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「話を聞く」ということ
コピーしました コピーに失敗しました「石川さんは、本当に人の話を聞いていないよね」
コーチ・エィに転職して3ヵ月目。プロのコーチになるためのトレーニングを積む中で、先輩コーチたちに何度ももらったフィードバックです。
「いや、聞いていますとも!」
と反論したり、つつがなく進んでいる仕事を思い出して「聞けてなかったらこんなに順調に仕事が進むはずないじゃないか」と自分で自分を慰めたりしながらも、「何が相手にそう思わせるんだろうか?」と迷路を彷徨うような日々を過ごしました。
その後さまざまな体験を経て、ようやく「聞く」ということがどういうことなのかがわかるようになりましたが、冒頭のフィードバックは当時の私にとって本当に「じゃあ、どうすればいいの?」がわからずに悩んだつらい経験です。
そんな思い出がふと蘇ってきたのは、Aさんとのセッションでのことです。
さえぎらないけど、聞いてもいない
Aさんは、あるメーカーの取締役の方です。長年の勤務を通して愛社精神も強く、「まだまだ会社に貢献していきたい」という熱い想いをもっていらっしゃいます。
Aさんは、初回のコーチングから、
「私のテーマは後進育成です。もっともっと部下に会社をリードしてほしいんです。具体的には、うちの会社は〇〇な施策、〇〇なM&A、まだまだたくさんの課題に対応していくべきだと思っていて...」
と、想いが溢れて止まりません。
「たくさん実現したいことをおもちなのですね。その成功のために、Aさん自身はどんなバージョンアップをしたいと思っているのですか?」
そう尋ねると、
「そうですね、本当は部下の意見をもっと聞きたいんです。部下の話を引き出せるように、なるべく質問して、相手に考えさせるようにしています。さえぎらずにじっと聞いています。でも...」
といい淀むAさん。
「『でも』?」
「部下の言っていることを聞いているうちに、自分が話したくなっちゃうんですよね。そうなると、もう聞けません。何を伝えてやろうか、どう導くべきか、考え始めてしまうんです」
バツが悪そうに話すAさんのなかに、私は転職当時の自分の面影を見ました。
「ほんとうに、聞きなさい」
『コミュニケーション100の法則』という本があります(※)。弊社のファウンダーである伊藤守が1994年に書いた本です。そこにはこんな言葉が並びます。
- あなたの中に、相手を操作したいという気持ちはなかっただろうか。
たとえ、それが善意からのものであったとしても。 - 最後まで聞きなさい。
ひょっとしたら、あなたに都合の悪いこと、あなたが自分のやり方を変えざるを得ないようなことを話し出すかもしれませんが。 - もっと話させなさい。
それが、あなたの100万の励ましの言葉より、相手を勇気づけます。
Aさんと一緒にこの本を間において話すうちに、自然とこんな問いが浮かんできました。
「私たちは、本当に相手の話を聞きたいと思っているのだろうか?」
自分の理想通りに、部下に動いてほしい、仕事を進めたい。
自分にとって「馴染みのある」「わかる」文脈のなかで話を進めたい。
結局、自分たちが聞きたいようにしか相手の話を聞いていなかったことや、「本当に聞きたい」と思う瞬間だけしか、相手の話を聞いていなかったことなどがわかってきました。
最終的に私たちは二人とも、「もしかしたら本当は、相手が成長するかどうかに、興味なんてなかったのかもしれない」というところまで行きつきました。丸裸になったのは、自分勝手な私たちの姿です。
一通り話した後、Aさんが言いました。
「後進を育てようとか、彼らの自主性を育みたいとか、全部が私自身の話ですね。私はこれまで、【相手が私の意見にそったことを言っているかどうか】を聞いていたのかもしれません。そうではなくて、彼らの見ている世界そのままを、僕は聞かなきゃいけないんでしょうね」
相手の見ている世界をそのまま聞く
Aさんのこの言葉を聞いて、私は妹のことを思い出しました。
先輩コーチに何度も「石川さんは話を聞いてないよね」と言われていた当時、『コミュニケーション100の法則』を手に取りました。その本を読んだ後で、久々に妹に会った日のことです。二人でお茶を飲んでいるときに、ふと「今日の妹から見えている世界」をそのままのぞいてみたいと思ったのです。
今日の妹は、どんなことを考えているのかな、何を感じているのかな。気になっていることは何だろう...。そんなことを考えながらじっと聞いていると、突然、妹が目の前で泣き出したのです。
「どうしたの!?」
と焦って尋ねると、妹は言いました。
「お姉ちゃんが、こんなに話を聞いてくれたことはない」
絶句しました。妹と私は良好な関係でコミュニケーションも頻繁でした。これまでも妹の話を聞く機会は何度もあり、そのたびに自分は彼女の話を聞いていたつもりでした。でも、振り返ってみれば、私と彼女の間で交わされていたのは単なる情報のやりとりに過ぎず、「妹の世界」を知りに行こうとしたのは初めてのことだったのかもしれません。
妹についても、また、私の「聞く」ということに対する捉え方についても、新しい扉が開いた感覚でした。そのとき、私は初めて「本当に聞いていた」のだと思います。
その数年後、私の結婚式で妹が手紙をくれました。
「あの日、お姉ちゃんが話を聞いてくれてから、私はすごく尊重されているなと感じるよ」
と書いてありました。
彼女が私をコーチにしてくれたのだと、今振り返って思います。
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【参考資料】
※ 伊藤守、『コミュニケーション100の法則』、ディスカヴァー・トゥエンティワン、1994年
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