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「正直さ」というリーダーシップ

「正直さ」というリーダーシップ
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Language: English

「本当はXさんに謝りたいんです」

あるメーカーのA役員が、絞り出すように言います。

Aさんは、過去に自身の感情をコントロールできず、理不尽に部下のXさんを怒ったことがあります。後日、言い過ぎたと思い、謝ろうと思ったものの、皆の面前で罵倒して、今更どう謝ればいいのかわからず、その機会をうかがっていたといいます。しかしその後、XさんはAさんに挨拶もほとんどしなくなり、話しかけてくることもなくなりました。そのXさんの態度をみて「部下がそうなら、こちらもそうしよう」とAさんもXさんに声をかけるのをやめてしまいました。Aさんは言います。

「上司としてのプライドはあるけれど、Xさんのことが気になっています」

「本当はどうしたいと思っているんですか?」

Aさんに問いかけたときに出てきたのが、冒頭の一言です。

その後Aさんは勇気をふるってXさんに謝り、自分の気持ちを伝えました。それ以来、少しずつとはいえ、お互いに声をかけるようになり、会話もするようになったといいます。

「今までは上司としてのプライドが邪魔して、謝るきっかけをつかめないでいました。Xさんの姿を見るたびに少し後ろめたい気持ちが起こり、正直、マネジメントに対する自信も揺らいでいたんです。正直に自分の気持ちを伝えたことで、今はかえって自信がもてています」

「嫉妬しているんだな」

「なかなか心からおめでとうと言えなかったんですよ」

B役員は、少し苦笑いしながら話し出しました。

Bさんの同期に、とても優秀なZさんがいます。Zさんはリーダーとしての実績も素晴らしく、多くの社員がZさんに信頼を寄せています。Bさんには、いまやZさんは他の役員や社長からも期待される存在になってきたように感じられます。Zさんがなにかしらの業績をあげると、言葉では「おめでとう!!」と伝えるものの、正直な話、心がざわついていたといいます。

そんなある日、たまたまZさんと飲んでいるときに、ZさんがまっすぐにBさんを見て言いました。

「今の自分があるのは同期のBさんのおかげだ」

Zさんの真摯な顔を見て、声を聞きながら、Bさんは、

「ああ、俺はZさんに嫉妬しているんだな。前から薄々思ってはいたけど、本当に本当にZさんのことをうらやましがっているんだな」

とつくづく思ったそうです。とはいえ、恥ずかしくてそのことをZさんには伝えられませんでした。

「でも」

と、Bさんは続けます。

「自分のその正直な気持ちと向き合ってから、不思議とZさんの成功を喜べる自分がいる」

今、Bさんは新しい事業の構築に向けてZさんと力を合わせて取り組んでおり、日々そのやり取りがとても楽しいそうです。

「正直さ」が他者との関係性に与える影響

リーダーシップ研究で著名なジェームス・M・クーゼスらが25年間にわたって7万5千人以上に対して行っている、リーダーに求める要素に関するリサーチがあります(※1)。「先見の明がある」「有能である」「意志が強い」といった20の項目の中から、調査対象者に自分が「最も評価し、ついていきたいと思うリーダーの特性」を選んでもらうというものです。

その調査でもっとも多くの人が選択した特性は「正直さ」でした。クーゼスは、「正直さ」が高く評価される理由として「正直だと思えないリーダーについていくことは、自分のことも尊敬できなくなっていくからではないか」と指摘しています。

「先見の明がある」「頼もしい」「有能である」「支えてくれる」といった項目が上位に入るだろうと予想していた私は、この結果に驚きました。

「正直」には「嘘、偽りがない」という意味とともに「あるがまま」という意味があります。しかし「あるがまま」でいることはリーダーにとって、とても難しいことではないでしょうか。

一般的に、リーダーといえば、「強さ」「自信」「有能さ」を期待される存在です。それ故、リーダーたちは「リーダーとしてはこうあるべきだ」「上司としては少なくともこういう言動を慎むべきだ」と考えます。それだけでなく、周囲からの期待もあります。たしかにリーダーとして、そういうあり方が必要な場合は多々あるでしょう。

しかし一方で、そのことが、リーダーが「あるがまま」の感情に向き合うことを難しくしている可能性にも目を向ける必要があります。

リーダーに求められる感情との向き合い方

「リーダーは強くあるべきだ」と思っているリーダーは、知らず知らずのうちに、自身の内側に生じる「不安」や「寂しさ」などを否定するようになります。なぜなら、そうした感情は、ある種「弱さ」につながると感じるからです。そしてその種の感情を感じても、なかったものとしてふるまったり、その感情を感じることを自分に許さなくなったりします。

コロンビア大学の非常勤教授のマティアス・ビルク氏は、「自分の感情に向き合おうとしない姿勢は、その人自身の健康と幸福に悪影響を及ぼすだけではない。人間関係にもダメージを与える」と説きます(※2)。

感情とは、「今の自分の生命の状態を知る鑑」のようなものです。だからこそ、感情と向き合わないことは、自分自身、さらには周囲との関係性にも何かしらの歪みを起こしてしまうのでしょう。

自らの「あるがまま」の感情に向き合うことが、他者との関係を豊かにする可能性があるとしたら、時には勇気をもってプライドを脇におき、自分の内側の声に「正直」に耳を傾けてみることが必要なのかもしれません。そこにはきっと、部下や同僚を含む他者との関係性、そして、自身との新たな関係性が見つかるはずです。

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【参考資料】
※1 ジェームス・M・クーゼス&バリー・Z・ポズナー(著)、金井壽宏(監修)『リーダーシップチャレンジ』海と月社、2010年
※2 マティス・ビルク(著) 「今こそマインドフルネスを実践する好機である」ハーバード・ビジネス・レビュー、2021年3月25日

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

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