米国コーチング研究所レポート

ハーバード大学医学大学院の外郭団体、「コーチング研究所/Institute of Coaching (IOC)」所蔵のコーチングに関する論文やリサーチ・レポート、ブログなどをご紹介します。


ポジティブな感情が仕事にもたらす影響(後編)

【原文】 How Positive Emotions Work at Work
ポジティブな感情が仕事にもたらす影響(後編)
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4. ポジティブな感情は、職場においてどのようなリソースの増大に結びつくのか?

ポジティブな感情によって、個人のリソースは増大する。つまり、ポジティブな感情は、身体的、知的、社会的、および心理的リソースを形成し、そのリソースはポジティブな結果を下支えしたり、ストレスの多い状況によるダメージを和らげたりする。これらのリソースには、認知、行動、感情反応、生理学の長期的かつ習慣的パターンが含まれる。著者らは「拡張形成理論では、ポジティブなリソースとは、ポジティブな感情が長期にわたり続いたことによる効果であり、尽きることのない永続的なものであると明確に記述されている」と説明している。

これら永続的な10のリソースは、以下のとおりで、文末の付録にもまとめている。

  1. 自己信頼(自己効力感など)
  2. 創造性
  3. 仕事へのエンゲージメント
  4. ストレス対処法とレジリエンス
  5. 健康
  6. チームワーク
  7. 人間関係
  8. 顧客満足
  9. リーダーシップ
  10. パフォーマンス

5. ポジティブな感情に関するその他の興味深い知見

  1. ポジティブな感情が変動することは、ポジティブさのレベルや強さに関わらず、変化への不適応を意味する。
  2. ネガティブな出来事に対する反応性が高い(ポジティブ度が急激に低下する)ということは、幸福度(ウェルビーイング)に繋がらない。
  3. ポジティブな感情には毎日のサイクルがあるが、ネガティブな感情には、それはない。また、毎週のサイクルはどちらにもあり、週末にポジティブな感情が高まり、その後「ブルーな気分の月曜日」にポジティブな感情が急降下する。
  4. 季節は感情状態に影響を与える。ある人は、冬は夏に比べてポジティブな気分になれない。
  5. ポジティブな感情から常にポジティブな結果が得られるとは限らない。それは、ポジティブな感情は、時には認知プロセスが浅いことがあるからである。ネガティブな気分は悲しい感情だが、何かに気づいているということであり、より深い認知プロセスにつながることがある。
  6. 幸福度の最大化が理想であるわけではない。幸福度が最も高い人は、人との関係性が良好で、ボランティア活動も盛んだが、幸福度がやや低い人であっても、収入の面で大きな成功を収め、就業率も高く、政治参加も盛んであったりする。
  7. 文化的な違いもある。西洋社会では幸福は個人的な功績と連動しているが、東洋社会では対人関係の結びつきが幸福と関連している。東洋社会では、ポジティブな高覚醒感情(例:興奮度)よりもポジティブな低覚醒感情(例:冷静さ)の方がポジティブな結果に結びつくようだ。たとえば、ヨーロッパ系アメリカ人は冷静な応募者よりも快活な応募者を好むが、香港系中国人はその真逆であったりする。個人の感情体験は、集団主義的な文化よりも個人主義的文化の方が、人生満足度の度合いにはるかに大きな影響を与える。

私たちはポジティブな感情に焦点をあてているが、一方で、組織におけるポジティブな感情の向上を考えると、マインドフルネス、自分への慈しみ、感情の敏捷性、心的外傷後の成長など、ネガティブな感情のコントロールと、ポジティブな感情をどのように最適に組み合わせていくかが重要なポイントである。

コーチのための学び

組織においては、ポジティブな感情を育む職場をつくることが有益である。組織のパフォーマンスを向上させるポジティブな感情の文化(たとえば、恐怖、怒りの文化に対して、喜び、楽しさ、愛の文化)は、組織内で意識的にマネジメントし、形づくることができる。コーチングでは、以下の点を留意したい。

