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リーダーは「崩壊と再生の物語」を生きる

リーダーは「崩壊と再生の物語」を生きる
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「リーダー」とは、どのような存在を指すのか。
「リーダーシップ」とは何か。

大手企業のエグゼクティブや人事責任者の方々との話は、いつもこれらの問いに収斂されていく感覚があります。これは「リーダー」や「リーダーシップ」という言葉のもつ意味や、この言葉によって想起するイメージが、今この瞬間も変わり続けているからなのではないか。そんなふうに思います。

「これからの経営者には何が求められると思われますか?」

先日、弊社のアドバイザリーボードの方々に聞いてみました。みなさん、名だたる企業の経営者を務めてこられた方ばかりです。示唆に富む回答が多く提示される中、耳に残っている言葉があります。

「これから躍動するのは間違いなく若い世代なのだから、年長者の私たちが言うことより、若い世代がどんなリーダーを求めているか、それが答えなんじゃないか」

「私なんかより、若いあなた方が考えるべきことだよ」

「今までの延長線ではなく」とは、多くのリーダーから聞くセリフです。

「今までの延長線」でなくなるために、私たちはどう変わる必要があるのでしょうか。少々の修正や変化ではなく、何かが根底から変わらないと次のステージには進めない、そんなことを感じるのです。

根底から変わる

そもそも「根底から変わる」とは、どういうことなのでしょう。

アブラハム・マズロー、ジャン・ピアジェ、ロバート・キーガン、ローレンス・コールバーグと様々な学者たちが、それぞれ欲求レベル、倫理レベル、認知レベルなど観点は違いながらも、人の意識が段階を経て上がっていく様を説明しています。彼らのいう「意識の変化」こそが、「根底から変わる」ことなのかもしれません。

大学時代で最も印象に残っている講義の一つ、コールバーグの道徳性発達理論を例に、人の意識の変化について見てみます。道徳性発達理論では、私たちが問題解決(道徳的判断)をする際に、どこまで広く物事を考慮できるのかを軸に、成長ステージを5つのレベルに分けています。

ステージ1
自らの利益がすべてという段階です。自分が「快か不快か」。それだけが判断材料です。

ステージ2
判断基準に他者が現れます。自分と目の前にいる他者、その二人にとって快か不快か。相互の利益を考慮するようになります。

ステージ3
自分と自分が所属するチームやグループの利益を考慮します。

ステージ4
グループを越え、社会全体の利益を考慮します。

ステージ5
世の中に価値観の違う多様な社会が存在することを認識し、判断の際にそれを考慮します。

母親に自分の要求をしていればよかった子ども時代から、公園に行って他者が自分の前に現れる。母親とは違い、自分の要求をぶつけるだけではうまくいかない。そんな状況を経て、新たな問題解決の視点を身につけ、ステージは1から2へと移行します。ステージ3はグループやチームで活動するようになると訪れるレベルの上昇です。レベル4は社会全体の構造を想像できる必要があり、基本的には大学を卒業していないとこのレベルに達しないという調査結果が出ています。ちなみに、キング牧師やガンジーはステージ5と言われます。

どのステージに上がるときにも、実はものすごく大きな変化がその人の内側で起きています。自分のことしか考えられなかった自分が、他者のことを考慮できるようになる、もしくは目の前にいる人たちのことしか考えられなかった自分が、目に見えない、顔も知らない人たちのことも考慮に入れて考えられるようになる、

言葉にすると簡単なように聞こえますが、頭のなかでは物事の捉え方、そして考え方が根底から変わっているといえます。

崩壊と再生の物語

道徳性発達理論は、私たちの頭の中の常識が根底から変わる一例です。

私たちは頭の中で「世界はこう回っていて、こう振舞えばうまく行く」という脳内モデルを常に構築し続けています。そして自分の脳内モデルにとって極めて不都合な何かが現れ、そしてその不都合と正面から向き合ったとき、これまでのモデルが一度崩壊し、そして新たな脳内モデルが再構築されます。

これがステージの変わるメカニズムです。

先日、カンヌ国際映画祭で4つの賞を受賞した濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』を観ました。そこでは主人公の精神世界の崩壊と再生が描かれていました。

印象的だったのは、亡き妻の秘密について主人公が語るシーンです。自分に嘘をついていた妻と、自分を愛していた妻。

「そのどちらも本当の奥さんなのではないでしょうか?」

そう問いかけられ、主人公は言います。

「僕は正しく傷つくべきだった。でもやり過ごしてしまった。僕は深く傷ついていた。気を狂わんばかりに。でも、だから、それを見て見ぬふりをしてきた。自分自身に耳を傾けなかった。(中略)僕は妻に会いたい。会ったら怒鳴りつけたい。責め立てたい。(中略)謝りたい。僕が耳を傾けなかったことを」

主人公の中でこれまでの捉え方が崩壊し、新たなとらえ方が再生された瞬間です。妻を愛していた自分と、激しく傷ついた自分。その両方を受け止める。白か黒かといった二律背反の基準ではやり過ごすしかなかった事象が、矛盾を受け入れることによって向き合うことが可能になる。意識の変化が物事への向き合い方を変えました。

これからのリーダーに求められるもの

リーダーをコーチするというのは、まさにリーダーたちが新たなステージに駆け上がることを支援する行為です。これまでは否定するか、やり過ごすしかなかった不都合に向き合い、そして新たなステージの脳内モデルを再構築する。その変化は、決して外から見てわかりやすいものではありません。ただ、リーダーたちが、明らかに世界を違うように見て、かつては矛盾ととらえていたものを内包し、対処できるようになっていくことを感じます。

これからのリーダーには何が求められるのでしょうか。

変化と多様性に向き合ったとき、それに対応したり対処したりするのではなく、謳歌することではないかと私は思います。

変化も多様性も、次々と自分の脳内モデルを危機にさらします。世の中の変化が早くなればなるほど、これまでの脳内モデルでは対処できない不都合が降りかかります。これからのリーダーは、かつてのリーダーとは比べ物にならないくらいのスピードで、自分の脳内モデルを壊しては再構築する、それを繰り返し行うことが求められるのではないでしょうか。

勇気をもって素早く、柔軟に。

そのプロセスを謳歌できるリーダーたちは、自分の正解を配下に強要する人ではありません。コンフリクトを恐れず様々な人たちと対話を交わし、他者から学び、自分の考えや行動を柔軟に進化させ、またそれが周囲の変化をも創り出す、そんなリーダーたちだろうと想像しています。

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【参考資料】
フレデリック・ラルー(著)、鈴木立哉(訳)、嘉村賢州(解説)、『ティール組織』、英治出版 、2018年
ケン・ウィルバー(著)、大野純一(訳)、『万物の歴史』、春秋社、2020年

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