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「私とあなた」の関係性
コピーしました コピーに失敗しました職場であなたをいつも悩ませる人は、どんな人ですか。
人の話を聞かない。
「わかった」と言ってやらない。
レスポンスがない。
仕事が遅い。
決断が遅い。
では、相手はいったいどう思っているのでしょうか。
たいていの場合、相手にもそれなりの言い分があります。そう思うと、本質的な問題は、どこまでいっても「相手とわかりあえないこと」なのかもしれません。
そもそも、なぜ相手とわかりあえないのでしょうか? わかりあえなさの原因はどこにあるのでしょうか?
「私とあなた」と「私とそれ」
「『我』と『汝』が語り合うことによって世界が拓けていく」という対話の哲学をもつマルティン・ブーバー氏は、人間同士の関係性を、大きく「私とそれ」と「私とあなた」の2つに分類しました。
「私とそれ」の関係性とは、「私」にとって「それ」は道具として使われるという、一方的な関係性を意味します。
一方、「私とあなた」の関係性では、考えや立場の異なる「私」と「あなた」が、互いにとって大事な存在であり、二人の間で関係性を構築できていることを意味します。
もしかしたら、相手が自分の思うように動いてくれないと感じるとき、そこにあるのは「私とそれ」の関係性なのかもしれません。「私とそれ」の関係で臨むから、うまくいかないのです。「言うことを聞かない相手が悪い」と思っている限り、いつまでもお互いにわかりあえないその壁を乗り越えることはできないということです。
「期待通り」に動いてくれない
精密機械メーカーのCEOであるAさんは、昨年4月にCOOに抜擢したBさんとの関係性について悩んでいました。
「思った通りに動いてくれない」
「コミュニケーションがうまく図れない」
「考えていることがわからない」
「毎週対話を続けていてもしっくりこない」
Bさんを変革のキーマンとして抜擢したのはAさんです。AさんはBさんに大きな期待をかけていました。しかし、しばらくするとコーチング・セッションの中でAさんがBさんへの不満を口にするようになり、Bさんとの関係性がテーマになることが多くなりました。
あるセッションで、Aさんが相手にリクエストをはっきりする、思ったことを相手に伝えることに躊躇があると感じたので、そのことを扱ったりもしましたが、AさんとBさんの関係性にはなかなか変化が起こりません。コーチとして何ができるのかと自問自答している矢先、Aさんから短いメールが送られてきました。
「Bさんとの対話がうまくいきました。彼の雰囲気や態度もガラリと変わりました」
うれしい反面、いったい何が起きたのだろうと、早くAさんから話を聞きたいという衝動に駆られました。
対立の先にあるもの
次のセッションで、AさんはBさんとの間に起こったことを話してくれました。
ある日、AさんはBさんにメールを送りました。しかし数日経っても返信がありません。週末になってようやく返事が返ってきました。
週明けの月曜日に、Bさんとの定例の1on1の時間がありました。Aさんは、返信が遅れたことについてBさんから謝罪があるものと思っていましたが、Bさんはそのこと触れる様子がありません。そこでAさんはやや感情的になりながらも、
「どうしてすぐに返信ができなかったのか」
と、語気を強めてはっきりと伝えました。続けて、
「二人で創っていくという関係性がなければうまくいかない。そのためには、自分も逃げないので、あなたも私から逃げないで欲しい」
と、Bさんにリクエストしました。その瞬間、Bさんの表情や態度ががらっと変わったといいます。その後、AさんからBさんへの今後の期待を伝えて、二人で関係性を創っていくことについて同意を取ることができたというのです。
変化は双方に求められるものである
Aさんがその話の最後に語ってくれた言葉が、とても印象に残っています。
「自分は安全なところにいて、相手にリスクをとらせるといういびつな関係になっていたのかもしれません」
相手との関係性の中で生じる対立や躊躇を恐れ、真実を言うことに気が進まない人は少なくありません。しかし、二人の関係性を再構築したり、さらに前進させようとするならば、リスクをとって対話する必要があるのです。
「私とそれ」は、人間同士でありながら、向き合う相手を自分の道具のようにとらえる関係性です。仕事を進めるうえでは、立場や役割によって相手に道具的にふるまうことを要求し、相手も道具的な応答をすることで機能や役割が成り立つ部分もあるかもしれません。
しかしこの傾向が強くなりすぎると、常に「私とあなた」ではなく「私とそれ」の関係になってしまいます。先のAさんとBさんのように、無意識に、相手を自分の目的達成のための「道具」として見るようになり、結果として、相手との立場の違いや意見の違いばかりがクローズアップされて、関係が難しくなってしまいます。個々の違いを乗り越えて、双方向にお互いを受け入れ合うことが困難になるのです。
対話によって、Aさんも変わる、Bさんも変わる。「二人で創り上げていく」という視点に立ったときに、「私とあなた」に目覚めて関係性の変化が始まったのではないでしょうか。
新しい関係性を築くためには、少し手間も時間もかかります。対話を重ね、双方が相手を受け入れるために、ともに変化することが求められます。それでも「私とあなた」の関係性があって初めて、同じ目的に向かって共に歩んでいくことができるのです。
あなたは、周囲の人と「私とあなた」の関係を創るために、どんな変化を起こしますか?
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【参考資料】
マルティン・ブーバー(著)、田口 義弘(翻訳)『我と汝・対話 新装版』みすず書房、2014年
斉藤啓一(著)『ブーバーに学ぶ 「他者」と本当にわかり合うための30章』日本教文社、2003年
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