Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
見つからない正解
コピーしました コピーに失敗しましたLanguage: English
さっそくですが問題です。
優れた経営者とはどんな人ですか?
会社経営の成功とは何ですか?
さて、正解は何でしょうか。
これらの問いに、絶対的な答えがあったら、どんなにすっきりするでしょう。「これさえやれば、あなたも立派な経営者になれる!」「会社経営の成功の法則100」こんなビジネス書があったら、思わず手に取ってしまいそうです。
エグゼクティブ・コーチングを通じて多くの経営者とお話する中で、こんなことを「教えてほしい」と言われることがあります。
- 経営者として何をすればいいのか?
- 社長のあるべき姿とは何か?
- 社長として自分に足りないところは何か?
そのたびに、答えをもたない自分自身に無力感を感じるとともに、「どこかに正解はあるのだろうか」という探求心も湧いてきます。
「なんで教えてくれないの?」
「一日も早く一人前の経営者になりたい。自分は、新規事業を立ち上げて軌道に乗せるとか、若手の育成とか、海外子会社の統廃合とか、いろいろやりたいことは明確だけど、経営者としては圧倒的に何かが足りないと思っている。だけど、何が足りないのかがわからない。水野さん、いろんな経営者を見てるでしょう。他の経営者と比較すると自分には何が足りないのか教えてもらえますか?」
あるクライアントが社長に就任して間もない頃、コーチングの中で苦しそうにおっしゃった言葉です。私から見たらすでに立派な経営者にしか見えない優秀な方です。それでも「自分自身のあるべき姿」をこれほどまで真剣に模索しているのだと感銘を受けると同時に、もがいていることをこの場でさらけ出せることに、彼の人としての強さを感じました。
一方で、「一日でも早く」経営者としての正解を手に入れたくて、必要以上に一人で焦っているようにも見えました。彼にとってそもそも経営するとは何を意味しているのだろうか。何を実現したくて焦っているのだろうか。少し立ち止まって、もっと自由に話してもらいたいと思いました。そこで、
「どういう会社にしたいのですか?」
と問いかけると、彼の視線が斜め上を見たまま止まりました。しばらく考えた後、
「さっきも話したように、新規事業の立ち上げとか、次世代の育成とか、子会社の統廃合とか、やることがたくさんあるんですよね」
と淡々と仰いました。
「それが実現すると会社にはどんな変化が起きますか。そこにはどんな人たちが働いているでしょう?」
私がさらに続けて問いを投げると、彼の表情からイラっとした様子が見て取れました。
「そんなのイメージできないし、今考えたからって何になるんですか。経営者として今何をすべきかについて気づきがほしいのに」
そのときは結局、一層淡々とセッションが進んで終ってしまいました。
「なんで教えてくれないの?」
彼は最後にそう言いたかったのだと思います。
試行錯誤しながら学ぶために必要なことがある
AI(人工知能)の学習方法の一つに、強化学習があります。AI自身が試行錯誤によって学習するのが強化学習です。
Googleの子会社である Google DeepMind社が開発した人工知能「AlphaGO」が、数々の囲碁の名人に勝利を収め、世界中に衝撃をもたらしたことも記憶に新しいのではないでしょうか。「AlphaGo」のAIには強化学習が活用されています。
囲碁などのゲームは、場面や相手の出方によって状況が変化するため、明確な正解・不正解がありません。なので、まずはAIは自ら行動を起こし、その行動の結果から次の行動を改善して学習します。行動の良し悪しは、目標に近づけたかどうかです。近づけば加点、遠ざかれば減点される仕組みです。それによって、高い点数が取れるようにAIの行動が最適化されていくわけです。
「自ら行動を起こし、試行錯誤を繰り返す」というアプローチは「何をすべきか」を模索し、実行しながら軌道修正していく「経営者」の姿と似ています。つまり、経営者も学習し続ける存在だということです。
しかし、この強化学習が機能するためには、大事な点が二つあります。一つは「目的がはっきりしていること」、もう一つは「どんな結果が望ましいかがはっきりしていること」です。
本来経営者は、この二つを明確にもっているはずです。自分の会社をこうしたい、こういう経営を目指したい。心が躍るような願望があるはずです。しかし、今うまくいっているかどうかという不安にさいなまれて、その大事なことを忘れてしまいがちなのではないでしょうか。そして、他人や過去の経験から、いち早く正解をみつけて安心したいのかもしれません。しかし、経営のベストプラクティスはあったとしても、それが100%自分に当てはまるわけではありません。常に正解だといえるものは一つもないのです。
答えは探し続けるもの
私たちコーチは、
- 何のためにこの事業をしているのですか?
- 10年後にどうなっていたいですか?
- あなたは自分をどう変えたいですか?
など、目的や未来の姿についてクライアントに問い続けます。一人のクライアントに対して、何度も繰り返し聞くので、「この前話したよね、また聞くの?」と微妙な反応をされることもあります。
しかし、このことを考え続ける時間は、日々、目の前の重大なことに追われている経営者だからこそ、必要なのかもしれません。
目的や描く姿に向けて、試行錯誤しながら前進する。非常に面倒で、脳が疲弊する、できれば逃げ出したい、「見つからない正解を探し続ける」という終わりのない行為。これこそが、経営者に求められる資質なのではないでしょうか。
優れた経営者とはどんな人ですか?
会社経営の成功とは何ですか?
今ここに正解がなくても、一緒に探し続けること。エグゼクティブコーチの役割もまたここにあるのではないかと私は信じています。
この記事を周りの方へシェアしませんか?
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。
Language: English