Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
お月さま2つ分を歩くまでは
コピーしました コピーに失敗しました企業トップから頻繁に課題として伺うのが「部門のサイロ化」という問題です。
事業部をマネジメントする人間が自部門のことしか考えない。それは強い責任感の表れではあるが、他部門には無関心。もっと連携し合えばシナジーが生まれるのに、それを起こせない。経営統合などをすれば、双方に縄張り意識が何年にも渡って残り、協力関係がなかなか築けない。
会社規模の大小を問わず、経営者からよく耳にするテーマです。
こうしたサイロ化の問題は、「ムラ」を形成しやすい日本人に顕著な課題かと思っていたら、どうも海の向こうのアメリカでも事情は同じようです。
先日、弊社NYの拠点長に、「アメリカ企業で一番耳にする組織課題って何?」と尋ねると、「部門トップが自部門の利益しか考えないことじゃないですかね」と即答していました。毎日アメリカ企業の情報を手にする中でのコメントですから、それなりに信憑性が高いといえます。自分の利に最も直接的な「自部門の利」を求めるのは、国を問わず起こっている現象のようです。
では、どうすれば、「他部門の利」に意識を向かせ、全体最適につながる相乗効果を発揮させることができるのか。
CEOとして5つの会社経営に携わったマーガレット・ヘファナン氏の著書"Beyond Measure"(未翻訳、訳せば「測定不能」)にそのヒントを見つけることができます。
ヘファナン氏は、著書の中で、MITのトーマス・マローンの研究を引き合いに出し、創造的な問題解決において並外れた効果を発揮したチームは、個人のIQの総和では他のチームと大差がないが、「他者の目で世界を見る能力」には違いがあったことを記しています。
よって、企業には「世界がどう見えるのか」を他者の目を通して想像する能力(共感)を満たした人材の採用が重要だと述べる一方で、その能力は、誰も完璧に身についているわけではなく、継続的に開発する必要がある、とも主張しています。
そして、3つの会社経営に成功している、キャロル・バロン氏が実践している「開発方法」を紹介しています。バロン氏は、次年度予算を検討する会議の中で、それぞれの役員に、自分の管轄外である他部門の予算を引き上げることを主張させるようにしました。
つまり、テクノロジー部門の役員は、マーケティングの部門のために主張し、営業部門のトップは運営部門のために主張する。この「他部門のため」のプロセスを通して、役員は他者の目を「リアルに」取り入れることができたといいます。
5年ほど前に、外資系メーカーのアメリカ人CEOから、10人の日本人役員全員にエグゼグティブコーチをつけたい、というお話をいただきました。
聞くと、役員は異なる事業のトップでそれぞれが損益責任を担っている。もちろん役員は、自分の責任を全うしようと、自部門の収益を高めることに躍起になるのだが、他の部門には一切関心を寄せない。情報の流れがあれば、ある事業部でうまくいっているやり方を別の事業部に共有するなど、会社全体が伸びると思うが、それができていない。そこをなんとかしたい、と。
10人の役員とCEOに1日集まっていただき、事業トップとしてでなく、「会社の」役員としてどのように行動する必要があるのか、ディスカッションをしてもらいました。
「他の事業部も含めて会社全体をうまくいかせる」という観点からどのように振舞うべきなのか。他の役員は自分に何を期待しているのか。自分はそれにどのように応えることができるのか。
そこで抽出された「理想の役員チームの状態」を、7件法で答える以下の質問で表現しました。
・難しい状況でも役員同士がチームとして本音で意見を言っている
・会議は情報共有に終わらず、ビジネスを前進させる場となっている
・役員が互いのビジネスに興味を持ち、助言をし合っている
・役員は経営者としての責任を果たしている
・私はこのチームの役員であることを誇りに思う
そして、一人ひとりの役員にコーチがつきそれぞれの質問に対する自己評価の点数の向上を目指したところ、約一年後、全項目が向上しました。
他者の目から世界を見る、他部門の目から自部門を見る、といった「視点の変化」は、何気なく放っておくだけでは起きません。かなり意識的に時間をとり、「向こう側から考える」ことをする必要があります。
アメリカの児童文学作家シャロン・クリーチの作品"Walk two moons"に次のような文章が出てきます。
"Don't judge a man until you've walked two moons in his moccasines."
(その人のモカシンを履いてお月さま2つ分を歩くまでは、その人を裁いてはいけない。)
相手の立場に立つというのはそのくらい難しいし、「意識的な行動」を要するということですね。
しかし、会社にとって、「相手の立場に立つこと」は、それだけ価値のある行動のはずです。自利から離れて、他利を考える役員やマネージャーがもう少し増えたら、きっと会社は良くなると思うのですが。
【参考資料】
Heffernan, M., 2015, Beyond Measure, Margaret Heffernan
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