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不確かさを乗り越える対話のレシピ

不確かさを乗り越える対話のレシピ
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誰かをコーチするとき、相手が話す現実は、多くの場合、今、目の前で起きていることではなく、過去に起きた出来事や体験の解釈、或いは、未来の期待や想定であることが多いものです。

「彼のエンゲージメントが気になっている。先日の会議でも、やる気が感じられなかった」

これは事実と言うより、過去の出来事への解釈です。

「部下の話を聞くことの大切さが理解できた。次は、否定せずにゆっくり聞いてみようと思う」

未来が期待できる前向きな発言はコーチを安心させますが、次に話す時には、本人が忘れていることもあります。

過去の出来事への解釈、未来への期待や想定。こうした不確かな解釈や想定を前提に私たちはコーチをしています。しかし、不確かな情報に基づくコーチングは、不確かな結果につながる可能性もあるのではないでしょうか。より確実なコーチングの成果に向けて、私たちコーチには何ができるのでしょうか。

今、何を感じているのか?

事業転換に直面していたA氏。彼女には、頼りにしている部下B氏がいます。A氏は、B氏に新領域への挑戦を期待していました。

ただ、A氏からB氏に「新たにこうしよう」と伝えると、B氏からは淡々とした「わかりました」との返答が来るだけ。

「彼からはコミットメントが感じられない」

B氏との出来事について語るA氏からは、苛立ちを必死に抑える苦しさ、手に負えぬ状況への不安が伝わってきました

「話しながら、今、何を感じているのですか?」

私は確かめるように、静かに尋ねました。

A氏はB氏について、現在担当している仕事に対する拘りが強すぎること、彼の才能がもったいない、と思うこと、環境の変化に躊躇せず、新しいことに挑戦してほしいことなどを話した後、自分の接し方にも落ち度があるのではないかと不安に思うと口にしました。また、B氏に接していて「いったい、あなたはどうしたいの?」と思うとも。

A氏は、感情を抑えつつ、一つひとつの言葉を置くように話しました。それらが一つひとつ自分の中に入ってくる過程で、私はあることを感じていました。ある一つの言葉だけが、なぜか異なる質量感をもって感じられたのです。

「結局は、あなたはどうしたいの?」

この言葉に他の言葉と比して重さがあるように感じられ、ハイライトされたような残像が胸の奥に残る、そんな不思議な感覚を覚えました。

「今、この瞬間」を共有する

この感覚の意味はわかりませんでしたが、それは確かにコーチとしての私が「今この瞬間」に、感じていることでした。それをA氏に伝えることに意味があるのか自信はありませんでしたが「はっきり感じている」という事実を、勇気をもって伝えてみることにしました。

すると、A氏は私の目をじっと見つめながら、私の言葉に耳を傾けていました。その後、数秒間沈黙し、大きく目を見開くと、ゆっくりと語り始めました。

「『あなたはどうしたいのか?』は、Bさんに対する問いかけでした。でも本当は、自分自身に対して思っていることなんだと、今、気づきました」

「彼が変化に躊躇しているかどうか、それは本当のところ分かりません。実は、私が躊躇しているんです。それは確かに、今、思いました」

落ち着いた様子で、はっきりと語られる彼女の言葉は、私にとって「今、その瞬間」、とても確かなものだと感じられました。

A氏は続けて、彼女の「今、この瞬間」を共有してくれました。

「何だか体が少し軽くなりました。久しぶりに深呼吸ができた感じです」

「確実なもの」を対話に持ち込むために

コーチングに関する文献に「人は、自分の心の内側で起こっている何らかの違和感を、他者に投影してしまうことがあるようだ」という記述があります(※1)。また、ピーター・センゲ等による論文には、次のように書かれています。

「何らかの介入の成否は、介入する者自身の内側の状態に影響される」(※2)

つまり、A氏自身の心の状態が、B氏との関わりに影響を与えた可能性もあるのかもしれません。

私たちは、これまでもB氏に関して対話を重ねてきました。それはいつも、A氏のB氏に対する解釈や想定を前提としていました。しかし今回初めて、お互いが「今、この瞬間」に「体験」している感覚を捉え、それを率直に共有し合いました。

とても短い時間の出来事でしたが、そこには確かな真実がありました。互いに率直に語る勇気が必要でしたが、それぞれが体験している確かな感覚の共有は、相互の率直さの次元を引き上げたようにも感じました。

このときのやりとりは、A氏にとって「躊躇」をB氏のものではなく、自身のものとして再発見する機会となりました。B氏に向けていた「あなたはどうしたいのか?」という問いは、「本当は自分はどうしたいのか?」という問いに変化しました。その問いは、人に問うものではなく、自らのものになったのです。

「今、この瞬間」の確かな感覚を対話に持ち込んでみる。

ぜひ、一度、試してみてはいかがでしょうか?

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【参考資料】

※1 Bachkirova et al., “Coaching and Mentoring Supervision”, 2012, p124
※2 Senge et al., “PRESENCE Human Purpose and the Field of the Future”, 2004, p180
(※1、2ともに本文中の日本語訳は筆者によるものです。)
ICF Core Competency, October 2019, International Coaching Federation

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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