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考えるのではなく、身をゆだねる
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この週末、上高地を訪れました。山々の麓で小さなテントに泊り、朝晩は寒さに震えながらも、太陽の光がもたらす恩恵を体中で感じてきました。川の流れは美しく、何に抗うわけでもなく、ただ流れていきます。山々は荘厳に、何かを主張するわけでもなくただそこにあります。
そんな環境の中に身を置くと、普段はせわしく動き回る思考が減速していくのを感じます。「過去」の様々な記憶からも、「未来」への期待や不安からも切り離され、目の前にあるものをただ受け入れ、そしてそれに身をゆだねる自分がいるのを感じました。
考えすぎる現代人
自然の中に身を置き思考が減速して初めて、私たち現代人は考えてばかりいることに気づくのかもしれません。
カミーノ・デ・サンティアゴへの聖地巡礼の旅を描いた映画『星の旅人たち(The Way)』の中で、亡くなった息子が父に言ったセリフが思い出されます。(※1)
「人は人生を選べない。生きるだけだ」
よい人生とは何か、よい選択とは何か、目的は何か、いかに危険を回避するのか、いかに認められるのか。私たちは、日々考え続けます。
多くの人は、自分がしたいことよりも、自分の行為の結果に対する評価を意識して生きています。だからこそ、よい評価のために、自分自身を改善し続けなければなりません。ただ生きる、そんなことをするゆとりはどこにもないような気がします。
私は前回のコラムで、吉田松陰や陽明学を引き合いに出し、「心」と「頭」と「体」を一致させることを探求しました。「頭」が思考だとすると、「心」とは何でしょうか。考えることを手放したとして、私たちの中に立ち現れてくるものとは何なのでしょうか。思考の反対側にあるものとは、いったい何なのでしょうか。
自分の中にいる4人の自分
以前、脳卒中で左脳の機能を失い、それを回復させた経験をもつ脳科学者、ジル・ボルト・テイラー氏の著書を題材に、思考によって支配する左脳的な自分と、自由で創造的な右脳的な自分についてコラムを書いたことがあります。その彼女は最新刊『Whole Brain』で、左脳と右脳の話をさらに発展させ、考える左脳、感じる左脳、感じる右脳、考える右脳と4つに分類しています。彼女は、時と場合に応じて、この4つのどれかが自分の中で主導権をもって自分をコントロールしているといいます。彼女は本の中でこの4つを「キャラづけ」し、以下のように説明します。(※2)
考える左脳(キャラ1)
物事をロジカルに順序だてて考える機能を司る。何が正しくて、何がよいのか、それを正しく判断して安全に導こうとする。目的意識をもって意図的に物事を進める。
感じる左脳(キャラ2)
自分に迫る危険を察知し、過去の記憶と照合してアラームを鳴らす機能を司る。受け取った情報を脅威とみなすと、戦うか、逃げるか、すくむかの自動反応を起こす。恐怖や不安という形で多くを語り掛け、自分を守るために最も注意すべきことに意識を集中させる。
感じる右脳(キャラ3)
今この瞬間に意識を向け、全体を俯瞰して把握する機能を司る。楽しさや喜びを求め、魅力的でアドレナリンが出そうなものに近づこうとする。人とつながり、共感することができ、喜びや感謝、そして畏敬の念をもつ。
考える右脳(キャラ4)
アクセスが難しい存在。このキャラクターが立ち現れるためには、他の3つが静まっている必要がある。すべてのものをあるがままに受け止め、そこに意識を開く。
ただ飛び込んでいく
大手コンサルティング会社で活躍し、多忙を極めるクライアントが、10年ぶりにとった長期休暇で、スイス、マッターホルン麓のツェルマットを訪ねました。
「あの街の風景を見た瞬間、自分の魂がここにあると思いました。あの壮大な風景を目の前にしたとき、自分は考え過ぎ、抱え込み過ぎていると思いました。深刻なこともいろいろあるし、思い通りにならないこともあるけど、総じて笑える話だと思えるようになっている自分がいました」
そんな彼に、私が4つの脳のキャラクターの話をシェアすると、彼はこんな風に自分の状態について話してくれました。
「普段は、四六時中キャラ1が支配し、ときにキャラ2が発動します。今回、長期で休むことに不安もあったけど、今回の旅行中は一切仕事をしないと決めて行きました。キャラ3が導くまま旅立ち、その間にいつも騒がしいキャラ2と、いつも忙しいキャラ1が静まり返って、あの風景を見てキャラ4が現れたのでしょうね」
それまでの彼は、目標を達成するために何を改善すればよいのか、そんな話をよくしていましたが、旅から帰ってきた彼の様子は違いました。自分がしなければならないことははっきりしている、ただそこに飛び込んでいくだけ、そんな姿勢がありました。
思考の向こう側にあるもの
私たちが「思考」というとき、それは一般的に、「考える左脳(キャラ1)」が優位に働いているときのことを指しているといえそうです。外からの情報を「感じる左脳(キャラ2)」が受け取り、それに応じてキャラ1が主導権を握り、物事をロジカルにそして順序だてて処理する。日々起きているのは、そんなことかもしれません。
しかし、多くのクライアント、つまりリーダーたちが本当に覚悟を決めるとき、それは決して思考の結果ではないように思えます。コントロールを試みるのではなく、相手を、チームを、自分を信頼して、そこに自分の身をゆだねる。そんなことが起きているような気がします。それは、存在していること自体を奇跡と捉え、変化し続けることが当たり前と捉える「考える右脳」の声が聞こえた時に起こることなのかもしれません。
私たちの中にいる4つのキャラクターに気づき、彼らのことを「止まってみる」ことは、日々の仕事に違う視点をもたらしてくれそうです。私たちは変化していくことを求められています。それは未知なる領域に足を踏み入れていくことを意味し、多くのクライアントはそのための自分の軸が欲しいと言われます。もしかしたら、思考を越え、頭と心と体が一致した状態を創り出すヒントは、そんなところにあるのかもしれません。
みなさんは、どんな時に自分の中に「考える右脳(キャラ4)」が立ち現れてくるでしょうか?
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【参考資料】
※1 『星の旅人たち』2010年のアメリカ=スペイン合作のドラマ映画
※2 ジル・ボルト・テイラー (著)、竹内薫(訳)『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』NHK出版、2022年
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