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仕事の報酬は仕事

仕事の報酬は仕事
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私がコーチ・エィで働くようになって知った言葉の一つに、「仕事の報酬は仕事」という言葉があります(※)。社内でとても大事にされている、私の好きな言葉です。

私はこの言葉を「誰かから求められてするものでも、お金のためにしかたなくするものでもなく、仕事そのものに、喜びや自分なりの意義を見出している状態を表す言葉」と考えています。「仕事の報酬は仕事」と堂々と言い切れる人こそ、自分の仕事を使命ととらえ、その仕事に主体化しているといえるのではないかと思います。

経営にフルコミットを要求してはいけない?

一ヶ月前、とあるクライアントとの初セッションでのこと。

どんな方なのだろうと緊張しながらZoomにログインしてみると、目に飛び込んできたのは、車の中にいるAさんの姿でした。彼はこう言いました。

「内村さん、今私はどこにいると思いますか? 湖畔にいて、セッションが終わったら釣りしようと思っているんですよ、いいでしょ」

Aさんは大企業の役員です。想定外、規格外のスタートに面食らいながら、コーチングがスタートしました。Aさんは、セッションの中でこんなことをおっしゃっていました。

「いい会社にするために、経営にフルコミットを要求する会社はもういい会社ではないんです」

Aさんのその言葉は、セッション後もずっと尾を引くように私の心に残りました。

隷属化を要求する近代の権力構造

哲学者のミッシェル・フーコーは、近代の権力がいかに私たちの精神を支配してきたかを紐解こうと試みた人です。

フーコーは、18世紀の終わり頃から権力の形が変化したと言います。王のような絶対的な存在が市民を統治する「絶対権力」の時代から、市民を訓練し、規律に従わせることで社会秩序をコントロールする「規律・訓練型権力」の時代になったのです。

一つの例として彼は「学校」を批判します。自由の制限された空間に人を押し込め、何がよくて、何がよくないかを教え込み、よいとされることができるように訓練し、それができたら評価する。そうすると、やがて人は自ら進んで「よい」とされることをやるようになっていきます。ここで言う「よい」こととは、権力が「よい」とすることです。フーコーによれば、学校は、新しい権力を行使する場なのです。

こうして、私たちは知らず知らずのうちに権力に統治されていきます。自分が「よい」と思ってやっていることでさえ、権力側に刷り込まれてきたことです。フーコーは、これを権力や組織への「隷属化」と呼びました。

フーコーが指摘するこの構造は、学校教育だけでなく、社会にも、そして会社組織の在り方にも影響を与えているのではないでしょうか。

新しい時代の幕開け

私たちは今「会社のために働き、その対価として給与をもらう」という考え方の時代から、「会社のパーパス、そして自らのパーパスのために働く」という時代にシフトしつつあります。社会や組織に隷属するのではなく、自ら「仕事」を選ぶ。つまり、より多くの人にとって「仕事の報酬は仕事」となる時代の幕開けと言えるのではないでしょうか。

前述のAさんの言葉を聞いたとき、「経営に責任を負う立場の人が、そんなこと言って大丈夫なのか」という問いが一瞬頭をよぎりました。しかしAさんの言葉が私の中で尾を引いたのは、これから始まろうとしている時代への挑戦を宣言しているように聞こえたからです。

「経営にフルコミットを要求するなんて、もう古いんだよ、内村さん」そう言うAさん自身は、誰よりも仕事に打ち込み、誰に頼まれなくても10年先を考え、そして誰よりも仕事を楽しんでいるように見えます。まさに「仕事の報酬は仕事」、そう言い切ることのできる人の代表格です。

浮かび上がった共通点

「仕事の報酬は仕事」、そう言える人達には、どんな共通点があるのでしょうか。

私は過去に自分がコーチしたクライアント、そして仕事やプライベートで出会った人たちを思い浮かべ、私自身がそう感じた人たちをリストアップしました。すると、大きく二つの共通点が浮かび上がってきました。

一つは仕事を楽しんでいるということです。

彼らは、必ずしも好きなことを仕事にしているから楽しんでいるわけではありません。なんであれ、やっていることを楽しんでいるのです。Aさんの言葉を借りれば、「深刻」にならず、「真剣」にやるというスタンスです。周りからの評価はそこまで気にしない、でも自分が貢献すると決めたことに向け、自分が成長できているかは気にする、そんなあり方をしています。

二つ目はよく感謝を口にし、同僚や部下を称えるということです。

こちらが何かをすれば、すぐに感謝のメールが飛んできます。周囲の人たちに対する感謝の気持ちもよく口にします。困難があっても、その機会を経験できたこと、気の合わない上司を持っても、それが自分を成長させたと、やはり感謝の念を口にします。その分、周りからもよく感謝されている人たちです。

権力からの解放

フーコーは監獄のシステムを研究する中で、近代の権力支配の構造を明らかにし、自らがまず何に隷属しているかを知らないと、そこからの解放はないと言います。フーコーのいう「監獄」、つまり権力からの解放は、自らのパーパスを明らかにし、たとえば「楽しむ」、「感謝する」といったことを選択した人にもたらされるのかもしれません。

「仕事の報酬は仕事」。

社会や権力、組織への隷属から解放され、多くの人がそう言い切れる時代を創る時がやってきました。

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【参考資料】
※ ソニーグループ創業者 井深大氏の言葉

桜井哲夫著、『知の教科書 フーコー』、講談社(講談社選書メチエ)、2001年
中山元著、『フーコー入門』、筑摩書房(ちくま新書)、1996年

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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