ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
アクノレッジメントの力 - 1 -
2019年05月24日
あなたは、クライアントのために懸命に働いている。あなたは、自分について誠実に話している。相手のことを心から気にかけている。そして、あなたは、もっとクライアントの役に立てるように、果敢かつ徹底的に自分の能力を伸ばしている。
これがアクノレッジメント(承認)の例である。とても強力なツールだ。アクノレッジされると嬉しくなるが、それは、ありのままを認められるからだ。アクノレッジメントはコーチングの頼れる味方だ。
アクノレッジメントはポジティブ・フィードバックではない
アクノレッジメントとは、クライアントの存在やあり方について、また、クライアントがその時やっていることについて肯定的に伝えることである。それは、クライアントの最も良いところに気づき、相手にそれを教えて自分のものにしてもらうことで、クライアントが望みどおりの自分になれるよう後押しすることである。アクノレッジする人もされる相手も、本当のことを扱っているという実感がある。事実をそのまま伝えるのがアクノレッジメントである。
アクノレッジメントはポジティブ・フィードバックとは異なる。ポジティブ・フィードバックとは、相手のパフォーマンス向上のための評価を与えることだ。ポジティブ・フィードバックはビジネスの世界で一定の役割を担っているが、アクノレッジメントはそれよりも優れたコーチング手法である。
なぜなら、アクノレッジメントにはコーチ自身の判断が含まれていないからだ。コーチはクライアントのあり方については評価しない。クライアントが最善を尽くしている姿を見て、自分にはどのように見えるかを言葉で相手に伝えるのである。
コーチにとって、アクノレッジメントとはクライアントに「私は見ている。そう、それがあなたが望んでいる自分だ。今の自分を見てごらん」と伝える方法なのである。
ズールー族は「サウボナ」と言って互いに挨拶をする。この言葉は、「私たちはあなたを見ている」という意味で、相手の存在をよく観察しているということを表現している。
アクノレッジメントはなぜ重要なのか
クライアントに対するアクノレッジメントは、効果的な質問、アクティブ・リスニング、計画を立てることや目標設定と同じく、あるいはそれ以上に重要なものである。アクノレッジメントはコーチとクライアントの関係における基礎となる要素であり、コーチがその務めを果たすのに必要な信頼と親密なつながりを生み出すものである。
ジュディス・W・アムラス(Judith W. Umlas)氏は自身の著作『アクノレッジメントの力(The Power of Acknowledgement)』の中で、アクノレッジメントの7つの原則について書いている。7つの原則すべてをここであげてもよいが、彼女がその原則を通じて言いたいことは、「アクノレッジメントは、アクノレッジされる人だけでなく、アクノレッジする人とされる人の関係に対しても大きな影響を与えうるものだ」ということである。
コーチとクライアントの関係が親密なものになれば、コーチのアクノレッジメントはクライアントにとって一種の自己肯定として機能するようになる。アクノレッジメントは事実をありのまま伝えるものだからだ。研究によれば、自己肯定は健康、教育、人間関係の面でプラスに働くものであるという。また私個人の実感としても、クライアントの行動ではなく存在をアクノレッジすることは、相手との人間関係を深め、より有意義な仕事を可能にすると思っている。
アクノレッジメントは、コーチとクライアントの関係を深め、クライアントの本質をつかむのに欠かせないものであることは間違いない。では、なぜコーチはもっとアクノレッジしないのだろうか?
