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取締役会の文化に共通する4つのバイアスとは
2021年08月31日
取締役会に関してありがちな想定は、次のようなものだ。
「高い業績を上げ、経験を積み、戦略的思考をもち、多様性に富んだ人々が一堂に会する。そこにコミットメントと多くのハードワークが加わる。そうすると、優れた監督力を伴った、健全な文化をもつ一流の取締役会が成立する。」
しかしながら、現実はとても複雑である。実際には、取締役会の文化はそう完璧なものではない。どの取締役会でも、脱線した議論、否定的な意見、脇道にそれた会話、支配的な取締役、自分の意見を言わない取締役などに悩まされている。
取締役会は、より効果的なガバナンスの実現に向けて、専門性や多様性といった取締役会の構成上の問題に、当然ながら多くの時間を費やしている。しかし、PwCの最新レポート「取締役会の文化の解明: 取締役会の妨げになっているものとは ー 行動心理学からの解説 (Unpacking board culture: How behavioral psychology might explain what’s holding boards back)」によれば、取締役会のメンバーは、グループダイナミクス(集団力学)の重要性を見落としている可能性があるというのである。グループダイナミクスは、誰もが自然に持ち得る人間的な要素や偏見によってもたらされるものである。
今日の企業では、行動心理学の原理を職場に適用する傾向がより高くなっているが、それには理由がある。ジョージ・ローウェンスタイン(George Loewenstein)氏やノーベル賞受賞者のダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)氏、リチャード・セイラー(Richard Thaler)氏らによる基礎的な研究から成り立つ行動心理学は、脳が情報を整理して意思決定する際に起こりうるバイアスや、人間が自分や他人を判断する際に影響するバイアスについて貴重な洞察を提供してくれるからである。
企業の取締役会などのビジネスシーンでは、テーブルを囲んでいる人々が、バイアスによって、お互いのアイディアを過大評価したり過小評価したりすることが起こりうる。また、これらのバイアスは、合議制のもとで人々が「安心して」発言できるかどうかや、考え方の多様性を育む能力自体にも影響を与える。
取締役会内における力学構造を改良し続けることは、現代の企業が直面している継続的な課題であることは明らかだ。PwCの年次取締役調査では、2年連続で、取締役の約半数が少なくとも1人の取締役を交代させるべきだと考えていることがわかっている。
ここでは「権威バイアス」「集団思考」「現状維持バイアス」「確証バイアス」という、取締役会にとって問題を発見する妨げなっている可能性がある4つのバイアスについて紹介する。これらのバイアスには明確な警告サインがあり、それらのもたらす有害な影響に対抗しうる明確なテクニックがある。
権威バイアス
取締役会には専門家が必要である。取締役はもちろん、そのスキルセットや専門性を考慮して選任されている。しかし、たとえば、会議中にサイバーセキュリティやデジタル戦略に関連する話題が出てくると、自動的に意見を求められるのはサイバーセキュリティ歴30年のベテランということになる。このように、取締役会が一人の取締役の経験や意見に依存しすぎることはよく生じる。取締役会は、その人物の意見に影響されすぎて、他の取締役の意見を退けたり、メンバー全員が意見を述べる責務を放棄したりすることがある。
権威バイアスは、既に存在している権力構造の産物であるかもしれない。PwCの研究者によると、取締役会は、男性メンバーや勤続年数の長いメンバー、あるいは威圧的な体格や声のトーンをもつメンバーの意見を優先する傾向があると指摘している。
このようなパターンの一環として、取締役会は、こうした権威者からの意見を聞くまで他のメンバーは発言を控えるとか、常に彼らに最終的な意見を述べる権利を与えたりするといった傾向に陥る可能性がある。専門家に対して必要な牽制機能が働かなくなってしまうのだ。
