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真実を伝える生き方を選ぶ

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アメリカには「The squeaky wheel gets the grease.(きしむ車輪は油をさしてもらえる)」ということわざがあるそうです。意味は、「自己主張をしっかりすれば、話を聞いてもらえる」という意味。日本の「出る杭は打たれる」とは対極の考え方と言えるかもしれません。

しかし、自らがCEOであり、著述家、脚本家でもあるマーガレット・へファーナンはその著書の中で、そんな欧米でも、企業の管理職の85%が「上司に問題提起をしたり、懸念を伝えることができない」というデータを紹介しています(※1)。彼女の著書を読んでいると「見て見ぬふり」は人間にとって本能的なものであり、生理学的に不可避なのではないかとすら思えてきますが、同時に、私たち人間は、「見て見ぬふり」がやがて害をもたらすことも本能的に知っています。

自分が本当だと信じることを、真理として自発的に語る

忖度や迎合とは逆の概念に「パレーシア」という概念があります。古代ギリシャ時代の修辞学に由来する言葉で、「真理を語ること」とされます。現代哲学者のミシェル・フーコーが晩年その概念に注目したことでも知られます。

パレーシアでは、話し手は自分の自由を行使し、説得よりも率直さを選び、偽りや沈黙よりも真理を選びます。そして、生命や安全性よりもリスクを、おべっかよりも批判を選び、自分の利益や無関心ではなく、道徳的な義務を選びます(※2)。

ここで注目したいのは、パレーシアを行使する際には、相手との絆が危うくなることが「必要」であるとされている点です。「危うくなるかもしれない」ではなく、「危うくなってこそ」パレーシアだ、というのです。

ソクラテスもプラトンも、地動説を唱えたコペルニクスも、命を危うくしてもなお、真実を語るパレーシアを実践しました。

私なりに解釈すると、パレーシアとは、自分が本当だと信じることを、真理として自発的に語ること。同時にその語りによって相手との絆が崩れるというリスクを敢えて冒し、結果として起こることをすべて引き受けることと言えるのではないでしょうか。

「パレーシア」を実践する

「パレーシアの実践」という観点で思い出すのは、エグゼクティブ・コーチングのクライアントMさんから聞いた話です。Mさんの上司であるAさんは、まさにパレーシアを実践している人として、強く印象に残っています。Aさんは、当時沈みつつあると言われていた会社の再建を株主から要請された、いわば外様社長。Mさんはその直属の部下でした。

Mさんは、新社長であるAさんが打ち出した大改革案に当初は非常にネガティブでした。Mさんにも、その会社をここまで発展させてきた自負があります。Aさんの就任当初、MさんはむしろAさんにとっての抵抗勢力といっていい存在でした。

しかしやがてMさんは、Aさんとともに大改革を実行していく腹心の部下となります。そのきっかけとなったのは、社長就任後のAさんと組合との、何時間にもわたる緊迫感のあるやりとりでした。Aさんと組合との真剣勝負は、海外も含めると1年間で20回を上回ったそうです。そのやりとりをそばで見ているうちに、MさんのAさんに対する見方が大きく変化し、それが二人の関係性の変化につながりました。

Mさんが受け取ったメッセージ

Mさんは、Aさんと組合とのやりとりから受け取ったメッセージが2つあると言います。

一つは、Aさんが「批判を受ける立場」に立つと決めていたことです。

「Aさんは、改革案を打ち出すことで、これまで私たちがやってきたことを批判する立場を取りました。これによって、私も含めて多くの社員からものすごい批判を受けることになりました。でも、Aさんは批判から逃げるのではなく、それを真正面から受け止めていきました」

そして、もう一つは、単に「批判し、批判される」という立場ではなく、「ともに考える」というあり方を貫いていたことだと言います。

「Aさんは、単に現状を批判するのではなく、自ら内側の一人として現状について役員含め社員に問い、私たちとともに考えていくことを決めていました。Aさんが、自らも現状を創り出している一員であるとの立場に立っていることに気づいたときに、Aさんに対する見方が大きく変わりました。Aさんは、もしかしたら、長年わが社にいた私以上に、現状についての責任を感じていた。Aさんは、ほかの社員たちにもそう感じさせていたと思います」

どんな生き方、あり方を選ぶか

何かを変えるということは、それがどういうものであれ、現状を否定することにつながります。また、自らが真理と考えるものに向かうためには、現状を否定しなければならない場面もあるでしょう。しかし、現状を否定すれば、当然、否定された相手から排斥され、批判を受ける立場に立ちます。その批判に対して闘うのでもなく、逃げるのでもなく、引き受け、自らも現状を創っている一員として、中に入って問うていく、そして対話していく。

組織のトップであれ、部下の立場であれ、所属する組織にもし何らかの変革が必要であれば、Aさんのあり方から学ぶものは大きいのではないでしょうか。

「パレーシアを実践する」、つまり「リスクを冒しても真理を伝える」ことは、スキルなどではなく、シンプルに、生き方であり、あり方なだけだ、ということです。

私たちは、どの立場であったとしても、生き方、あり方は、自分で選ぶことができます。

あなたは、リーダーとして、どんなあり方を選びますか。

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【参考資料】

※1 マーガレット ヘファーナン (著)、 仁木 めぐみ(翻訳)『見て見ぬふりをする社会』 河出書房新社、2011年

※2 伊藤博之,筈井俊輔,平澤哲,山田仁一郎,横山恵子,『パレーシアステースとしての企業家:小倉昌男にみる企業家的真理ゲーム』,2021-03,日本ベンチャー学会誌,37:11-24.
渡邊, 陽祐,『対話を通して現れるもう一人のわたし:フーコーの「パレーシア」を手掛かりに』,2017,臨床哲学のメチエ. 22 P.211-P.269.

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