジェクトは、院長が主導してスタートした大型のプロジェクトです。そのプロジェクトの事務局として推薦されましたが、私自身が「コーチングって一体なんだろう?」とまったくコーチングを知らない状態からのスタートだったため、責任を感じると同時に、とても重荷に感じていました。
7年経った今では、「今年も1年間楽しんでやっていきたい」という気持ちをもって担当しています。島田院長からは日々「院長室に来られないか?」と声を掛けられ、院長と一緒にプロジェクトをさらに良いものとしていくために話をしています。それ以外にも、成果の共有会の司会を務めるなど、とても楽しんで取り組ませていただいています。
プロジェクトでの事務局としての役割
川島さんは、事務局として具体的にはどのような役割を担っているのでしょうか?
川島 事務局は、プロジェクトの推進を担う役割です。私自身はプロジェクトのコア・チームのメンバーとして、プロジェクトオーナーである院長の意見や想いに共感しています。しかし、すべてのプロジェクトメンバーが同じ想いを抱いているわけではありません。事務局には、院内コーチやプロジェクト参加者(※院内コーチのコーチングを受ける、組織にドライブをかけるキーパーソン)からプロジェクトに対する様々な意見が寄せられます。コア・チームと現場の両方の意見を聞き、バランスを取りながらプロジェクトを推進していくことが、事務局の大事な役割だと考えています。
事務局は、院内コーチにとって身近な存在なので、彼らはプロジェクトの中で感じたことをぶつけてくれます。たとえば、カフェ形式で共有会を実施したときに「なんでコロナが流行っている中でやるのか?」「なんで業務時間外にやらないといけないのか?」と聞かれたこともありました。そうした声は事務局だからこそ聞ける声ですし、そう思う院内コーチとプロジェクト参加者の気持ちもわかります。なので、そのような意見や気持ちを全部聞かせてもらって、変えられるところから変えています。
また、意見を拾うだけで終わらず、同時に私自身のプロジェクトへの想いも伝えることを大切にしています。考え方の違いをお互いに認め合うことで納得していくんです。こうしたやりとりはまさにコーチングのように、事務局としてプロジェクトを良いものにしていくための対話だと思っています。
提供: 川島優美氏
川島さんは、なぜそこまで主体的に躍動できるのでしょうか?
川島 プロジェクトオーナーである島田院長が、強いリーダーシップで、コーチングの目的を発信してくださっていることが大きいです。当院の目的である「Only One Hospital 対話と共創」を、院内だけでなく対外的にも発信しています。ありがたいことに、島田院長は職員への影響力が大きいので、プロジェクトオーナーからの発信として、職員と目標が共有できていると感じています。
コア・チームで、一緒にプロジェクトを推進している私の上司の存在も、私自身が主体的になれた理由の一つでもあります。自分の意見をはっきり言うことが歓迎される場とそうではない場があるので、プロジェクトに参加している人たちに私の発言をプラスのイメージに捉えてもらえるように、上司のお二人がコントロールしてくれているように感じています。すごくありがたいです。
ただ、私の上司からすると、私はきっと扱いにくいタイプだと思います(笑)。
プロジェクトオーナーをはじめ、推進担当、院内コーチ、プロジェクト参加者、それぞれの役割が活きていますね。大変勉強になります。
プロジェクトの成果や影響について
プロジェクトの中で、どのようなことを工夫しましたか?上手くいったことや難しかったことはどのようなことでしょうか?
川島 成果の共有会の開催方法やスタイルはこれまで何度も変更してきました。
導入した当初は、院内コーチとプロジェクト参加者が幹部職員ということもあり、「成果を出さなければならない」という意識を非常に強くもっていました。そのため、会議の時間を用いてどのような目標を設定したのか発表する"中間発表会"、そして1年間の取り組みでどのような結果が出せたのか発表する"期末発表会"について、プロジェクト参加者にそれぞれ時間を割り当てて、会議のメンバーの前で一人ひとり発表するという方法で実施していました。
2年、3年と年数が経つにつれて、プロジェクト参加者の職階も、幹部職員 → 管理職 → 一般職と変化していきましたが、発表会のスタイルは変えず、プロジェクト参加者全員の前で一人ひとり発表するという方法で実施していました。
そのやり方を変えるきっかけとなったのは、「これでは発表会のためにコーチングを実施しているようなものだ」という意見が挙がったことでした。その時に、事務局として発想の転換が必要だと思ったんです。
そこで、プロジェクトの4期目(2020年)から、まさにコーチングのように、対話やブレインストーミングを行うワールド・カフェ方式で、コーチング経験共有会(コーチング・カフェ)を実施することにしました。
また、コーチングを院内に浸透させるために「プロジェクトの見える化」をしようと、電子カルテにコーチング専用のタブを新たに設け、プロジェクト参加者の目標、1年間の成果報告を掲載するなどの工夫もしています。
提供: 川島優美氏
院内コーチが、他の院内コーチに質問等を自由に行えるチャット形式の「コーチ専用talk」も設置しました。
さらに、事務局から「コーチングNews」を定期的に発行し、職員にプロジェクトの取り組みの様子を広報しています。
提供: 川島優美氏
貴院の取り組みから、私もいつも学ばせていただいています。
川島 事務局として、コーチングを院内でどのように体系的に進めていけば良いのか、手探りで考えるのは非常に難しいことでした。正解はないと思いつつ、「これで良いのか、この方向性で良いのか?」と不安な気持ちを抱えていたのも事実です。
しかし、自分たちで考えてきたからこそ、当院ならではのオリジナリティ溢れるものになったのではないかと思います。それが、このプロジェクトが上手くいった要因なのではないでしょうか。
コーチ・エィで主催された「コーチング・プロジェクト勉強会」で、私たちの取り組みを発表する機会をいただき、当病院と同じように、システミック・コーチング™を導入されている19の医療法人の前で、プレゼンテーションをしました。その際に、他施設の方々に当院の取り組みに興味をお持ちいただいたり、考えに賛同していただいたりしたことで、自分が行ってきたことや考えてきたことは間違っていなかったんだと自信が持てました。
事務局としての取り組みは、院内にどのような変化をもたらしましたか?
