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コーチングがもたらす「旅」

コーチングがもたらす「旅」
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Language: English

この1年半以上、コロナ禍は、世界中の人々から移動の自由を奪いました。2019年まで増加傾向が続いていた来日観光客の姿は日本中から消え、私たち自身も、旅行はもちろん、日常生活における移動まで制限される日々が続きました。移動の自由がないことで、私たちは何を失ったのでしょうか。

移動と創造性の関係

36歳で没したモーツァルトは、その人生の3分の1を「旅」に費やしていたといわれます。彼は父親からザルツブルクに留まるように要請されたとき、「自分の音楽的才能は、旅に出て様々な新しい音楽に触れることによってこそ花ひらくのに、ザルツブルクに閉じ込められていたら、このまましおれてしまう」と嘆いたと言います。(※1)

早稲田大学大学院教授の入山章栄氏は「創造性は人生における累積の移動距離に相関する」と述べており、『イノベーションのDNA』を執筆したクレイトン・クリステンセンらの研究でも 「イノベータの多くは、新しい環境や新しい国や企業を訪問している」と指摘しています。(※2)

どうやら「旅」と「創造性」には、強い関係がありそうです。

「初期設定」をクリアにする

なぜ「旅」は、人の「創造性」を喚起するのでしょうか?

心理学に「概念的距離」という考え方があります。たとえば、一つのことをずっと考えていると、その考えと心理的な距離が近くなります。このように、物理的な距離ではなく、概念との距離感を指す言葉です。この「概念的距離」に関して、『多様性の科学』を著したマシュー・サイドは次のように言います。「我々は、一つの問題に取り組むと、どんどんとその細部に取り込まれていってしまう。そして、そのうちそこにいることが楽になり、無意識の枠組みの囚人となる」と言います。(※3) 

たしかに、私たちには、知らず知らずの間に「初期設定」が組み込まれています。日常的に触れる人やもの、それらとの概念的距離は近くなり、自分なりのものの捉え方、考え方が構築されます。

そんな中「移動」によって対象から「概念的距離」をとることができると、初めてその影響に気づくことができるようになります。「旅」は、そうした無意識の「初期設定」をクリアにし、「思考の自由」をもたらしてくれます。また「旅」は、新しい芸術や文化に触れたり、多様な人と関わる機会も同時にもたらします。初期設定をクリアする方法は、もちろん「旅」だけではありませんが、旅による移動が私たちに与えている影響は思いのほか大きいのです。

先に紹介した『多様性の科学』において、マシュー・サイドは、イギリス人起業家のキャサリン・ワイズの次の言葉を紹介しています。

「問題の本質を見抜くには、当事者に当たり前となっている物事を第三者的の視点で見つめなおさなければならない。新たな視点にたって取り組めば、チャンスや可能性が明確にみえてくる」(※3)

「旅」と「コーチング」

私たちは、長引くコロナ禍で、移動の自由を失いました。そのことは、私たち自身が意識しているよりも、はるかに大きな影響を私たちに与えているかもしれません。知らぬ間に無意識の枠組みが強化され、新たな視点を持つことが難しくなっている可能性があります。そしてその結果、「創造性」を失っているのかもしれません。

先に述べた通り、「旅」だけが、思考の自由をもらたらすわけではありません。しかし「移動」の制限によって、思考の自由をもらたしてくれる多くの機会が同時に失われているのも確かです。そんな中、私は、もしかしたら「コーチング」は、「旅」の体験の一部を補う役割を果たすことができるのではないかと思うのです。

実際、私自身、クライアントと対話するプロセスの中で、一緒に新しい視点を模索する探検の旅に出るような感覚を覚えることがよくあります。それは、コーチの私だけでなく、クライアントからも「今日はいろんなところに、冒険しにいったような感覚です」という感想からもうかがえます。

コーチとクライアントは「対話」を通じて相手と向き合います。「対話」とは、「違い」を前提に向き合うコミュニケーションです。「対話」は、各自がそれぞれの人生で培ってきた経験や解釈、価値観をもとに情報交換し、「お互いの違い」を顕在化させ、新しい「意味」「理解」「知識」をつくり出すコミュケーションです。(※4)

「対話」を通して、お互いの「考え」や「違い」を認識することで、無意識的だった自分の固定概念や前提に気づくことができます。そして、知らず知らずのうちに、固定概念や前提の虜になっていた自分に気づくことで、「思考の自由」を取り戻し、新しい概念や考え方を選択することができるようになります。

そのプロセスは、「旅」に出ることで、無意識に組み込まれた自分の「初期設定」に気づき、第三者的視点を獲得する体験と似ています。その結果が「創造性」を高める契機になるのではないでしょうか(※3、※4)

先の早稲田大学の入山章栄氏の言を真似て、「創造性は人生における累積の対話の量に相関する」と言ってもよいかもしれません。

もちろんコーチングは「旅」がもたらす喜びや効用に代わるものではありません。それでも「コーチング」には、「旅」と同様に、心の自由をもたらし、新たな視点を与えてくれる。そんな価値があると思うのです。

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【参考資料】
※1 山口周、『自由になるための技術 リベラルアーツ』、講談社、2021年
※2 クレイトン・クリステンセン/ジェフリー・ダイアー/ハル・グレガーセン(著)、櫻井祐子(訳)、『イノベーションのDNA』、翔泳社、2012年
※3 マシュー・サイド、『多様性の科学』 、ディスカヴァ―・トゥエンティワン、2021年
※4 市毛智雄、「『旅』と『コーチング』」日本コーチ協会メールマガジン、Vol.229、2021.7.20号

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