取締役の中には、支配的な意見に対して反対意見を述べることを嫌うメンバーがいることもあれば、CEOが議長を務めていたり、30%の株式を保有する代表者がいる場合も想定される。PwCの「Annual Corporate Directors Survey」の2020年版では、執行委員長がいる取締役会では、取締役の43%が反対意見を言うのは難しいと答えている。それに対して、独立または非執行委員長だけの取締役会では、取締役の35%が同様の回答をしている。
権威バイアスを最小限に抑えるために、各取締役から一人ずつ順番に意見を求めてもよいだろう。こうした方法で、すべての取締役が問題について発言できるようになり、また、ある分野の専門家が自分の専門分野以外でも同様に発言できるようになる。いつも同じ人が最後に発言している場合は、その人に最初に発言してもらうことで、その人のアイディアについて全員で議論ができるようになる。また、会社が取締役会メンバーに、様々な専門分野への深い学びの機会を提供することで、一人の取締役の経験に頼りすぎにならなくなるし、また取締役会のリーダーが、意図的に自分の意見を議論の場にて最後まで言わないようにもできる。
集団思考
取締役会は、コンセンサス(合意)を得て初めてその効果を発揮できる。たとえば、ある会社が重要な新製品の発売を検討している。しかし、12人の取締役のうち5人は、そのテーマに関する会議に懸念を抱いているとする。さらに、何人かの取締役は、メンバー同士で事前にその議題について話し合い済みだったりする。多くの取締役は、取締役会での議論がどうなるか不安を感じている。会議では、一人の取締役が懸念を語り始めるが、CEOはすぐに次の質問に移ってしまう。会議が進むにつれて、より多くのメンバーが頷き始める。つまり、この新製品の戦略は何も変わらないのである。それどころか、懸念を否定された取締役を含め、取締役会全体が支持しているように見えてくる。
合意形成は重要だが、取締役会は調和や適合を求める傾向が強すぎるかもしれない。これは、反対意見が歓迎されない、あるいは受け入れられないという、企業が頻繁に直面する課題である「集団思考」につながる可能性がある。実際、ほとんどの取締役会はさまざまな意見を求め、重要な問題について合意に達するよう努力しているが、PwCの年次企業役員調査によると、36%の取締役が、少なくとも1つのトピックについて反対意見を述べることに困難を感じていることがわかっている。取締役会での異論を封じ込めている理由として最も多く挙げられたのは、お互いの同僚関係を維持したいというものだった。
集団思考を最小限に抑えるには、取締役会の評価プロセスを活用することも一案である。取締役が、より自由に自分の意見を述べることができる個人面談やアンケートの際に、反対意見が抑制されているかどうかについて意見をきいてみる。特定の取締役が問題の原因となっているようであれば、取締役会のリーダーは、その動きを変える方法について話す必要があるが、その対話は困難を伴うかもしれない。リーダーはまた、外部のアドバイザーを招き、問題に対する新しい意見や反対意見を共有したり、議論を生じさせている問題について各取締役から意見を求めたり、もしくは、取締役会に真の多様な視点をもたらす取締役を選任したりすることもできる。
現状維持バイアス
変化は怖いものであり、抵抗する人は多い。物事がうまくいっていれば、人は現状を維持したいと思うものだ。そのため、取締役会が一連の確立された規範を好み、慣れ親しんだ価値感を大切にすることが多いのも不思議ではない。もちろん、自分たちが知っていることを過大評価してしまい、市場の混乱に対応するためにビジネスモデルを変更するといった大きな変化を伴う取り組みには消極的になるかもしれない。なぜなら、その取り組みは未知へのリスクが大きすぎるからだ。
たとえば、ある老舗企業が業界のリーダーとして前年比でシェアを伸ばしているとする。そして、その取締役会では、革新的な新しいビジネスモデルをもつ市場参入者について耳にし、彼らのアイディアをどのように自社に取り入れるかを検討していたとする。しかし、取締役会では、自社の市場支配力を過信し、現状の戦略を補強したり、変革させたりすることにつながる可能性のある提案を却下してしまうかもしれない。