川島 院内にコーチングという考えが浸透していき、コミュニケーションに対する考え方のファウンデーションが醸成しつつあると感じています。
他の変化としては、以下のようなことが挙げられます。
- 以前と比較し、職員間でのいわゆるスタンディングミーティングが増えてきている。
- 職員同士の3分間コーチも定着してきている。
- コーチング・カフェに参加した院内コーチやプロジェクト参加者から、プロジェクトオーナーチームへ「コミュニケーション10か条」作成の提案があがる。
カフェの取り組みから生まれた「コミュニケーション10か条」もありますね。
川島 2021年(令和3年度)の期末のコーチング・カフェで、院内コーチやプロジェクト参加者から「コミュニケーション10か条」を作成したらどうかと提案がありました。その提案を受けて、「コミュニケーション10か条を考えること」をコーチング・カフェのテーマにしてみました。1グループあたり5~6名、全7グループが、それぞれコミュニケーション10か条を考え、発表してくれました。
その発表会をもとに出来上がったのが「新小山市民病院コミュニケーション10か条」です。院内に掲示することで、職員が、立ち止まって今一度、自身のコミュニケーションを振り返り、弱点を意識する動機づけとして活用しています。
これまで、コーチングの取り組みについては事務局から発案していましたが、院内コーチやプロジェクト参加者から、画期的な提案が出てくるようになりました。コーチングが院内に浸透し、コミュニケーションに対する考えのファウンデーションが醸成されてきている成果だと感じ、嬉しく思っています。
川島さん自身の成長
川島さんはプロジェクトを推進する中で、どのような成長ができたと思いますか?
川島 私はもともと、緊張しやすく目立つことが苦手でした。ですから、コーチング・プロジェクトの事務局としてコーチング・カフェ等で司会進行するといったことは本来であればやりたくないことです。しかし、事務局として「苦手だからやりたくありません」とは言えず、自分なりにワールド・カフェの勉強をしたり、院内で進行が上手な職員を参考にしたりして、当初はなんとかこなしていました。
そのような状態でしたが、経験を重ねることで自分の司会進行のスタイルが出来てきて、今では病院のお祭りや式典でも「川島さんにぜひお願いしたい」と司会をお願いされるようになりました。苦手なことも経験を重ねることで特技になっていくんだなと実感しています。
また、コーチ・エィの皆さんと考えを持ち寄って意見交換する「Think Togetherの会」のような、プロジェクトについて打ち合わせをする時間も好きです。お互いに相手の意見を聞いて、自分の中で新しい考えや価値が出てくる瞬間にとてもワクワクします。そういう時間が好きだということを、このプロジェクトで発見しました。
コーチング・プロジェクト成功の鍵とは何か
「プロジェクト成功の鍵」を3つ挙げるとしたら何でしょうか?
川島 ①自分事化し、楽しむこと。②継続すること。③お互いの違いを認めること。この3つを意識しています。
特に③のお互いの違いを認めることは、とても大事だと思います。共有会の場でも、誰かの発言を最後まで聞く、意見の違いがあっても承認する。自らとの違いも意見として出し、違いを認める。そのプロセスでお互いを刺激しあうことができます。私自身も「アイディアを聞いてもらえた!」という体験が自分の中に残っています。それはとても嬉しいことですし、聞いてくれたことに対して感謝の気持ちも生まれます。
その体験は事務局に還元されています。ポジティブな意見ばかりではなくネガティブな意見を院内コーチやプロジェクト参加者からいただくことがありますが、必ず話を聞いて承認し、きちんと受け止めることが大事なんだなと思っています。それがプロジェクトを成功させるキーになるのではないかと考えています。
この記事を読んでくださった、他病院のプロジェクト推進担当の方へのメッセージをお願いします。
川島 プロジェクトを推進していく上でも、コーチングの基本である「対話」が重要だと思っています。プロジェクトを推進していく中で、院内コーチ、プロジェクト参加者間など、様々な考えを持っている人と対話して、違いを認め楽しむことができるとオリジナリティが出てくるのではないかなと思います。
特に医療現場では、医師、看護師、コメディカル、そして事務職員を含めたチームで協働しています。それぞれの職種、それぞれの人ごとに意見は異なり「違い」が顕在化してくるのは日常茶飯事です。コーチングによる双方向の対話によって、違いをきっかけに新しい気づきやアイディアが生まれれば、その経験が病院として素晴らしい価値となり、患者さんへのサービス提供の向上に繋がっていくのではないでしょうか。また、対話によって職員が互いに理解し合えばより仲間意識が芽生え、生産性の向上にも繋がっていくと考えています。
当院は今日まで成長し続け、急性期中核病院として、いわゆる"標準装備"を身に付けてきました。ここからさらに、一人ひとりの職員が他部署・他職種と連携して、自由に発想し、対話し、理解し合い、互いの違いを認めることでどこにもない「Only One Hospital」が見えてくると思います。
私も、病院のみんなと次の景色を見に行きたいと考えています。
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