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自分で予測した「自分の未来」は正しいのか?

自分で予測した「自分の未来」は正しいのか?
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「メンバーには、もっと新しいことに挑戦してもらいたいのだが、なかなか行動が起きない」

そう言って、重たい表情をのぞかせるエグゼクティブの方がいらっしゃいました。

私はそのお話を聞きながら、数年前に自分が体験したことを思い出していました。

「これから僕と一緒に仕事しよう」と決断を迫られた

「僕なら、これからいくつもの挫折を、君に提供することが出来るよ」

イタリアから来日した役員が、私にそう言いました。前職での話です。

入社して10年。ひとつのプロジェクトで働き続けてきた私が、新しい役割に就くための面談が組まれていました。

「この10年、君は順調に階段を登って成長してきた。次の10年は、沢山の失敗を経験するとよいと思う」

「自分では到底登れないと思う壁にいくつもぶつかり、登り方を見つける、今は不可能だと思える事も、可能だと思える自信をつける、そんな10年にするといいと思う」

その役員は、私のこれまでの経歴を聞いた上でそう述べ、「これから僕と一緒に仕事をしないか?」と、私に決断を迫りました。

新しい役割は、これまでにない大きな成長をもたらすだろうと、思い始めていました。

ただそれと同時に、「本当に大丈夫だろうか?」という不安がよぎり、一旦回答を保留にしようとする自分もそこにいました。

「未来を想像する」能力は、人間だけが持っている

これまでにない「はじめての選択」をする時、私たちの脳は「その選択によって何が起こるのか?」「その結果、どんな気持ちになるのか?」とシミュレーションを始めます。

その予測は、私たちの選択に影響を及ぼします。

この「未来を想像する能力」は、人間だけが持つ能力だと言われています。

「その行動によって、何が起きるのか?」
「その結果、どんな感情を味わうのだろうか?」

脳はそれをシミュレーションします。そうやって、未来の経験や味わうであろう感情をコントロールしようとするのです。

私の脳も、この新しい役員の元で新しい仕事をすべきか否か、その選択は自分にどんな未来を与え、その未来にどんな気持ちになるのか、次々にシミュレーションしようとしていました。

未来を予測し、そこでどんな感情を味わう事になるのか、私たちの脳はどれだけ正確に予測することが出来るのでしょうか。

ハーバード大学社会心理学部の教授 ダニエル・ギルバート氏は、著書『明日の幸せを科学する』(※)で、脳が予測する将来抱くであろう感情は、いくつかの理由であまり精度が高くないものである事を説明しています。

例えば次のような事です。

自分の脳が想像できるものだけを頼りに予測する

私たちは未来を予測する時、自分で想像できる事だけを頼りにシミュレーションし、想像の範囲を超える事が与える影響については考慮しない。つまり、シミュレーションとは、元々不完全なものだということ。

極端な記憶を使って予測する

私たちは、過去の体験の記憶を使って未来をシミュレーションする。そこで使われる記憶は、「もっともありがちなひと時」ではなく、最高のひとときや最悪のひとときなど、極端な例であること。つまり、起こりにくいが、起きた時にはインパクトのある感情を思い出してシミュレーションしている。

現実の受け入れ方が変わる事を予測しない

仮に、今の自分が辛いと思う事が起きたとしても、人にはその出来事の受け取り方をポジティブに変える力があること。ただし多くの場合、脳が未来をシミュレーションする時には、この「受け取り方」の変換が起きることを考慮していない。

新しい挑戦を目前に、何をすべきか?

10年担当し続けたプロジェクトを離れて新しい役割を担う。

この新しい選択肢を前に、

「それってうまく行くのだろうか?」 「うまく行かなかったらどうなるのだろうか?」

そんな問いが私の頭をよぎりました。

最初に浮かんできたのは、新しい役割で活躍し、エネルギーみなぎる自分の姿でした。しかし、その直後に浮かんできたのは、役割に適合できず、失敗をして役割を解かれ、「あいつは思ったよりできないやつだった」と周囲から冷たく後ろ指をさされる姿でした。

そして、「またとないチャンスを与えられたのに失敗した人」だと周囲から見られるのが恥ずかしく、耐えられないのではないかという心配も湧いてきました。

私の脳を占めたのは、そのネガティブな感情をいつまでも持ち続ける自分の姿でした。

この時、自分の脳がシミュレーションした事に基づいて判断していたら、私は新しい役割を選ばなかったでしょう。また、その後シミュレーションしたことが起きることもありませんでした。

脳が予測する未来の自分は、さほど正確ではないのです。

では、新しい選択を目の前にしたとき、私たちはどうしたらよいのでしょうか。

前述の著者、ダニエル・ギルバート氏は、未来の自分を予測するのは難しいからこそ、「人に聞く」ことを提唱しています。自分自身の未来を予測する一つの方法は、自分が予測している出来事について、今まさに経験している人にどんな気持ちかを尋ねる事だ、と。

自分ひとりで考えない。体験を共有する。

私に新しい選択を迫った役員は、考え込む私にこう提案してくれました。

「同じ仕事をしている人たち数人に、どんな体験をしているか直接聞いてみてはどうだい?」

私はその通りにしました。

彼らに話を聞くと、新しい選択には「うまくいく、いかない」のみにとどまらず、様々な体験をもたらすことを知りました。写真でしか見たことのない国内外の役員たちと仕事できるチャンスがあることなど、ひとりでシミュレーションしていた時には思いも及ばなかった大小さまざまな成長と、自信につながる可能性やそこで味わうであろう感情がありました。

中には、結果を残せずに途中で役割を解かれた人もいました。しかし彼は言いました。「あんな体験なかなかできないから、貴重だよ」と。当時は悔しい思いもしたでしょうが、その想いを引きずることなく、時間とともにポジティブなとらえ方に変換を起こしていたのです。

どうやら、自分ひとりでのシミュレーションには登場しなかった可能性が沢山あり、極端な感情を味わう気配もありません。また、うまくいかなかったとしても、負の想いを引きずる分けでもなさそうな事を知りました。

もしあの時、自分の脳が作り出す限られたシミュレーションの中で決断をしていたら、リスクや失敗、困難を恐れ、新しい選択を踏み留まっていたかもしれません。

挑戦を生む上司の関わりとは?

もし、多くの社員がひとりで新しい選択を決断しているのだとすれば、その組織に「新しい行動」が起きる可能性はそれほど高くないかもしれません。

自分と異なる体験をしている人たちと交わり、互いの体験を共有する場があれば、ひとりの脳で行われる限定的なシミュレーションから解放され、たくさんの新しい行動が起きる可能性は、ずっと高くなるのではないでしょうか。

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【参考資料】

※ ダニエル・ギルバート(著)、熊谷淳子(翻訳)、『明日の幸せを科学する』、早川書房、2013年

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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