ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。
エグゼクティブコーチをつける本当の意味とは
2019年09月20日
エグゼクティブ・コーチングに対する誤解
リーダーのコーチングを始めてから、さまざまなことが変わった。20年前、私は心理学の博士号を取得し、人事担当者からエグゼクティブコーチに転職したが、最初はたいていクライアントを「治療」する任務が与えられた。私はまるで、最後の手段として連れて来られた精神科医のようだった。
今日では、コーチングが「治療」のための最後の手段と考えられることはなくなった。むしろそれは、成績優秀者に与えられる「特典」のように考えられるようになっている。一般社員、マネージャー、さらにその先へと昇進していく中で、高い潜在能力を持っていると見なされれば、あなたもコーチングを受けられるかもしれない。
これは良いことだ。優れたコーチをつけることは非常に有益であり、コーチはあなたの自己認識を高めてくれるだけでなく、部下の力を最大限に発揮させる確実な方法についてあなたの理解を深めることができる。
しかし、コーチングが一般化するにつれ、コーチにとってもクライアントにとってもリスクが増大していることに私は気づいた。コーチもクライアントも、コーチングのことを、まるで身体の一部を軽く鍛えたり、体重を何キロか落としたりするための簡単なトレーニングのように考えるようになっていくからだ。もし、成績優秀者がコーチングを短い「通過儀礼」のように考えたとしたら、その人は「コーチングを終えること」をToDoリストに載せ、すぐにそれを片付けて成功への階段を上っていくだろう。しかし、クライアントと一緒に限界に挑んでいるコーチや、リーダーとして本当に自分の力を伸ばしたいと思っているクライアントがいるならば、私は「そう急ぐ必要はない」と言いたい。
もし、クライアントの目標が低すぎたら
例を見てみよう。先日私は、急成長中のテック系スタートアップ企業でプロダクトデザインチームのマネージャーを務めているアンディのコーチとして雇われた。上司の評価によると、彼は素晴らしい仕事をしているが、他部門の同僚の状況をもっとよく把握して連携を深めるためにはコーチが必要だということだった。アンディは成績優秀者らしく、この目標に挑戦した。数週間のうちに、私たちは計画を立て、戦略を練り、目標に向かって少しずつ進み始めた。コーチングは確かに役に立ったと思う。しかし、彼の人生が変わるほど効果的ではなかった。
この例で難しかったのは、コーチングの目標が特に困難なものではなく、また彼の側で深く考える必要もなかったことである。コーチとして目標の達成をサポートし続け、軌道に乗せ、「この仕事は成功だった」と言うことは簡単だっただろう。しかし、その途中で私は、自分自身と彼にこう問いかけなければならなかった。「私たちの今の取り組みを通じて、あなたは果たして本当にリーダーとして変われるのでしょうか?」
コーチングが一般化し、成績優秀者たちがコーチングを出世の手段の1つとして利用するようになる中、コーチとクライアントは、クライアントが成長の壁を越えられるように協力し続ける必要がある。本当の意味での変化を目指すのであれば、クライアントだけでなく、コーチもいずれかのタイミングで活動に不安を感じるはずだ。
コーチングから最大の効果を得るための5つのポイント
ここで、幸いにもコーチングを受ける機会があるという方のために、その機会を最大限に活かすためのポイントを5つ紹介しよう。払ったお金の元を取ることだけが問題ではない。重要なのは、コーチの緊張感を維持することと、自分の成長を加速させることである。
1. 困難なことに取り組む
最近、上司の評価だけに基づいてコーチングの目標を設定するクライアントをよく見る。それはそれで理にかなっているが、上司の望みは貴重なコーチングを終わらせることではないはずだ。与えられた目標ばかり見るのではなく、自分に問いかけてみてほしい。「自分が一番恐れていることは何か?」「不安の原因は何か?」たとえば「何をうまくやれば、リーダーとしてのあり方を根本的に変えることができるだろうか?」
2. コーチ自身の意見を聞く
ほとんどのコーチ養成プログラムでは、効果的なコーチングの鍵は適切な質問をすることであると学生に教えている。確かに、これは前提としては間違っていない。相手に関心を持ち、質問をして深く探索していくことが、コーチングの成功には欠かせない。しかし、これは厳しい評価や不愉快な意見を伝えるのを避ける手段にもなる。優れたコーチは、必要に応じて、相手から感じたことを直接伝えたり、あなたが頼り過ぎている強み、柔軟な行動を妨げている「良い」習慣、あなた自身が気付いていないことなどを、自分の意見とともに伝える。コーチがコーチングの初期段階でこれを行わなかった場合は、自分から頼むとよいだろう。
3. 身体的特徴を無視しない
