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知っているか、知らないか?それが問題だ
2022年09月20日
このブログでは、コーチがクライアントに自身の洞察や考えを共有する際に、いつ、どのようにすればそれがアドバイスになったり、専門性を示すことにならないかということについて、いくつかの考えを紹介したい。これは、コーチが「知らない」ということに快適でいられるということと関係していて、自分の弱さを見せるという概念を探索することも可能にする。特に洞察やコメントを提供する際に、それが「正しい」という前提に立たないことについて考えてみたい。
まずはじめに、このコンセプトに通じると思われる国際コーチング連盟(ICF)のコア・コンピテンシー(コーチ・エィ訳)を以下に紹介する。
2. コーチングマインドを体現している
2.1 コーチは、クライアントが自分の選択に責任をもつことを認識し、尊重している。
2.5 コーチは、クライアントの利益のために、自身の気づきや直観を活用している。
3. 合意の確立と維持
3.7 コーチは、クライアントのパートナーとして共に、セッションの中で達成したいことに向けて、クライアントが考え扱うべき、また解決すべきこととは何かを明確にしている。
3.10 コーチは、クライアントが別の方向性を示さない限り、クライアントが望む成果に向けてコーチングをしている。
4. 信頼と安全を育む
4.6 コーチは、クライアントとの信頼を築くために、自分の弱さも見せるなどして自分自身を開示している。
5. 今ここに在り続ける
5.5 コーチは、知らないことに対しても、快適に対応している。
7. 気づきを引き起こす
7.11 コーチは、クライアントの新しい学びにつながるような観察、洞察、感じているこ とを伝えるが、それらに固執することはない。
他にも当てはまるコンピテンシーはあるかもしれないが、上記のものを参考にしながら、この「知っているか、知らないか」というコンセプトを探っていきたいと思う。
なぜそれが重要なのか?
私はコーチングのキャリアを通じて、過去に培った専門知識がきっかけとなってコーチを依頼されてきた、また、他の多くのコーチもそうであろうと思う。クライアントが私の履歴書を見たときに、私がクライアントと似たような経歴を持っていれば、それはより役立つだろうと思うかもしれない。実はそのこと自体が、やっかいなことなのである。コーチングに必要なのは、コーチになる前の経歴やスキル、経験ではなく、コーチングに関する専門性であることを私たちは知っている。ところが、先に述べたようなクライアントと一緒に仕事をしたいがために、私たちがこれまでの専門知識を提供しないという事実を、完全に明確にしないことがある。これは、コア・コンピテンシーの4.6に書かれている「信頼と安全」を十分に証明していないことになり、倫理に基づいた実践をしているとはいえない(コア・コンピテンシー1.1)。では、クライアントからアドバイスや意見を求められたりした場合はどうなるのだろうか。アドバイスや過去の専門知識の共有というパンドラの箱は、一度開いてしまうと、閉じるのは非常に難しい。
私がメンターコーチとして気づいたことは、コーチにまだなりたての頃は、それまでの経験がコーチとして完全にオープンで好奇心のある状態になることの妨げになり、「知らない」(5.5)状態になれないかもしれない、ということである。それはどのような時に起こりやすいかというと、クライアントが何に取り組みたいか、その結果は何か(3.7)、さらにクライアントがそこに到達するためにどうしたいのか(3.10)をコーチが想定してしまうときである。また、取り組むべきことを想定してしまうかもしれない(3.7)。これは、コーチが、たとえばキャリア開発プログラムやリーダーシッププログラムを提供し、その役割はアドバイスや知識の伝達であったという経歴がある場合に特に顕著に現れる。クライアントが取り組むべき領域をどのように考えているのか、クライアントがどのような成果を望んでいるのかを明確にしないと、クライアントではなくコーチが主導権を握り、コーチングの会話の方向付けをしなければいけないと感じてしまうことがある。効果的なコーチングは、懸命に働きかけることだととらえてしまうのである。
直感を活かす
洞察、観察、感情を共有するコンピテンシー(7.11)についてはどうだろうか。それは、「知らない」ということが、自分の「直感」を使う、あるいは「自分を道具として」使うという概念とどのように結びつくのだろうか。また、コーチが自身の「コメントや観察」を提供することでクライアントがあわよくば何か新しい洞察、明瞭さ、学びを得ることは、「知らない」ということとどのように関連するのだろうか。
