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選択の魔法

選択の魔法
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エグゼクティブ・コーチングでは、経営者の仕事の中でも重要な意思決定のための「選択」がテーマになることがよくあります。あるクライアントとも「いかに選択の能力を上げるか」というテーマで対話をしてきました。

ある日のセッションで彼が言いました。

「私は仕事の中で常に選択に迫られています。その中でいかによい選択をするかというプレッシャーに常にさらされてきました。セッションでも、選択の質を上げるための能力について話してきましたし、さまざまなことを試してきました。それでもいつも後悔があって、つい『たられば』を考え続けてしまうこともあったのです。それが最近は『選択そのものは、正直どっちでもいい』という心境になってきました」

彼の言葉からは、「選択」に対する解釈に変化があったことが感じられ、とても興味を惹かれました。

「選択」において重要なこと

彼は、現在代表を務める企業の創業家の出身です。彼の前には、優秀な社長である祖父や父がいました。とくに先代の頃の会社は、時代の波に乗ったこともあって大きく成長しました。

先代から会社を引き継ぐと、彼は「もっと会社を成長させるぞ」と意気込みました。ただ「会社を成長させたい」という想いの裏には、「偉大な先代たちを越えたい」という自らのエゴも潜んでいました。そしていつしか彼のエゴは、会社経営における「選択」に表出するようになっていきます。つまり「先々代、先代と同じことをしない」ことが、自分の存在価値を証明する手段になっていったのです。いつのまにか「会社のための選択」ではなく「自分のための選択」にすり替わっていたといえるかもしれません。

そんな中で彼は、幾度となく「選択の誤り」を突きつけられるような体験をしました。

賢明な彼は、選択に対する自らのエゴの影響を自覚していました。そこで、そこから抜け出し、よりよい選択ができるようにならなければいけないと、もがいていたわけです。

しかしその日、彼は言いました。

「そもそも選択肢に残るということは、どちらにもメリットもあればデメリットもあるということです。要は、どちらも悪くない可能性がある。とすると、誤った選択というものが存在するのだろうか、という問いが浮かんできます。

そこで、大事なのは『何を選択するか』ではなく『選択の後』なのではないか、と考えるようになったんです。

選択の理由がエゴではいけないと思ってきましたが、実はそれすらも問題ではない。それより重要なのは、自ら選択し決断したことに対して、結果を出すことです。

どんな判断をしたにせよ、結果を出さなければ意味がありませんからね。結局自分は『選択の質』ではなく『選択の後』がダメだったんです。そう思うようになったからなのか、最近は選択そのものへのプレッシャーはいくばくか弱まっているような、そんな気がします」

「選択」とは何か

目の前に選択肢がいくつかあるとき、よりよい選択をしたいと考えるのは当たり前のことです。どんな人も、間違った選択をしたくないと思っているものです。だからこそ、選択を目の前にしたときに慎重になります。ましてや経営者であれば、その決断が何千人、何万人の人生に影響を与えるわけですから、よりよい選択に対するプレッシャーも自然と大きくなります。

そのプレッシャーはストレスになると考えられますが、コロンビア大学ビジネススクールのシーナ・アイエンガー教授は、その著書『選択の科学』の中で、興味深い研究結果を紹介しています(※1)。それは、階層の高い人のほうが、階層の低い人よりも健康リスクが低いという事実です。これはつまり、自分で選択できる度合いが大きいほど健康である、ということを著しているといいます。別の例として、動物園の動物の寿命は野生の動物よりはるかに短いことが挙げられます。

彼女はいいます。

「わたしたちが『選択』と呼んでいるものは、自分自身や、自分の置かれた環境を、自分の力で変える能力のことだ」

ここで、近代心理学の巨頭でホロコーストの生還者であるヴィクトール・エミール・フランクルを思い出します(※2)。彼はホロコーストという最も悲惨な経験においてさえ、すべての状況下で意味を発見できると主張しました。たとえそれが極めて限られた範囲だとしても、「自らが選択している」という意識は、その先の行動の最も大きな力になるのだと思います。

そして、この「自らが選択している」という意識の話の中に、彼の言う「選択のその後」に向けたヒントが見えてきました。

「選ぶ」ことは誰にでもできる

選択した後、どう結果を出すのか。

「結果が大事だ」と言っても、経営者の選択の結果は、決して経営者が一人で創り出すものではありません。組織全体で創り出すものです。だからといって、経営者の選択をいくらトップダウンで伝えても、結果につながるとは限りません。

それを考えたときに、見えてくる一つの法則があります。それは「人は強制されても行動しない」ということです。たとえ行動したとしても、それがやらされ感によるものであれば、士気は上がらず、結果にはつながりにくいでしょう。

それでは、トップダウンで伝えるほかに、経営者には何ができるのでしょうか。

組織全体が、一つの決断に基づいて行動できるようになるためには、その決断を「自らも選択した」という実感が重要です。決断そのものを下したのは、自分自身ではないかもしれません。しかし、その決断を受け入れるかどうかの判断は、社員一人ひとりに委ねられています。

経営者の選択の後、結果を生み出す行動の本質は、社員一人ひとりの選択の中にある。

決断をトップダウンで強制するのではなく、社員一人ひとりに「選択権がある」という実感と意味づけをもってもらうにはどうしたらいいのか。それが私たちのコーチングのテーマになっていきました。

人間は一日に最大3万5千回選択をしていると言われています。選択を刹那的なものとせず、少しそこに間を持たせ、選択の意味づけを高めていきたいと私は思っています。

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【参考資料】
※1 シーナ・アイエンガー(著)、櫻井祐子(訳)、『選択の科学』、文藝春秋、2010年
※2 ヴィクトール・エミール・フランクル(著)、 池田香代子(訳)、『夜と霧』、みすず書房、2002年

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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