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「一緒に考える能力」とは
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エグゼクティブ・コーチングの過程で、360度フィードバックを扱うことがあります。定型のアンケートではなく、一人ひとりのクライアントがオリジナルのアンケートを自身で作成します。
コロナ禍が始まった3年ほど前、某機械メーカーの開発部門トップであるAさんは、自分自身のリーダーシップをバージョンアップさせたいと、周囲からフィードバックを集めることにしました。Aさん自身が、今後どんな成長をしていく必要があるか、そのヒントを手に入れることが目的です。
その中に、こんな問いがありました。
「今後、当社に必要な変革を進めるにあたり、私(Aさん)にはどんな変化が必要だと思いますか?」
すると、回答にはこんな言葉が並びました。
「特にありません」
「今のままでいいです」
全体の約3割が、そう回答したのです。
その後のセッションに、Aさんはちょっと浮かない表情で現れました。
「これは、困りましたね」
思考停止状態
Aさんの組織のメンバーは、決してモチベーションが低いわけではありません。むしろ、まじめで一途で、一生懸命。しかし、Aさんは言います。
「何もない、今のままでいいというのは、一見悪くないようにも聞こえますが、私には、自分たちで変化を起こしていこうという気持ちが弱いのかもしれないという危惧が生まれました。どんなに熱心に動いていても、ただ指示に従ってTo Doをこなすという状態は、僕が目指している組織ではありません」
Aさん曰く、「特にありません」の意味するところは、
- 特に反論はありません
- 特に関心がありません
- 特に考えていません
- 言いたくありません
の4つのいずれかだろうと。そして、Aさんは続けました。
「僕には、彼らは考えることをやめているように感じました。思考停止です。このままだと2030年くらいまでは持ちますが、その先がありません」
Aさんは、グループ子会社から破竹の勢いで出世した若き役員です。部下には10歳以上年上の方々も数多くいます。それゆえ存在感は圧倒的で、部下もAさんの考えに従っていれば、なんとなくうまく行くことを知っています。
しかし、「こんな状態で、当社は未来を切り開いていけるのだろうか」。それがこのアンケート結果を見て、Aさんが抱いた不安でした。
「僕はみなから衆知を集めたい」
「特にありません」禁止令
どうすれば、この状態から脱却することができるか。アイディアマンのAさんは、面白いことを思いつきました。
それは、社員に対して、先のようなアンケートや社内SNSでの発信への返答、さらには会議においても、「『特にありません』はナシにしてください」というリクエストです。
面白いのはここからです。Aさんは、もし「特にありません」と言いたいときには、代わりに「最高です!」と答えてほしいと伝えました。「特にありません」という表現には、積極的な賛同はありません。もし賛同しているのであれば「最高です!」と表現してほしいと。
Aさんの狙いは、「賛成でも反対でもいい、はたまた突拍子もない意見でもいい、とにかく意見を持って言ってほしい」ということです。さらには、「それを俎上に載せて一緒に考えようよ」という呼びかけでもありました。
このリクエストが浸透していくと、徐々に意見を述べる人たちが増えていきました。強い意見があるわけではないけれども、「最高です!」と言うには抵抗がある。そういう人たちが、だんだんと自分の意見を表明するようになっていったのです。
Aさんは「みんなで一緒に考えたい」と言います。
一緒に考える
ウィリアム・アイザックは、『オーガニゼーショナル・ダイナミクス』に投稿した論文の中で、次のように述べています。
「リーダーシップの階層がどのレベルであれ、現代のグローバル企業が直面している課題を考えれば、『1人で考える(thinking alone)』ことが、もはや適切ではないことは明らかだ。(中略)あらゆるところで、人間は『一緒に考える(thinking together)』能力を開発することを求めている」(※翻訳は執筆者による)
「一緒に考える」には、どんな能力が必要なのでしょうか?
自分の考えを相手に一方的に伝えるだけでは、当然「一緒に考える」とは言いません。では、相手の意見を求めればいいのか? それだけでも「一緒に考える」とは言えないでしょう。また、話をすることで、自分の頭が整理されたり、考えが順序立ったとしても、「一緒に考えた」とは言いません。
「一緒に考える」とは、実現したいことや目的に向けて、そこに新しい理解や意味、解釈が生まれることです。誰かの意見に賛同することでも、相手をねじ伏せて、自分の意見を押し通すことでもありません。そこに参加するすべての人の想定や期待を超えたものが生まれる場をつくる。それが「一緒に考える」ということなのだと思います。
それを実現するためには、お互いの「違い」を顕在化させつつ、そこに新しい理解や意味、解釈を創り上げていくプロセスが必要です。
そう口で言うのは簡単ですが、両者の違いが顕在したときに、違いにオープンであり続け、それによって自分の前提が揺らされることを許容するのは、そう簡単なことではありません。相手が明示した違いを攻撃したり、自分の前提を擁護するような論陣を張ったりしては、到底「一緒に考える」ことはできません。
Aさんは、きっぱりと言い切ります。
「僕は社員を信じています。なんかいいアイディアを持っているって」
Aさんは、先のリクエストを通じて、社員一人ひとりに「自分には、意見を述べる価値がある」と導いています。私はそれこそが、「一緒に考える」ために必要なステップであり、「一緒に考える」ために必要な能力ではないかと感じました。
Aさんのやり方は、トップダウンです。しかし、手法は上からかもしれせんが、意見はボトムからです。
私たちは普段、部下に「あなたの意見が聞きたい、あなたには、意見を言う価値がある」とどれくらい伝えられているでしょうか。
上下関係なく、一緒に考え、叡智を結集することができたなら、どれだけのパワーとなるか。想像しただけで、ワクワクしませんか?
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【参考文献】
William N. Isaacs, "Taking flight: Dialogue, collective thinking, and organizational learning",
Autumn 1993, Organizational Dynamics, Volume 22, Issue 2, Pages 24-39
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