まず直感の定義を見てみよう。その一つは「意識的な推論ではなく、本能的な感覚から知っている、あるいは可能性が高いと思われること」である。
意識的な推論が専門的な知識を意味するのに対して、直感はあくまでも直感、第六感である。では、コーチとして直感を使う、あるいは自分を道具として使うとはどういうことなのだろうか。そして、どうすればいいのだろうか。私たちが必要なのは、クライアントと真に共にいること、そして、クライアントが話す言葉だけでなくその人の話を本当に聞くことである。そのように「今ここ」にいることを意識できると、自分の体や他の感覚にアクセスすることができるかもしれない。それは、自分自身の中にある感情かもしれないし、クライアントが話していることや望んでいることに反応して、心の中に浮かんだ単純な考えかもしれない。その感情や考えを、何の説明もなく、シンプルに、簡潔に、ただ提供することができるかもしれない。私たちが本当に「今」にフォーカスしていると、クライアントに意識が向けられるだけでなく、自分自身にも意識が向くのである。私たちが覚えておかなければならないのは、私たちが提供する直感、コメント、考えや感じたことは、「真実」ではなく、単にクライアントへ提供するものであり、「執着をしない」(7.11)ものであるということだ。そうすることで、クライアントを解き放ち、新しい考えを引き起こすことを私たちは意図し、期待している。コーチは、彼らに新しい考え方やアイディアをただ与えることではないのである。
誰の考えが大切なのか?
もし私たちが「知っている」という状態に居続けるなら、クライアントに完全に意識を向け、完全に彼らの「物語」と共にいられる可能性は低く、それゆえに私たちの直感にアクセスすることはできないだろう。また、うっかりとコーチングの会話の方向性を決めてしまうことにもなりかねない。クライアントはどこかにたどり着き、何かを得るかもしれないが、誰の考えやアイディアがその会話の最終的な結果をもたらしたのだろうか。その状態で、行動や変化に対して完全にコミットできるのだろうか。
パートナーシップとは何か?
ここで、非常に重要なコンピテンシーである、クライアントが自分の選択に責任を持つということ(2.1)と、コンピテンシーの中に散りばめられている重要な言葉、「パートナーシップ」について考えてみたいと思う。パートナーシップのコンセプトは、選択する力と重要性にとても密接に関連している。もし私たちがクライアントの「すべきこと」を「知っている」と思い込んでしまうと、クライアントが自分で結論や決断を下すという選択肢を奪ってしまう可能性があり、パートナーではなく専門家の立場になってしまう。もし私たちが、「知らない」ことで自分の弱さを示し、安全な空間を作ることができれば、クライアント自身が「知らない」ことに弱さを示すことが可能になる。そして、私たちはクライアントと共にパートナーとして、彼らが何をし、行動するのかを本当に「知る」ことができるようにサポートできるのである。それは、彼らの考えであり、彼らの選択であり、行動を起こすことへのコミットメントなのだ。
まとめとして、「知っているか、知らないか」という問いに戻ると、私の考えでは、それは両方大切である。私たちは、今ここにあることを十分に意識し、非常に深く耳を傾けることによって、クライアントがどんな人なのかを「知る」ようになる。そうすることで、クライアント自身の洞察や学びを引き起こすような質問をすることができる。また同時に、私たち自身の洞察に気づき、それが役立ちそうなときに共有することができるのである。私たちが知らないのは、クライアントが答えを見つけたいと思っていることを解決したり、対処したりするための答えである。それは、クライアントが「知っている」ことであり、私たちがクライアントのパートナーとして共に「知る」ことなのだ。
【筆者について】
ヒラリー・オリバー(Hilary Oliver)氏は、国際コーチング連盟(ICF)のマスタ認定コーチ(MCC)。コーチングスーパーバイザー、メンターコーチであり、コーチを養成し、マネージャーやリーダーのコーチング能力を開発している。グローバル企業の幹部や役員レベルのコーチの経験があり、リーダーシップ開発のデザイナーやファシリテーターとして、さまざまな組織と協力している。また、組織がコーチング文化を発展させるための支援も専門としている。過去に、英国ICFの会長、ICFグローバルボードの議長を務めた。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】To Know or Not to Know? That is the Question(2022年5月16日に Coach U Insights に掲載された記事の翻訳。許可を得て翻訳・掲載しています。)
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