取締役会メンバーの交代が遅かったり、特にCEOや経営陣が定着していたりする企業において、C-suiteの後継者育成に積極的でないなどの事実からも、現状維持バイアスは示される。また、取締役会は、たとえば、売上高の減少を市場の変化や組織的な変更を行う機会とは認識せず、経済の一過性のものとみなして、会社の業績の低下を正当化したり、受け入れたりすることがある。このような傾向は、取締役会への評価プロセスを活用して、取締役会刷新の必要性を認識するための方法を特定することの重要性を示している。
もし、現状維持のバイアスがパフォーマンスに影響を与えているのであれば、取締役会の審議を構造的に変革することが重要だ。たとえば、戦略開発セッションに「もしあなたが競合他社だったら...」といった啓蒙的な問いを組み込むことができる。この活動には、次の3つの質問に答えることが含まれている。「競合他社は、あなたの会社がどんなことを実践することを望んでいるだろうか?」「競合他社はあなたの会社がどんなことを実施することを恐れているだろうか?」「もし、あなたの会社が彼らの恐れていることをしたら、彼らはどう反応するだろうか?」
もしくは、外部の専門家を招いたり、戦略を練るオフサイトミーティングの議題を変更してみたり、シリコンバレーなどイノベーションの中心地への役員視察旅行を実施することで、状況を一新させることもできる。
確証バイアス
人間は誰でも無意識のうちに、自分の信念を裏付ける証拠を探し出して過大評価し、それに反する証拠を過小評価する傾向がある。たとえば、ちょっとした予算の問題や遅れを、「このプロジェクトは最初からダメだった」という先入観で解釈してしまったり、経営陣からの報告の中に、ディレクターが期待している結果を裏付けるような肯定的な要素だけを見つけてしまったりする。ディレクターも人間であるから、確証バイアスの罠に陥り、客観的な意思決定が困難になりがちだ。
確証バイアスに対抗する最良の方法は、思考の多様性を奨励することだ。取締役会がチームに「溶け込める」取締役を探すことに注力すると、多くの場合、自分たちと同じ見解をもち、重要な問題に同意する取締役を探してしまいがちだ。しかし、これでは取締役会の確証バイアスが強まるだけである。なぜなら、共有された意見を裏付ける事実だけが、より重要視されるからだ。実際に取締役会に不足しているのは、異なる意見をもつ取締役同士のきちんとした議論である。異なる意見をもつメンバーや、異なる視点から問題に取り組むメンバーがその場に存在することで、取締役会は全体像をより広く聞き、理解することができるのである。
取締役会内での力関係は、取締役が自らの取締役会におけるバイアス(偏見)や慣習を厳しく見直さない限り変化させることはできない。行動心理学の洞察を活用して、取締役会でのやり取りを新しい見方で見てみよう。そして、現在の問題点や潜在的な問題点が特定できたら、ここで紹介するツールを使って、変化をもたらすことができる。
企業の取締役会などのビジネスシーンでは、こうしたバイアスによって、その場のテーブルを囲んでいる人々がお互いに表明したアイデアを過大評価したり過小評価したりすることが起こりうる。
【筆者について】
マリア・キャスタノン・モーツ(Maria Castañón Moats)氏は、PwCのガバナンス・インサイト・センターのリーダー。以前は、アメリカ企業のダイバーシティ担当責任者、アメリカ、メキシコ合同プロジェクトのリーダーを務めていた。米国PwCのパートナー。
ポール・二コラ(Paul DeNicola)氏は、PwCのガバナンス・インサイト・センターにてコーポレート・ガバナンスに関する15年以上の経験をもつ。また、ニューヨーク大学スターン経営学部の准教授を務めている。米国PwCのプリンシパル。
リー・マローン(Leah Malone)氏は、PwCのガバナンス・インサイト・センターにて、役員報酬、報酬委員会に関するガバナンス関連業務に従事している。米国PwCのディレクター。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】Four common biases in boardroom culture
(2021年6月21日のstrategy+business magazineに掲載された記事の翻訳。 strategy+business magazineの許可を得て翻訳・掲載しています。)
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