誰かの外見(服装、清潔さ、身だしなみ、身振り、口調)について率直に話すことは難しい。多くのコーチは文化やジェンダーを気にしてデリケートな問題を避ける傾向がある。しかし、コーチがあなたの外見について自分の意見を(細心の注意を払って)伝えていないのであれば、コーチはあなたの役に立っていないことになる。姿勢、アイコンタクト、口調などの癖は、一見ささいに見えても、実は対人関係の重要な側面である。神経科学的研究によると、人間の信頼感と安心感は、言葉ではなく身体的な情報によって数マイクロ秒以内に決まるという。リーダーにとって、自分が身体的なレベルでどのように認識されているかを知ることは、共感とつながりを生み出すうえで重要である。
4. アセスメントを使いすぎない
コーチング活動の初期段階で、一連のアセスメントを受けてほしいとコーチに頼まれるかもしれない。能力開発に焦点を当てたアセスメントの中には、非常に有益なものもある。一方、「性格」テストは役に立つか疑わしいだけでなく、正しいかどうか不確かなカテゴリーに分類された場合、あなたの成長に悪影響を及ぼす恐れがある。コーチはテストやツールの陰に隠れて、難しい問題に取り組むことから逃げてはならない。アセスメントが実際に行動の変化につながるかどうかはきわめて疑わしい。コーチングの会話とそこから生まれる行動こそが人生を変えるだろう。
5. 目標に執着しない
上司から伝えられたものも含め、目標にこだわらないこと。最初のコーチングの目標は比較的達成しやすいものかもしれないが、それよりも、コーチとの会話を通じて、最も大きな不安、夢、ストレスの原因、さまざまな問題の原因を扱う方法について掘り下げていくことのほうが重要である。これらの問題は、大小を問わず、自分自身や他人に対して無意識に抱いているビリーフ(信念)を解き明かすうえで役立つ。このようなビリーフは、最終的にはあなたの認識と力を高める妨げとなることがある。
困難なことを敢えて扱う
アンディの話に戻り、これら5つのポイントが実際に効果的かどうか確認してみよう。
コーチングを始めてから数週間後、アンディは部門間の連携がうまく進んだことに満足していた。コーチングはうまくいっているように見えたが、私は不満を感じていた。アンディの能力の限界に挑戦するような仕事ではなく、少し楽すぎるように思えたからだ。そこで私は彼に単刀直入にこう尋ねた。「この組織の将来を思い描くとき、何が一番心配ですか?」最初はあっけにとられた様子で、今日まで比較的順調に出世してきた人らしく、少し横柄な口ぶりで「心配事があるかだって?」と言っていた。しかし、私はよく考えるよう強く促した。
1週間後に私のところに戻ってきたとき、アンディは前よりもはるかに弱々しい態度で、「いつかバーチャルチームの管理を任されると思います。インド、アイルランド、東欧の技術者をどう管理するか考えてみましたが、すぐに『いや、無理だ』と思いました」と話した。私は「やったぞ」と思った。そして、そこから私たちは出発した。
この話がどのように終わるかは想像できるだろう。アンディにとってこれは大きな出来事だった。実際、彼はグローバルチームを管理する仕事に尻込みした。文化の違いやタイムゾーンの問題があり、人間関係を築く時間が限られている中、全世界にまたがる強力なチームを構築することは、これまでとは異なる規模の仕事である。しかし、これは不可能なことではない。彼の心配事を明らかにすることで、私はコーチングが最も大きな効果を発揮する状況を再認識することができた。
現在、アンディは世界中の多くの技術者を管理している。彼は燃え尽きることなく、チームリーダーを相手に、複数のタイムゾーンにまたがる多文化チームをどのように率いるかについてコーチングを定期的に行っている。アンディは能力の限界まで働かなければならなかった。判断、スタイル、存在感、コミュニケーション、時間管理など、あらゆるレベルのリーダーシップ能力を駆使してグローバルチームを管理している。コーチングが役に立ったのは間違いないだろう。
もしコーチングを受けられるチャンスがあるなら、ぜひ受けてみてほしい。そしてコーチとあなたの力を最大限に引き出すために、自ら不安を感じる状況に身を置いてみることをお勧めする。
筆者について
ジェフリー・ハル(Jeffrey Hull)博士は、作家、教育者、コンサルタントととして20年以上活動している他、エグゼクティブ・コーチとして、グローバル企業の経営幹部に対してサービスを提供している。リーダーシフト(Leadershift, Inc.)の経営者。ハーバード・メディカル・スクールにおいて心理学の臨床インストラクター、ニューヨーク大学においてリーダーシップ論の非常勤教授も務める。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】How to Get the Most Out of Coaching(2019年5月13日にIOC BLOGに掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)
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