Coach's VIEW は、コーチ・エィのエグゼクティブコーチによるビジネスコラムです。最新のコーチング情報やコーチングに関するリサーチ結果、海外文献や書籍等の紹介を通じて、組織開発やリーダー開発など、グローバルビジネスを加速するヒントを提供しています。
つまらない話を面白くする「聴く姿勢」とは
コピーしました コピーに失敗しましたA氏は、長年にわたって数々の成果を上げてきた企業のトップです。彼の強いリーダーシップによって、会社は大きな成長を遂げてきましたが、最近A氏は「このままでいいのだろうか?」という、そこはかとない不安を感じています。というのも、組織内では上意下達のコミュニケーションが定着し、部門間の協力や意思疎通が欠如しているように感じられるからです。また、役員会議でA氏が発言すると、他の役員から声が上がらなくなることも気になっています。
「自分がいなくなった後、この組織はどうなるのか?」
自分のリーダーシップスタイルが今の組織の状態に影響しているのかもしれないと考えたA氏は、エグゼクティブ・コーチングを導入することを決めました。
コーチングが始まってすぐに、周囲からフィードバックをもらう機会がありました。その結果から見えてくることは、A氏の予想通りでした。
・「一人でやろうとする」傾向が強く、周囲に任せていない
・絶対的な存在で、ものが言いづらい
・「部下は何も考えていない」とレッテルを貼っている
・コミュニケーションが一方通行で、ほぼ命令になっている
・感情が表出して「興味がなさそう」「怖い」と思われている
辛辣な内容もありましたが、ある程度予想していたことでもあったのか、A氏は「組織を変えていくには、まず自分が変わる必要があると強く思った」と話してくれました。
フィードバックの中でA氏の目に留まったのは、複数の回答者が「Aさんと個別に話し合う機会が少ない」と答えていたことです。
A氏はその結果を見て、自分が面倒だと感じている相手や、難しい話を避けているのではないかと自己分析し、まずは「部下の話を聴くこと」に取り組もうと決めました。
A氏は、部下と個別に話す時間を定期的に確保し、会議の場でも部下の話を遮らずに最後まで聴くことを心掛け始めます。しかし、しばらくするとA氏からしばしば
「もう少し我慢して頑張ってみます」
という言葉が漏れるようになりました。私は、A氏が「我慢」すれば、本当に部下の話を聴けるようになるのかに疑問を感じ、A氏は何を「我慢」するのか、なぜ「部下の話を聴けない」と感じるのかについて、一緒に探ることにしました。
先入観が話を聴くのを妨げる
探求の過程で浮かび上がったのは、A氏が部下に対して「この人はこういう人だ」という先入観をもっていることでした。人は、相手がどういう人物かを決めつけてしまうと、その人の話に対する興味を失いがちです。
さらに、A氏は、自身の期待通りに話をしない部下にイライラし、部下の話に興味を持てないのは、彼らが自分の知識や関心を満たす内容を提供していないからだと感じてもいました。イギリスの言語学者ハーバード・ポール・グライスは、人は無意識のうちに会話に「ある期待」を抱き、その期待が裏切られると、聴く意欲がそがれるといいます(※)。
一方で、部下の側もまた「A氏から良い評価を得たい」という思いでA氏に対して忖度し、無難で当たり障りのない話に終始する傾向がありました。
このようにお互いが表面的な会話にとどまる状況では、A氏にとって「つまらない話」ばかりが増えてしまうのも当然です。
いずれにせよ、A氏が「我慢」が必要だと考えたのは「興味がもてない相手のつまらない話」を我慢して聴く必要があると考えたからでした。
しかし、部下の話が「つまらない」のは、本当に部下のせいなのでしょうか?
相手の何を知っているのか
A氏の部下に対する決めつけが気になった私は、実際にA氏がどのくらい部下のことを知っているのだろうと思い、
「Aさんは、●●さんについてどんなことを知っているのでしょうか?」
と問いかけました。
すると、A氏はしばらく黙った後、
「実はよく知らないかもしれない」
と答えました。
相手の話を「聴く」ために必要なものは、忍耐ではありません。本当に必要なのは「好奇心」、相手に対する心からの興味・関心です。相手に関心をもてば、自然と相手の話に耳を傾けたくなり、会話も、より深く、豊かなものになっていきます。
つまり、自分が「聴く」姿勢を身につけるためには、相手を「知りたい」と思う気持ちが不可欠なのです。
相手のことを「知っている」と思っていても、改めて「何を知っているのか」と自分に問いかければ、自分が知っているのは相手のほんの一部にしかすぎないことに気づきます。その「未知」に対して関心を寄せれば、より自然に相手の話を聴くことができるようになるでしょう。
私たちは無意識に「相手を知っている」と思い込み、相手への興味を少しずつ失っていきます。興味を失えば、相手がどんな人なのか、彼らが何を考え、何を目指しているのかを知ろうとすることはなくなり、やがては、相手との関わり方さえ見失ってしまいます。
つまり、相手の話をつまらなくしているのは、ほかでもない自分自身なのです。
相手の「未知の部分」に好奇心をもつ
自分にとって「聴けない相手」が、どういう人かを考えることも重要です。「話を聴けない理由」を探ることで、自分の内側の何が、聴くことの障害になってくるかがわかるからです。
たとえば、自慢話ばかりする人や、細かすぎる説明をする人に対して耳を傾けづらいのは、なぜなのでしょうか? 何度も同じ話を繰り返す人や、相手の考えに対して反論ばかりする人を嫌うのはどうしてでしょうか?
こうした「聴けない」理由を掘り下げることは、自身の価値観や感情の傾向を見つめ直すことにつながります。話を聴けない原因が、自分の内面のどの部分に由来しているのかがわかれば、それに対処することができるようになるでしょう。
我々リーダーにとって、部下とのコミュニケーションを改善する第一歩は、自分の先入観を取り払い、部下の「未知の部分」に好奇心をもつことです。「聴く」という行為を、我慢や忍耐ではなく、相手への関心や興味による自然なアクションとして捉えられるようになれば、リーダーシップはさらに効果的で豊かなものになるはずです。
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【参考資料】
※ケイト・マーフィ(著)、篠田真貴子(監訳)、松丸さとみ(翻訳)、『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』、日経BP、2021年
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