Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
経営者になぜ「質問力」が必要なのか?
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「経営者の器を広げたい」
3年前の最初のセッションでそう仰った社長Aさんとは、今もコーチングが続いています。
「経営者の器」とは「経営判断の質」であること。
「組織の"真"の状態」を知る力を高めていきたい。
Aさんは力強く仰っていました。
「組織の"真"の状態」を知る力とは?
エグゼクティブ・コーチングでは、組織の状態を知るために、さまざまなアセスメントやアンケート、インタビュー等を行います。Aさんも、組織診断の結果を経営に活用していきました。
2年目のある時、Aさんがふと言いました。
「アンケートの自由コメントと、私が職場で感じる雰囲気との間に、微妙なギャップを感じる時がある」と。
たとえば、「何でも上司に相談できている」というコメントが多いものの、職場で上司と部下が相談し合っている光景はまれに見るだけだ、というのです。
リーダーシップについて数々の研究を行っているマーク・マーフィー氏は、5年以上にわたり16万人を対象に行ったリサーチで「10名中9名の社員やマネージャーは『真実を言うのに気が進まない』と思っている」ことや、「70%のリーダーが、フィードバックを遠回しに伝えている」といった結果が出ていることを示しています。(※)
組織の中で「本音を伝える」ことは、とても難しいことのようです。
Aさんが感じる「微妙なギャップ」は、「自分が入手できていない社員の本音がもっとあるのではないか?」という仮説によるものでした。
そして、「組織の"真"の状態」を知るにはデータ情報に加え、社長である自分自身が「社員の本音」に直接アプローチする力こそが必要だと考え始めていました。
「社員の本音」にアプローチする方法とは?
Aさんはまず、5人の社員との継続的な1対1の面談を始めました。人の本音は、継続的な関わりの中で出てくるものだと思ったからです。
ところが、同じ相手であっても、本音で話している時とそうでない時があるように感じ始めました。
そして、本音を話すのはそもそも難しいことであり、自分のように相手が社長であればなおさらであると思ったAさんは、エグゼクティブ・コーチング3年目のメインテーマを、ご自分の「質問力を上げること」に設定しました。
私たちプロのコーチは、「質問力」を高めるために日々研鑽しています。私はその方法をAさんとのセッションで応用しています。
まず、社員に聞こうとしている「質問のリスト」を作ってもらいます。
Aさんはこのような質問を用意していました。
Q1「業績を高めるために、あなたが改善できることは何ですか?」
Q2「達成感を味わうために、あなたはどんな行動をすべきだと思いますか?」
これらの質問を、私は「自分に向けられたもの」と仮定して受け取り、感じたことをフィードバックします。
「"改善"や"すべき"という言葉からは、私が否定されているようで、考えるのも答えるのも窮屈に感じます」
さらに、質問で使われている言葉の意味を紐解きながら、Aさんにどのような「前提」があるのかを探ります。
「Aさんは、なぜ"改善"という言葉を使ったのでしょうか?」
「Aさんにとって"達成感"とは何でしょうか?」
Aさんは、強く思っていることを教えてくれました。
「達成感こそが、いい仕事をするためのモチベーションに違いないと思っている」
「社員には、やるべきことや改善すべきことがたくさんあるはずだ」
質問する人の「前提」は、質問を通じて相手に伝わり、相手はその前提の中で答えを見出そうとします。「人の前提」に立った質問に本音で答えるのは、なかなか気が進まないものです。
そこで、Aさん自身の前提を明確にした上で、その前提を脇に置き、相手が自由に話せる質問に修正していきます。
「"改善"は"変化"にした方がフラットな印象を与えそうだ」
「"すべき"は"したい"にした方が自由に話せそうだ」
そんなやりとりの結果、先の質問は、次のように変わっていきました。
Q1「あなたがどう変わると、より良い仕事ができそうですか?」
Q2「仕事で高い成果を出すために、どんな行動をしていきたいですか?」
経営者と「質問力」
Aさんとは、毎回こうしたやりとりを通して、「質問力」を上げていくことに挑戦しています。
最近は、両親の介護で精神的にも体力的にもきつい状況で仕事をしている社員の話や、女性視点をビジネスに取り入れるために企画会議に参加したい、といった要望など、これまでは耳に入ってこなかった社員の本音が聞けるようになってきたと実感し始めています。
また、相手に質問する前に「自分にどんな前提があるか?」を自分に問いかけるようになったそうです。
社員からは、
「私の考えや意見を引き出してくれている」
「私自身がどう感じ、何をしたいのかを考えたくなる質問が増えている」
という声が聞こえてくるようになりました。
「自分の前提」に気づき、それをいったん脇に置いて「相手が答えたくなる質問」をする。
これを徹底することで、「経営判断の質」やスピードは明らかに高まっている、とAさんは感じています。
「会社は経営者の器以上にならない」という言葉をよく耳にします。
Aさんのように「経営者の器を広げる」とは「組織の"真"の状態を知る力を高める」こととするならば、「質問力」は組織をリードする経営者が兼ね備えたい、重要な能力のひとつなのではないでしょうか。
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【参考資料】
※ Camaron Santos, "The Science Behind Telling the Truth"
April 5, 2017
Chief Learning Officer
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