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リフレッシュする力
2013年08月21日
アメリカ人の部下を持つ日本人のシニアマネージャー数人が集まったグループコーチングの場で、こんなことがありました。
参加者は皆、アメリカに着任したばかりの日本人駐在員。たまたまですが、アジア駐在の経験はあるものの、アメリカ赴任は初めてという人ばかりでした。
一人が口火を切りました。
「アメリカ人はストレートなコミュニケーションをすると聞いていたが、意外と回りくどい言い方をするような気がする」
すると、
「オフィスに来るなり前夜の野球話を始めたりして、一体何をしに来たんだ? と思うことがある。忙しいと『本題は?』と言いたくなる。本題の前にひとしきり関係ない話をする印象だ」
「私は、いきなり家族のことを聞かれた。アメリカ人はプライベートを詮索しないものだと思っていたが、細かいことまで聞いてくるのでびっくりした」
「東南アジアに駐在していた時のことを思い出すと、アジア人同士の方がストレートに用件だけを言い合えてやりやすかった気がする」
などなど、それぞれが話し始めました。
どうやら、従来持っていた「アメリカ人」とか、「アメリカンスタイルのコミュニケーション」というものへのイメージと実際が違う、という経験談のシェアが始まったのです。
普段、日本人同士ではそんな「決めつけ」を前提に人と接することは少ないと思うのですが、これだけ海外ビジネス経験が豊かな方々であっても着任当初は「国民性のステレオタイプ」に大きく影響されてしまうのだな、と面白く感じました。
では、なぜこうした「普段と違う」コミュニケーションパターンが現れてしまうのでしょうか?
カエサルの言葉に 「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」 というものがあります。
人は、自分の中に擦り込まれたステレオタイプ通りの人に会うと、「"やっぱり"アメリカ人はこうなんだ」と印象を強化します。
また、そういうステレオタイプに「合致したところ」を意識的に見ようとする傾向を持っているとも言えると思います。
私自身の経験では、こんなこともありました。
はじめての転職から1ヶ月が経った頃、新しい環境に慣れてきた気がするのに、かえって頭が疲れているのを感じました。
理由を考えて思い当ったことがありました。
私は、新しく見聞きした情報すべてを、「これは前の会社で言うと"あれ"にあたることだ」といったん前職の知識や経験に置き換えて理解してから自分の中に取り込んでいました。
あるがままを受け入れず、あえて間にワンステップ入れ、遠回りしていたのです。
私は、自分のこの思考パターンについて、当時のコーチとの対話の中で気付きました。
コーチから「そうすることで、吉川さんは何を手にいれようとしているのか?」と聞かれ、はたと考えました。
私は、「自分は、新しい環境にもう慣れたよ。だから、もうこんなにも物事を早くスムーズに判断できるよ。全部わかっているよ」ということを周囲にアピールしようとしていたのです。
今思えばつまらないことなのですが、新しい環境で早く結果を出さなくてはいけない、そのためには「日々入ってくる目新しい情報を自分が慣れ親しんだ"型"にはめて整理し、理解するのが一番早い」と思いこんでいたのでしょう。
「新天地で一刻も早く状況を把握し、結果を出そうと焦るが故に、少ない情報量の中でステレオタイプ型の知識や過去の経験にあてはめて無理に理解し、判断しようとする」ということが、以前の私にも、そして、冒頭で紹介した着任したばかりのワークショップ参加者にも起きていたのでしょう。
ハーバード大学の研究結果で、「人事異動後のリーダーの新しいポジションへの適応には、約15ヶ月~18ヶ月が必要である」(*1)というものがあります。
この話を初めて知った時には、「そんなに長くかかるものか?」と思ったものです。
しかし、上記の経験をふまえて考えても、駐在員が赴任してから新しい環境に慣れ、その環境に合った判断ができるのには、個人差はあれど、それだけ時間がかかるものなのだとも思います。
過去につくった「型」の中だけではじめての出来事や仲間を解釈しようとして、なかなか対応できずに苦労する人もいれば、初日から「型」をリフレッシュして新たな情報をあるがままに自分に取り込める人もいる。
その個人差がパフォーマンスを出すまでの時間につながっているということなのでしょう。
新しい環境で期待に応えたいという焦りや見栄もあるでしょうが、「自分はここでは何も知らない」「だからこそ、あるがままに受け入れていこう」と昔の型を手放せるかどうか? そのあたりに鍵があるような気がします。
頭の中の型は、「視点」や「視座」という言葉に置き換えてもいいかもしれません。「視点」や「視座」を、都度、環境に対応してリフレッシュしていくということです。
結局、冒頭のワークショップの参加者たちは、対話を通じて「(一般的な)アメリカ人」が主語ではなく「自分が対応したアメリカ人は(たまたま)」が主語であるという当たり前のことに気づきました。
「アジア人同士の方がストレートなコミュニケーションをする」と言っていた方も、「英語が第二外国語である者同士だったために互いに細かい言い回しができず、シンプルに用件を伝えていただけ」ということに気づきました。
自分の頭の中の型を新しくして、新たな解釈が生まれればなんでもないようなことが、古い型のままだとずいぶん大変なことが起こっているかのような気がする。そんな気づきが参加者の中にありました。
「新しい環境に柔軟性のある人、対応力のある人」というのは「頭の中の型を素早くリフレッシュできる人」「新しい視点を獲得するするスピードが速い人」と言えるのかもしれません。
【参考資料】
*1 Maria Yapp "How can "role transition management" transform your company?"
Industrial and Commercial Training Volume 36 Number 3 2004 pp. 110-112
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