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ソーシャルキャピタル
2004年02月18日
1989年、パソコン通信が始まった頃は、毎晩のようにホストにアクセスし、メールを交換したり、チャットを楽しんだりしました。ときには、アメリカのホストにアクセスすることもありました。
特に必要があったわけではないのですが、新しいことが始まるような気がして、わくわくしたものです。
その頃はまだインターネットが普及しておらず、もちろんプロバイダーもありませんでした。ごく限られた研究機関などが、インターネットのアクセスポイントであったと思います。
メールでやりとりをしているとき、彼からのメールに次のように書いてありました。
「伊藤さん、インターネットにアクセスできませんか? パソコン通信だと電話代がすごくかさむんです」
彼は研究者で、すでにインターネットにアクセスし、他の研究者などと情報のやりとりをしていたようです。残念ながら、私にはパソコン通信とインターネットの違いがすぐには理解できませんでした。
パソコン通信は、ホストという大きな掲示板に書き込んだり、書き込まれたりしたものを自分で見にいくという、解りやすく、イメージしやすいものだったのですが、インターネットとなると、私にはその仕組みがなかなか理解できませんでした。実際、メール交換にしても、パソコン通信で充分だと思っていました。
しかし、彼はさらに次のようなメールを送ってきたのです。
「伊藤さんとメールの交換をするためには、伊藤さんと同じパソコン通信の会社と契約しなければならないし、他の人とメールの交換をするときには、また別の会社と契約をしなければなりません。それだけではなく、メールを読むために毎回ホストに電話をかけてアクセスしてメールを取りに行かなければなりません。それでは、送ったり受け取ったりする情報量やスピードが制限されてしまいます」
私は聞きました。
「そんなに大きな量の情報を交換しているの?」
「そうです、研究のデータなど」
「研究データ?」
「はい、今、研究者はお互いにインターネットを使って、毎日、発見したことや、研究のデータを交換したり、自分のサイトに紹介したりしています」
「協力し合っているということ?」
「そうなんです。これまでは、研究室という部屋の中での研究でした。または学会に行ったときや学会誌を通して情報を得ていましたが、今はそうではなく、インターネットを介して、毎日学会を開いているようなものなんです。研究者の間では、情報の開示は常識なんです」
これまで、学術的な研究は、研究者とそのグループによってなされていました。それに対して、インターネットを介することで、ワールドワイドに、そしてジャンルを超えて役に立つ情報を交換し合うことが可能になったというのです。
研究が、ネットワーク上で発展するようになっていることに初めて気づかされました。
同時に疑問も残りました。
「でも、大事な研究の成果を人にあげてしまったら、他の研究者に成果をとられてしまうことにならない?」
「もちろんモラルは必要ですが、それにも増して研究のスピードを上げたいというニーズがあります。また、他の研究者に情報を提供することは、同時に他の研究者からの情報提供を受けることも意味するんです」
彼は薬品の開発者であり、研究者なのですが、システムの開発者のあいだでも、同じような情報の交換が行われています。システム開発の途中で知りたいことがあると、メールやIM(インスタント・メッセージ)を使って質問をします。ネットワークの中にいるメンバーは、無償で情報を提供してきます。
確かに情報の独占が有効なアドバンテージであることに変わりはないのでしょうが、同時に情報の開示(リソースの開示)も同じように大事な意味を持つのだと思います。およそ10年前には、すでにこのような新しいタイプの関係がインターネットを介して広がっていました。
そして今、会社組織の中でもこのような関係が求められるようになりつつあります。
お互いが持っているリソースをシェアしあうことによって組織の知的財産を増やすことができる。たとえば、パソコンが使える人が、隣の人に教える。自分の持っている人的なネットワークを会社の他の人にシェアする。
どんなに価値ある情報を持っているスタッフがいたとしても、彼らがそれを他のスタッフにシェアしなければ、その会社は個々がもっているリソースを活かすことができません。
ソーシャルキャピタルとは、リソースがシェアされる、または自分の持っているリソースを安心してシェアすることができる、その関係を意味します。リソースには、情報、アイディア、規範、ビジネスチャンス、経済的、精神的サポート、善意、信頼、協力といったものが含まれます。
どんな会社にもソーシャルキャピタルはあります。しかし、その量は会社によって異なります。枯渇することもあれば、増加することもあります。浪費されることも、それに投資されることもあります。
単に会社に人がいて仕事をするだけでは充分ではなく、個々が持っている価値ある情報、役に立つ情報がどれだけ他のスタッフにシェアされているか、また、シェアできるようなベースがあるかによって、ソーシャルキャピタルの量を測ることができます。そして、高いソーシャルキャピタルは、当然会社に利益をもたらします。
会社のソーシャルキャピタルを主観的に判断するものとして、その会社の雰囲気があります。また、その会社の中で交わされている会話の中に見ることができます。
ソーシャルキャピタルとコーチングの関係については、次回にします。
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