なぜもっとアクノレッジしないのか
私はここ5年間、何らかのコーチング・プログラムにもとづいたコーチのトレーニングに積極的に関わっている。ICF(国際コーチング連盟)のマスター認定コーチ(MCC)や認定資格をもたないコーチ、ICFの基準に沿ったコーチ、それ以外のコーチなど、さまざまなレベルのコーチを何十人と観察する機会があった。
しかし、アクノレッジしている場面を目にすることは驚くほど少なかった。チャンスがなかったわけではない。アクノレッジするチャンスは十分にあった。そこで私は、なぜ私たちコーチがもっとアクノレッジしないのか興味を持った。
私の直観では、クライアントに対するアクノレッジメントが少ないのは次のような理由による。
自分自身に対するアクノレッジメントが不十分である
やはり問題は私たちコーチ自身にある。自分自身に与えていないものをクライアントに与えることはできない。これは常に実感している教訓である。
アクノレッジメントは重要ではないと考えている。あるいは、アクノレッジしなくてもクライアントはもうわかっていると考えている
これは「アクノレッジメントは自分にとって重要なものではないし、もうわかっている」ということを別の表現で言っているに過ぎない(明らかにこれは重要な点である)。
私たちの欲求や行動が向かう方向をクライアントに投影してしまう
ラーニング・イン・アクション(Learning in Action)社が提供する心の知能指数診断(EQ Profile)にじっくりと取り組んでみると、誰もがお気に入りの気持ちのコントロール方法を持っていることが分かる。私たちコーチは、自分の内的な経験を十分に意識し理解していないと、自分のコントロール方法をクライアントに投影してしまう。行動や問題解決によって自分の心をコントロールする人は、その先入観をコーチングに持ち込んでしまうため、クライアントを観察して相手に意識を向ける機会を逃してしまう。そして、コーチング中にアクノレッジするチャンスを見逃してしまうのである。
内面に意識が向きすぎている
思考に沈潜し、自分の内面に意識を向けて、また、クライアントの前進をうながす効果的で素晴らしい質問を探すことで、自分の心をコントロールするコーチもいる。内面に目を向け、思考に集中し、次の質問を探して前へ進む方法を探そうとするとき、私たちはクライアントをアクノレッジするチャンスを見落してしまうことがある。
言うべき言葉や伝え方がわからない
長い間、これは間違いなく私に当てはまることであったうえに、今でも時々そう感じることがある。アクノレッジするチャンスを認識できても、どのような言葉を使えば偽りなく自然なかたちでクライアントをアクノレッジできるかがわからないのである。私は多くの練習を重ねることでこの状況を乗り越えた。しかし今でも、クライアントをうまくアクノレッジできないと感じることがある。ただ、そのことに気づいているのは私だけである。私自身はそのとき居心地の悪さを感じていても、私のクライアントは大抵、にこりと笑って反応してくれる。
もっとアクノレッジできるようになるためには
その気になれば、私たちはクライアントをもっとうまくアクノレッジできる。アクノレッジメントによってコーチングの質ががらりと変わる可能性があるため、努力する価値は間違いなくある。
まずは次のことを実行するとよいだろう。
1. 自分自身をアクノレッジする
毎日、時間を取って自分自身をアクノレッジする。自分は何者か、自分はクライアント、友人、家族のために何か役に立つことをしたかを考え、それをアクノレッジするとよいだろう(私は5分間かけて日記を付け、自分自身をアクノレッジしている)。
2. 自分の先入観について知る
私たちは、クライアントのために自分の先入観について知っておかなければならない。先入観を認識していないと、あるいは認識していたとしても、コーチング中に自分やクライアントにとって良くないかたちで先入観が現れることがある。自分の先入観を把握できるように、心の知能指数診断を利用することをお勧めする。コーチング全般に影響を及ぼす先入観への理解を深めるなど、自分自身のバイアスに対する理解を深める方法は数多く存在する。
3. アクノレッジメントスキルを身に着ける
アクノレッジメントはコーチングスキルの1つであり、他のスキルと同様に、時間をかけて磨くことで向上していく。
このブログ記事のパート2では、アクノレッジメントのスキルを磨くためのコーチングスキルを紹介する予定である。これは一石二鳥の手法である。あなた自身のアクノレッジメントのスキルを向上させるのに役立つだけでなく、同僚やチームメンバーをアクノレッジすることが苦手なクライアントも利用できるからだ。
(パート2へ続く)【筆者について】
アリソン・ウィットマイヤー(Alison Whitmire)氏は、ラーニング・イン・アクション・テクノロジー(Learning in Action Technologies)社の社長。過去10年間で100人以上のCEOをコーチしている、国際コーチング連盟(ICF)のPCCの資格保持者。また、心の知能指数(EQ)開発分野の第一人者。EQのコンセプトをもとに、北米の各所でコーチやリーダーシップ開発の専門家に対してトレーニングを実施している。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】The Power of Acknowledgment (Part 1)
(2018年12月17日にIOC BLOGに掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。