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多くの企業が見落としているイノベーションの切り札とは?
2019年09月27日
デジタル・ディスラプションへの最も効果的な対応方法は、テクノロジーを一切使わないことである。
デジタル・ディスラプション(デジタル・テクノロジーによる破壊的イノベーション)が進む現代において、競争力を獲得するために、企業が最新かつ最高のテクノロジーを採用し、いわば毒をもって毒を制しようとしていることは、直感的には納得できる。しかし、この考え方には違和感がある。
デジタル・テクノロジーによって、企業が多くのチャレンジに直面するようになっているからといって、テクノロジーがそれらの課題を解決できるとは限らないからである。
テクノロジーの導入が必須という誤解
デジタル・ディスラプションに対応するにはテクノロジーの導入や活用が欠かせない、という誤解が生まれるのはやむを得ない。なぜなら、それは数多いデジタル・トランスフォーメーションの定義の中に含まれる前提だからだ。
たとえば、セールスフォース(Salesforce)社はデジタル・トランスフォーメーションを「ビジネスおよび市場の要件の変化に対応するために、デジタル・テクノロジーを使用してビジネスプロセス、文化、顧客体験を新しく構築または変更するプロセス」と定義している。また、シトリックス(Citrix)社は「デジタル・ワークスペースなどのデジタル・テクノロジーを戦略的に採用し、プロセスと生産性を改善し、ビジネスリスクを管理し、さらにカスタマーサービスを向上させること」と定義している。
デジタル・ディスラプションへの最も効果的な対応方法とは
こうしたテクノロジー中心の定義は、それを考えた企業にとっては理にかなっているかもしれない。しかし、デジタル・ディスラプションへの最も効果的な対応方法は、テクノロジーを一切使わないことである。
私は新著『The Technology Fallacy(テクノロジーの落とし穴)』の中で、この根本的な誤解を取り上げている。この著作は、共著者(アン・グエン・フィリップス(Anh Nguyen Phillips)、ジョナサン・R・コパルスキー(Jonathan R. Copulsky)、ガース・R・アンドラスGarth R. Andrus))とともに、MIT Sloan Management Review誌およびデロイトと共同で行った5年間の研究をまとめたものだ。
テクノロジー以外に、企業は変革の重点をどこに置いているだろうか。企業は最も貴重な資産、つまり人材に重点を置いている。
必要スキル取得の推奨で定着率向上
医療保険会社のシグナ(Cigna)社を例に考えてみよう。同社はデジタル環境で競争するには、従業員に新しいスキルが必要だと考えていた。シグナ社では、必要なスキルを持つ新しい従業員を雇用する代わりに、従来の奨学制度を見直し、従業員の新規スキルの開発を支援した。
また、近い将来、必要になる15の戦略的スキルセットを特定した。この15分野のいずれかの学位取得を目指す従業員には、通常の奨学制度の3倍の授業料が返還されるようにした。シグナ社はルミナ財団(Lumina Foundation)とアクセンチュア社と協力した結果、このプログラムによって将来必要となる人材を確保できただけでなく、投資額以上の価値が生まれ、従業員の定着率が高まり、参加した従業員の賃金が上がったことを確認した。
デジタル戦略の柱は小規模チーム
次に、自動車販売店のカーマックス(CarMax)社の例を見てみよう。同社の経営陣は、テクノロジー動向にもっと俊敏に対応するには、組織を変える必要があることに気づいた。同社はデジタル戦略を支える柱として、小規模の部門横断的なチームを編成した。
経営陣は各チームの目標に関しては方向性を明示したが、その達成方法についてはチームに多くの裁量を与えた。各チームは、2週間に1回、10~15分間の自由参加型のミーティングを開き、目標の進捗状況に関する最新情報の提供やフィードバックの収集を行うことで、目標の進捗を管理している。
チームを小規模にすることで、急速に変化する市場に対応するために必要な戦略的な俊敏性を確保しつつ、さまざまな戦略的活動に本格的に取り組む前に、テストできるようにしている。
テクノロジーに依存しない戦略
また、ベスト・バイ(Best Buy)社は、あらゆる事業を手がける巨大企業、アマゾンがもたらすデジタル脅威に対抗するために、テクノロジーに依存しないビジネス戦略を策定した。
ベスト・バイ社はプライスマッチングを保証する戦略により対抗策を開始し、他のオンライン小売業者の優位性を覆した。さらに、オンラインストアしか持たない競合他社に対する強みである店舗網を活用し、オンライン注文の配送先を実店舗に拡大するとともに、オンライン注文の返品で来店した顧客への対応プロセスを効率化した。
また、マイクロソフトやサムスン電子などの主要サプライヤーと緊密な関係を築き、店舗内の各社製品の特設コーナーの管理を強化した。独自の強力な小売ネットワークを持たないサプライヤーのために、「店舗内店舗」を作ったのである。他の大手小売業者(ウォールマートなど)や小規模な小売業者(独立系書店)も、ベスト・バイ社が実施したデジタル・ディスラプションへの戦略的な対抗策を模倣し始め、成功を収めている。
投資の重点はテクノロジー以外に
デジタル世界への適応に必要な中心的戦略は、新しいテクノロジーの導入であると思い込んでいる従来型企業は、激しく変化する環境の中で生存し成功するのに欠かせない、組織や戦略の変革を見落としてしまう。
人材、リーダーシップ、文化、組織構造、戦略など、デジタル世界に適応するために必要な、テクノロジー以外の変革にまず焦点を当てることで、企業は抱える課題への理解を深め、テクノロジーによる解決策にこだわらずに、必要な他の変革を検討することができる。
確かに、新しいテクノロジーにも多額の投資を行わなければならない場合もあるだろう。しかし、実際に投資を行うときになると、慌ててテクノロジーにばかり目を向けていた初期段階と比べて、投資の重点が大きく変わるだろう。
ドロシーと竜巻とテクノロジー
私たちの著作では、『オズの魔法使い』の竜巻の比喩を使い、デジタル・トランスフォーメーションにおけるテクノロジーの役割を説明している。『オズの魔法使い』の物語において、竜巻はどれほどの役割を担っているだろうか。
ある意味で、この物語はすべて竜巻に関係している。ドロシーがオズの国に飛ばされなければ、物語は成立しないからだ。しかしある意味では、この物語は竜巻とまったく関係がない。読者が興味を持つのは、ドロシーがどうやってそこにたどり着いたかよりも、どのようにしてこの奇妙な新世界を切り抜けていくかである。
物語の主人公はあくまでも人間
同様に、デジタル・トランスフォーメーションの必要性は、厳密に言えば、すべてテクノロジーに関係している。テクノロジーの破壊的な力を認識することがなければ、企業はデジタル・トランスフォーメーションの必要性に迫られることはなかっただろう。
しかし、より重要なのは、企業、リーダー、従業員が、どのようにして自分たちがいる奇妙な新世界を切り抜けていくかである。そして、この物語の主人公は、テクノロジーではなく人間である。
筆者について
ジェラルド・C・ケーン(Gerald C. Kane (@profkane) )はボストン・カレッジ、情報システム科の教授。Edmund H. Shea Jr. Center、起業家部門長でもある。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Transformation Without Technology
(2019年7月22日に『MITスローン・マネジメント・レビュー』に掲載された記事の翻訳。同機関の許可を得て翻訳・掲載しています。)
Used with permission from MIT Sloan Management Review. All rights reserved.
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