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衰えを感じ始めたときの処方箋 - 次のキャリアの長旅に備える
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もの覚えが悪くなった、名前が思い出せなくなった...。
年齢を重ねる中で、パフォーマンスの落ち込みを感じることはないでしょうか? 50歳近くなった私も、ちょっとしたことにその兆候を感じます。
覚えが早く、重要なことに専念し、解決策を見出す力が周囲よりも優れ、秀でたパフォーマンスを発揮する。
専門家が「流動性知能」と指摘するこの能力に優れた人たちは、若い頃から成果を上げ、会社の期待を満たし、地位を手にします。
しかし、私たちのパフォーマンスには、やはりピークがあるようです。物理学者は50歳、科学者は46歳、医学者は45歳を超えた途端、革新的な発見や発明が一気に減るといいます。作家は40歳から55歳でパフォーマンスが落ち込み始め、金融機関関係者は36歳から40歳でピークを迎えます。この傾向は、ナレッジワークに限らず熟練労働にもあてはまり、整備士や事務員もピーク年齢は35歳~44歳だそうです(※)。
これは、脳の組織の変化、特に、実行機能、集中力、中核スキルを高める中枢機能の変化が要因と考えられています。こうした生物学的な変化は、仕事上の役割、キャリアパス、組織や人間関係など人生のさまざまな局面で私たちに影響し、時に人生の狭間のような不安定な過渡期をもたらします。心理学の世界では、こうしたタイミングを「リミナリティ」と呼び、私たちは、およそ35歳~50歳の間にこうした時期を迎えます(※)。
このリミナリティへの向き合い方が、その後の我々の可能性を左右するのではないか。今回は、そのことを探求してみたいと思います。
リミナリティに向き合う
リミナリティ自体は生物学的な変化です。避けようがありません。だからこそ、どう向き合うかがポイントになります。
特にこれまでの仕事で評価され、社会的地位を手に入れてきた人の場合、自分のパフォーマンスが落ちていくという事実には受け入れがたいものがあるでしょう。なぜなら、これまで自分が会社に必要とされてきた理由が失われることを意味するからです。
成長力を維持することを目的に運営される「会社」というシステムは、これまでと同じパフォーマンスを発揮できなくなった人に対して、あっさりと退場を迫ることがあります。
だからこそ私たちは、それまで評価されたやり方でそのまま走り続けよう、粘ろうとします。しかしある研究は、そんな私たちに対して、警告じみたメッセージを投げかけます。
「仕事で権力と業績を追い求めてきた人は、そうでない人に比べ、引退後に不幸になる傾向がある」(※)
ある企業でアジア地域のCEOを目指していたAさんは、コーチングセッションで怒りと悲壮感をぶちまけました。
「なぜ、自分が選ばれなかったのか、納得がいかない。眠れないし、寝たとしても目覚めた瞬間、すぐにこのことが頭をよぎり、怒りが沸き起こる。会社はなぜ自分を見限るのか。これまでは何だったのか」
常に選ばれ続けてきた人が、突然「選ばない」と宣告される痛みは、想像に難くありません。
人生を設計し直す
Aさんと私は、Aさん自身がこれからどう会社や社会に貢献していくかをテーマに対話を重ねました。途中、Aさんには過去に戻りたいという欲求が何度も浮上したり、退職を真剣に検討したりもしました。しかし、最終的には、昇進・昇格とは別の方法で、会社・社会に役立つ道を目指すことを決めました。
「仕事で権力と業績を追い求める」ことに終止符を打ったAさんでしたが、それでも未練はありそうでした。しかし、これからは周囲の人たちのために力を使いたいとコーチングを本格的に学ぶことを決断されました。
実は、コーチを受けた後、自らコーチングを学び始める方は、珍しくありません。当初、私にはその理由がよくわかりませんでした。しかし最近、それは何か自然な流れのようにも感じ始めています。
30~40代で衰え始める流動性知能の代わりに、成人中期から後期を通じて上昇し続ける「結晶性知能」と呼ばれる能力が存在します。起こった事実や体験に意味と使い方を与える、即ち知恵を創るというこの能力は、文化的適応と学習によって獲得されます(※)。
コーチングを「クライアントとの対話の中で新たな意味を創るプロセス」と捉えれば、まさにこの結晶性知能を活かせる仕事といえそうです。結晶性知性を活かして人々に貢献する。コーチングを学び始める方たちの動機は、この辺りにあるのかもしれません。
リミナリティを乗り越えた先にあるもの
Aさんのように、これまでとは別の能力を軸に人生を設計しなおすことができれば、新たな可能性が開かれます。しかし、もっとも難しいのは、現実を受け入れられるかどうかです。
流動性知能の衰えを認め、パフォーマンスの落ち込みを受け入れて向き合い、仕事と成功への依存を諦め、周囲からの評価への執着を手放せるかどうか。
「自分に対するリスペクトが薄れ、別の人に関心が集まり始めている」
「静かに退場しなさい、と言われているようで、悲しさを感じる」
実際に幾人ものクライアントから、こうした声を聞いてきました。
しかし、リミナリティと向き合い、つらい時期を乗り越えた人たちから聞こえてくる声は、本当にしなやかで強いものです。
「当時は、のた打ち回る感じでした。先が見えず本当に怖かった。ただ、今思うと、自分の事しか考えていなかった。そばにいる後進たちがこんなにも貴重な存在だと気づきました」
「最近では人の気持ちがよくわかり、人の話がよく聞こえるようになった。感受性が豊かになったように感じます」
過渡期に挫折を経験しても、それを乗り越えることができれば、90%の確立でその過渡期はよい経験になるそうです(※)。
If you want to go fast - go alone! But if you want to go far - go together
早く行きたいなら、一人で行け。遠くまで行きたければ、みんなで行け。
これはアフリカの諺だそうです。人生終盤は、誰かと旅路をともにするのがよいのかもしれません。実際に私自身、自分のこの先について話すためにコーチをつけています。
* * *
歳を重ねた後の生き方について、キケロは次のように語りました(※)。
『奉仕に専念すべきこと
学習と思考から生み出す世界観(知恵)によって他者を豊かにすること
他者に助言、教育をすべきこと』
自分が必要とされてきた理由を手放す恐れに、しっかり向き合う。
「新しい知能=結晶性知能の開発」へと方向転換し、他者に貢献できる新しい自分を創り始める。
私たちにとって、リミナリティを自覚したときこそが再スタートのチャンスなのかもしれません。
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【参考資料】
アーサー・C・ブルックス(著)、木村千里(訳)『人生後半の戦略書』p.23、p.32、p.227、p.39、p.48、p.231、 SBクリエイティブ、2023年2月
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