  1. コーチングセッションでは、クライアントの変化や幸福感のリソースとなるような、ポジティブな感情を意図的につくり出していく。たとえば、価値を見つける問いかけを行うことで、その人のよいところを発見していくことができる。
  2. ポジティブ度のアセスメントを使用して、クライアントが自分のポジティブな感情とネガティブな感情のレベルを素早く読み取ることができるようにする。
  3. ポジティブな感情とネガティブな感情を調整するためのさまざまなアプローチについて、クライアントが理解できるようにする。
  4. ポジティブな感情を高めること、つまり、自己信頼、エンゲージメント、創造性、チームワーク、人間関係、健康、顧客満足度、リーダーシップ、パフォーマンスなどを高めることが組織に大きく影響することを、クライアントが理解できるように支援する。

付録
組織におけるポジティブな感情によって向上するリソース

自己信頼
著者らは次のようにまとめている。「ポジティブな感情は、自己信頼を強化し、ネガティブな体験によるネガティブな結果に対して個人の抵抗力を強くする。自己効力感は、仕事のモチベーションやパフォーマンスと明確な関係を持つポジティブな要素の1つである。ポジティブな感情が自己効力感を促進するということについては、かなり明確なエビデンスがある。また、ごきげんな人はより野心的な目標を設定し、より高い期待を抱くというエビデンスもある。したがって、ごきげんな人は世の中をより楽観的にとらえ、成功することにポジティブな信念を持ち、その結果、より高い業績を達成することができる。また、ポジティブな感情は、時間の経過とともにストレスに対する自己調整力の上昇に繋がることが研究で示されている。」

創造性
著者らは以下のように述べている。「創造性に関する文献では、ポジティブな感情(気分)は、創造性のプロセスにおいて最も信頼できる予測因子の1つである。ポジティブな気分が創造性に及ぼす影響に関する複数のメタ分析によると、他のコントロール要素と比較した場合、ポジティブな気分は創造性のプロセス(たとえば、柔軟性と流動性、ユニークなアイディアが生み出される数)を生み出すための、予測因子であることが判明している。たとえば、ある研究では、ポジティブな気分の医師は、肝臓疾患の患者の症例を解決する際に、より柔軟で、より正確な診断を下したということが示された。」

仕事へエンゲージメント
仕事へのエンゲージメントとは、仕事に対するポジティブな心の状態のことで、イキイキと(仕事に注ぎ込むエネルギーやモチベーションが高い)、ひたむきに(仕事に深く関わり、仕事に対する誇りや熱意を持っている)、仕事に夢中になる(仕事に集中する)などの状態が特徴である。ポジティブな感情は、仕事に対する意欲への原動力となり、一方でその欠如は仕事への意欲喪失の原因となることが示されている。

ストレス対処法
ポジティブな感情と感情コントロールによるアプローチは、人々がレジリエンスを持ち、仕事という固有のストレスに対処することに役立つ。また、そのアプローチは、回避、否定、離脱、ひいてはアルコールや薬物への依存といった、あまり効果的ではない感情焦点型対処法ではなく、問題解決、計画、ポジティブな再解釈をサポートしている。ある研究では、感情的知性が高い人は、ネガティブな感情を手放すためにも、また、ポジティブな感情(喜びなど)を長続きさせれるためにも、発散、否認、離脱などの感情焦点型対処法を用いることが示されている。

健康
「複数のメタ分析結果により、ポジティブな気分はより良い健康や長寿と関連があることが判明した。ポジティブな感情は、血中脂肪や血圧の低下、適正なBMI(ボディマス指数)と関連していることを示唆する研究もある。ポジティブな感情のレベルが低い人は、心臓病のリスクが高くなる。実験的研究では、ポジティブな感情を誘発できると、心血管の回復が早くなることが判明している。」

