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恐怖心とつきあう3つのプロセス
コピーしました コピーに失敗しました「あなたに恐怖心を抱かせる、自身の心の声に名前をつけるとしたら、なんていう名前にしますか?」
アメリカ人のベテラン女性コーチから、そう問われました。
人との関わり方をテーマにしたセッションのときでした。私の仕事のほとんどは、上司や部下、同僚、コーチングのクライアントなど、人と関わってする仕事です。人との関わり方が、仕事全体へのパフォーマンスに大きく影響を与える要素だと話しているときに、どのような精神状態でいると、私がより高いパフォーマンスを発揮できるかという話になっていきました。
「心の声」は何に影響するのか?
「人と関わっている時、自分には何が起きているのか?」について考える中で浮かび上がってきたのは、相手のちょっとした表情や発言に反応している自分でした。ある経営者をコーチングしていた時に、相手は決してそうは言っていないにも関わらず、
「質問が面白くない」
「有意義な時間じゃない」
「君のコーチングの実力は大したものではない」
とでも言われているように勝手に思い込み、それに反応するように
「何とかいいセッションをやろう」
「状況を挽回しよう」
「自分がいいコーチであると証明しよう」
そんな焦りと力みが自分の中に芽生える瞬間があることを認識し始めていました。
私の耳元で、事実かどうか分からないこと、特に良からぬことを「ささやく自分」がいる。それが私に恐怖心を抱かせ、パフォーマンスにも影響を与えている。私とコーチは、そのような結論に行きつきました。
私は、コーチの質問に対し、自分の心の声に「JACK(ジャック)」という名前をつけました。
恐怖心とは何か?
恐怖心には、認識しやすいものと、そうでないものがあります。
夜も眠れなくなったり、足がすくんだりするような認識しやすい恐怖心もあるでしょう。一方、見逃してしまうほど些細な恐怖心もあります。これが、厄介なのです。自分が恐怖心を抱いていることも、それによって自分が影響を受けていることさえも気づかないような、そんな些細な恐怖心です。
例えばこんなものです。
気になっている人に連絡をしてみたが、なかなか返事が来ない、もしくはそっけない返事しか返ってこない。そんな時に、
「自分はもしかしたら何か間違った事をしてしまったのではないか?」
「相手は自分のことを嫌いになったのではないか?」
などと思ってしまうことはないでしょうか。
あるいは、上司が自分の話にあまり興味を示さない、もしくはちょっと眉をひそめる。そんな時に、
「自分は理解すべきことを理解していないのではないか?」
「上司は自分の能力に疑問を抱いているのかもしれない」
そう思ってしまうことはないでしょうか。
そんな声がひとたび自分の中に生まれると、多くの場合、更によからぬ憶測が生まれ、相手とのやり取りがぎこちなくなったり、肩に力が入って相手が求めもしないことをしてみたり、もしくは自分に自信をなくしたりします。
そんな状態では、人と本音で話すことも、相手の話を素直に聞くことも、相手を信頼して協力し合うこともままならなくなるでしょう。
これは、明らかに私のパフォーマンスに影響を及ぼします。
「現実」を生み出すもの
TEDに、アメリカの経営者アイザック・リッズキー氏の「あなたはどんな現実を生み出しているのか?」という講演があります。(※)
「人は いろいろな方法で 自分なりの現実を作り出す」ことを、恐怖心を例に語った部分をかいつまんでご紹介すると、次のようになります。
「恐怖心は私たちの現実認識をゆがめる。ゆがんだ現実に囚われると、私たちの脳は未知なるものが耐えられなくなる。そのため、未知なる部分を、既に知っている何かだと思おうとする。それは往々にして私たちが恐れているものに置き換えられる。そして、それは憶測でしかないはずなのに、根拠のあるものだと思い込んでしまう」
例えば、「上司が一瞬ひそめた眉の動き」の理由は未知であるにも関わらず、「上司は私に不満をもっている」という認識に置き換えられ、さらに「自分は上司からできない奴だと思われている」という「自分なりの現実」が作られていきます。
それをあたかも根拠のあることかのように作り出しているのが、私にささやいているJACKです。
恐怖心とうまく向き合うための3つのこと
私は、コーチと話す中で、次の3つのことを実践するように心がけました。
- 【気づく】
- 恐怖心を抱いている自分に気づく
- 【立ち止まる】
- 一瞬立ち止まり、恐怖心によって作り出された「自分なりの事実」が、事実なのか憶測なのかを考える
- 【確認する】
- 人に対して抱く憶測なら、それが事実かを相手に確認してみる
実際にやってみると、【気づく】が意外に難しいと感じます。
ある事象を認知し、恐怖心という感情が生まれ、そこに「自分なりの事実」を作り出し、更によからぬ憶測が生まれる。この一連の流れは、長い月日をかけて私の中でパターン化されており、認知から憶測までは、一瞬にしてあっという間に起きます。気づいた時には自分で作り出した憶測に囚われた状態となり、恐怖心がそうさせているなどとは思いもしないのです。
そこで、私は自分に「変に力が入っている」と感じたら、背後にJACKがいるのではないかと思うようにしました。
恐怖心を抱かせる心の声に名前を与えたことは、【立ち止まる】ことをやりやすくしました。
自分の感情はなかなか客観視しづらいものですが、「JACKのささやき」と捉えると、少し冷静にそれを観察することが出来るようになったと感じます。
「JACKは私になんてささやいているのだろうか?」
「果たしてそれは本当なのだろうか?」
そう考えることが出来るようになりました。
【確認する】は、私が人と関わっていく上で大きな違いを生みました。
自分が抱いた憶測について、相手の人に直接「私はこう思ったのですが、それは本当にそうでしょうか?」と聞くことにより、多くのことが私の憶測にすぎず、気にするようなことではないことを発見しました。これが出来るようになったことで、人と関わる上で随分肩の力が抜けたと感じています。
恐怖心とつきあう
恐怖心に現実認識をゆがめられ、よからぬ感情に影響を受けていては、ベストなパフォーマンスが出せる状態にも、人と生産的な関わりが出来る状態にも、そして、本当に必要な行動が何かを判断する状態にもならないでしょう。多くの場合、余計なことに時間と労力を奪われる結果になります。
今でもJACKは頻繁に顔を出します。JACKに耳を傾けると、自分が自分に何を語りかけているのか、そんなことを学ぶきっかけにもなりました。自分の恐怖心に名前をつけたことで、私は少し余裕を持ってそれとつきあう事が出来るようになったと感じますし、それに余計な労力を奪われることが減ったと感じています。
皆さんの恐怖心を抱かせる心の声は、耳元で日々何をささやいていますか?
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【参考資料】
※アイザック・リッズキー 、「あなたはどんな現実を生み出しているのか?」(TED 2016年6月収録)
・S.I.ハヤカワ(著)、大久保 忠利(翻訳)、『思考と行動における言語』、岩波書店、1985年
・辻秀一、『ハイパフォーマーは知っている、恐怖に負けない技術』、かんき出版、2015年
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