Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
あなたは自分の「前提」にどうやって気づきますか?
コピーしました コピーに失敗しました「大山くんさ、上司は何でも知っていると思ってない?」
「はい? どういうことですか?」
「いやさ、大山くんはさ、上司は何でも知ってて欲しいし、知ってるべきだと思ってるんじゃないかと思って。でもさ、僕は知らないことがたくさんあるし、何でも知ってると期待されても困るんだよね」
「はあ...」
これは、私がコンサルティング・ファームからコーチ・エィに転職して間もない頃の、当時取締役だった上司、Iさんとの忘れられないやりとりです。たしかに当時、私は「上司」という役割についてこんなふうに考えていました。
- 上司は部下より「優秀」であるべきである。
- 上司は部下の模範となるべきである。
- 上司は部下を導くべき存在である。
Iさんのことを「イマイチだ」と思っていたわけではありませんが、私の中にある「理想の上司像」をIさんと勝手に照らし合わせ、無意識のうちに試すようなところがあったのかもしれません。Iさんはそれを感じ取ったのでしょう。
Iさんからの問いかけに対して、ろくに言葉を返せなかっただけでなく、これまで自分が「当たり前としてきた考え方、捉え方」が揺さぶられるような、そんな感覚があったのを覚えています。
「前提」はまだまだ揺さぶられる
その翌月、私は持病の喘息の発作を起こしました。周囲に迷惑をかけないよう、できるだけひっそりと出社し、窓際の席を選んで座り、静かに業務をこなして帰宅する日が続きました。
「回復したら、いい動きができることを証明しよう」と、回復後の行動計画を練っていると、またIさんに呼ばれました。Iさんは笑顔で言います。
「大山くんは静かに出社して、誰とも関わらないで、静かに帰っていくねぇ」
穏やかな口調で言われたものの、心地の良い言葉ではありません。マズイ。どう返すのが正解なんだろう。
「今、体調がすぐれないので、みんなに迷惑がかからないようにしているつもりでしたが、マズイですか?」
と返すと、Iさんは笑顔で言いました。
「いや、僕はマズイとは言ってないしそう思っていたわけじゃないんだけど、まあでも、マズイかどうかと聞かれたら、マズイんじゃないの?」
その夜、私は眠れませんでした。「転職早々、これはマズイ。どう挽回すればいいんだろう」
翌日、私はIさんに声をかけました。
「昨日の『マズイ』ということについてお話させていただきたいです」
Iさんは「いいよ」と快く応じた後、続けて言いました。
「ハハハ、しかし、君もなかなか面倒くさい人だねぇ」
「はい? 面倒くさいですか?」
私はまた混乱に陥りました。他人から「面倒くさい」と言われたのは人生で初めてです。私の混乱、困惑を察しながらIさんは続けます。
「そうだよ、面倒くさいね。だって、あれは昨日のあの時の僕がそう思ったんであって、今の僕がそう思っているわけじゃない。何よりずっとそう思っているわけじゃないし、君のことを『マズイ』と言ったわけでもない。でも君はその言葉が引っかかって、こうして僕に話しにきたわけだよね」
この後の細かいやり取りは覚えていませんが、私はIさんの「真意」を聞きながら、24時間ぶりに過度な緊張感や妙な焦燥感から解放された感覚がありました。
前提が変わると行動が変わる、行動が変われば組織も変わる
このときのIさんとのやりとりを通じて、私は入社早々に「自分の物事の捉え方や思考には癖がある」ことを知りました。さらには、自らの「前提」が、他者も共有する「常識」であると、いつの間にか思い込んでいたことにも気づかされました。
気づいたからといって、なにかが劇的に変わったわけではありません。ただ、自分の内側に少しずつ変化が生まれ、そのことは周囲との関わり方に変化をもたらしました。
- 優秀な「同期」と自分自身を必要以上に比較しなくなり、フラットな関係が築けるようになった。
- 「知らないこと」「わからないこと」を素直に表現することができるようになり、上司や先輩に気軽にサポートを依頼することができるようになった。
- 他者を尊重しながら、「違い」について対話できるようになった。
これらはどれも、一緒に仕事をする仲間を増やすことにつながりました。自分自身の「前提」を認識する体験がなければ、この変化が生まれることはなかったでしょう。
自分の「前提」に気づかずにいたら、私は自分の前提に基づいて「正しい」「良い」と思うことを徹底的に考え抜き、周囲に働きかけていたと思います。結果、ビジネスのスピードや巻き込むパワーはもっと強かったかもしれません。一方で「納得しない、共感しない他者」を生み出し、対立を起こしたり、関係をシャットダウンしたりすることもあったかもしれません。
他者との関わりがもたらす価値
入社当時のIさんとの関わりは、他者の存在、他者からの働きかけ、他者との対話の価値を実感する機会となりました。それは、単なる知識を越えて、コーチングの価値、コーチの存在価値を実感する体験でした。
「前提」自体は良いものでも悪いものでもなく、また、変化させなければいけないものでもありません。大事なのは、自分の前提を認識すること。
自分の前提を客観的に捉えることができれば、そこに再解釈が生まれます。無自覚のうちに自らの「前提」に影響されて行動していることを認識すると、前提の再解釈が起こり、そこから初めて違う選択肢を選ぶことができるようになるのだと思います。
* * *
組織の中のすべての人が、自らの前提に気づき、異なる選択肢を取ることができるようになれば、組織における関係性に変化がうまれ、組織は必ず変わっていくだろう。
自らの体験、そして、自らの変化を振り返り、私はそう信じています。
この記事を周りの方へシェアしませんか?
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。