チームワーク
「ポジティブな感情は、何かを選択する、また相手を信頼するという行為に対してだけでなく、協調的な行動に対しても機能する。交渉に関する研究では、ポジティブな感情は、撤退や競争的な行動ではなく、協力的で協調的な行動を後押しすることが分かっている。ポジティブな気分の人は、より積極的に譲歩する。さらに、交渉時に相手にポジティブな感情を示すと、今後のビジネス関係への関心が高まり、取引きが成立する可能性が高くなるとともに、相手からの譲歩が大きくなることも分かっている。グループで活動する場面では、ポジティブな感情が誘発されるとポジティブな感情の連鎖を促進し、その結果、グループ内での協調性を高め、対立を減少させ、職務遂行能力を向上させることがわかった。」

人間関係
「ポジティブな感情と良好な人間関係の相関を示す確固たる証拠がある。さらに、ポジティブな感情がより良い人間関係をもたらすという因果関係を示す研究もある。実験的研究では、ポジティブな気分をもつことが、人とのコミュニケーションや自己開示、ソーシャルスキルの向上、継続的な社会的関係をもたらすことが分かっている。」

顧客満足度
「従業員のポジティブな感情とポジティブな顧客体験の間に因果関係があることを示す一連の研究もある。ある研究では、従業員のポジティブな気分が顧客満足度の向上につながるという説明の一つとして、感情の伝播があげられている。靴の販売員の挨拶、笑顔、アイコンタクトなどのポジティブな行動は、顧客の店内で感じるポジティブな気分、その後の滞在時間、再びその店で買い物したいという意欲と相関関係があることが分かった。一般的に、ポジティブな感情は、顧客満足度の向上に繋がることで、より大きな販売実績を促進することができるという証拠がある。」

リーダーシップ
「ポジティブな感情は、カリスマ的、変革的、さらには自分らしさを持つリーダーシップの重要な要素として認識されている。自分らしさを持つリーダーシップに関する理論的、実証的研究によると、自分らしさを持つリーダーシップとそうではないリーダーシップとの違いを示す顕著な特徴として、ポジティブな感情があげられる。自分らしさを持つリーダーは従業員のポジティブな感情と希望の仲介役となり、従業員の創造性に良好な影響を与える。」

パフォーマンス
「研究によると、ポジティブな傾向を持つ人は、意思決定や対人関係を伴う仕事において、より良いパフォーマンスを発揮していると評価されることが多い。さらに、ポジティブな対人感情は、より良いパフォーマンス評価と相関関係があることが示されている。ある研究では、ポジティブな感情の集合がチームのレジリエンスにつながり、それが上司の評価を用いて測定されるチームパフォーマンスの向上につながることがわかっている。」

「ポジティブさは私たちの心を開く。ポジティブな感情に関する核となる真実は、それらの感情が私たちの心を開き、私たちが物事をより受け入れやすく、より創造的になるということである。」

ーバーバラ・フレドリクソン

参考文献

Citation:
Diener, E., Thapa, S., & Tay, L. (2020). Positive emotions at work. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior,7, 451-477.

Other Resources:
IOC conference Interview - Carol Kauffman and Robert Biswas Diener (Ed Diener passed April 27, 2021)
IOC resources - Barbara Fredrickson

【筆者について】

マーガレット・ムーア(Margaret Moore)氏は、米国、英国、カナダ、フランスにおけるバイオテクノロジー業界で17年のキャリアを持ち、2つのバイオテクノロジー企業のCEOおよびCOOを務めた。2000年からは、健康関連のコーチングに軸足を移し、ウェルコーチ・コーポレーションを設立した。ムーア氏は米国コーチング研究所(IOC:the Institute of Coaching)の共同創設者および共同責任者であり、ハーバード大学エクステンション・スクールでコーチングの科学と心理学を教えている。

【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】How Positive Emotions Work at Work(2022年4月4日にIOC Resources(会員限定)に掲載された記事の翻訳。IOCの許可を得て翻訳・掲載しています。)


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