Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
想定外を愉しむ
コピーしました コピーに失敗しましたあるチームメンバーと目標について1on1で話していたときのことです。忙しい日々を過ごす中でも、てきぱきと業務をこなし、成果もあげているとても優秀なメンバーです。
このままでも模範的な成長を遂げるかもしれない。でももっと劇的に成長できる可能性があるはず。コーチとして彼女の未来を描いてみたい。私は自分の欲求のおもむくままに、彼女の目標や未来について問いかけました。しかし、何をどう聞いても、1年後の姿さえ想像できないほど目の前の話ばかりに終始してしまいます。
「5年後はどんなコーチになっていたいですか」
「リーダーとしてどんな能力を手にしたいですか」
「あなたがもっと輝くために、どのような機会があるといいでしょうか」
ワクワクするような未来予想図を描きたくて、手を変え品を変え問い続けるうちに、なんと彼女が泣き出してしまいました。
「うわ、泣かせちゃった」
思考が止まりました。収拾をつけるためにその後も何か話しましたが、何を話したか記憶にありません。「まずいことをしてしまった。今日の1on1は失敗だ」そんな気まずい気持ちに心が支配された感覚でした。
「相手を泣かせるなんて、何がダメだったんだろう?私が圧をかけてしまっていたのかな?未来を話すのが苦痛だったのかな」
振り返って反省してもあとの祭りです。ひたすら未来のことばかり問い続けた私は、自分の浅はかなコーチングを恥ずかしく思いました。
泣いたのは誰のせい?
私はコーチとしての成長のためにスーパービジョンを受けています。さっそくその体験をスーパーバイザーとのセッションに持ち込みました。スーパービジョンでは、実際のコーチングで起こったことを題材に、自分のコーチとしてのテーマについてスーパーバイザーとともに探求します。
私はセッションで、相手を泣かせてしまったことに対する後悔、動揺、反省などをつらつらと語り、「そもそもあのとき自分はどうすればよかったのか」を延々と話し続けました。
私の一人語りが終わると、スーパーバイザーから問いかけられました。
「なぜあなたが反省しているの?」
「誰かを泣かせたら反省するのが普通でしょう」と思いつつ、なぜこんなことを聞かれるのか、しっくりきません。しかし、スーパーバイザーは続けます。
「その人は泣いたのね。そこに新しい変化への前触れの可能性はないのかしら」
目の前から相手が消える
私にとって、職場で自分が「泣く」ことは、起こり得ないことです。「そういうことはあってはいけない」と考えている節さえあります。だからこそ、自分が相手にそういう事態を引き起こしたことがショックでした。自分の想定するシナリオにはありえないストーリー展開です。どうしたらシナリオ通りに展開することができたのか。未来を描き、ワクワクする目標をみつけ、笑顔でセッションを終える。そういうエンディングを迎えるためには、自分にどんな能力が必要だったのかをずっと考え続けていました。
しかし、この「シナリオを軌道修正する」という発想には、自分がこのストーリーの脚本家であり、脚本家である自分こそが何とかできるという考え方が潜んでいます。私が何とかすれば理想的なストーリーに変えられると思っている。何とかする責任は私にある。だからこそ、私には何ができたのか、何をすべきだったのかという思考になっていました。
今回彼女が泣いてしまったことを「うまくいってない」と思ったのは、私の勝手な認識です。単に私の想定外の展開だっただけのこと。相手が本当は何を感じていて、何が涙を引き寄せて、何を話したかったのかを知ろうともせずに「この関わりは失敗だった」と私が勝手に決めつけたのです。
「泣かせた」のではなく、「泣いた」。
スーパーバイザーからの一言で、そんな視点があることに驚きました。たしかに、その視点で眺めると、さまざまな関わり方の選択肢が浮かんできます。
あの空間に二人でいた意味はあったのだろうか。話しているようで実はすれ違っていた1on1だったのかもしれません。相手の力になるどころか、私の目の前から相手は消え、出演者のいないストーリーになっていたことに気づきました。
物語の続きは...
私たちの日常には、もしかしたらこういうことがあふれているかもしれません。
相手から想定外の反応が返ってきたとき、自分とは違う意見が出てきたとき、自分の価値観にはない世界に触れたとき、なぜそうなのか?を知ろうとする前に、無意識に関わりの扉を閉じてしまうことはないでしょうか。
今回私は、「泣く」という現象は「誰かが泣かせる」から起こるという無意識の思い込みから、相手との関わりをあきらめ、早々にその場を放棄してしまいました。そうして、相手から見たらどんなストーリーだったのか、彼女にとって泣くことにはどんな意味があったのか。それを探索する機会を失いました。
その後、実際に彼女に聞くと、「緊張する場面になると泣きたくないのに涙が出てしまうんです。涙が出ているとそれがすぐ相手に伝わってしまうので、ずっと自分のコンプレックスだと思っています」と教えてくれました。それは私のシナリオにはないセリフでした。
このセリフの次には、どんな展開が待っているのでしょうか。予想もつかない「あなたの物語」。その先に何が起きるのか楽しみで仕方ありません。
物語の続きを一緒に見ようよ。
今はそんな風に思っています。
この記事を周りの方へシェアしませんか?
※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。