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今、ビジネスリーダーに求められる倫理観
2022年11月15日
ステークホルダーや株主が注目する中で、CEOは社会的信頼を築き、結果を出すために、新しいタイプの倫理的リーダーシップを身につける必要がある
クレアは、長い連休を楽しみにしていた。新製品の発売準備、中国でのサプライヤーのトラブル、ドイツでの突然の人手不足などの対応に追われた深夜から早朝にかけての過酷な2週間を経て、フォーチュン500社のCEOである彼女は、一息ついて家族と充実した時間を過ごそうと思っていた。海岸に向かう道の交通渋滞を避けるため、土曜日の朝一番に出発する予定だった。しかし、クレアは目覚まし時計の代わりに携帯電話で目を覚ました。会社の顧問弁護士からの電話だった。その前夜、会社の役員の一人が、酔ってウェイターに人種差別的、同性愛嫌悪の言葉を浴びせている様子が録画されていたというのだ。数分後にTikTokに投稿されたその動画は、すでに250万回以上再生され、TwitterやFacebookで猛烈な勢いで拡散されていた。ソーシャルメディアのコメンテーターはそれに対しての対応措置を要求し、機関投資家からは電話での問い合わせが、主要な報道機関からはコメント要求が殺到した。「クレア、どう対応しますか?」と、電話の向こうの弁護士が聞いてきた。
悪夢のような話だが、実際の出来事が交じり合ったこのシナリオは、多くのCEOにとって他人事とは思えないようなことだ。
組織に倫理的な行動を求める声の高まり
以前は、社会問題に取り組むことを自分の仕事の一部と考える経営者はほとんどいなかったかもしれない。しかし、たった一つのツイートが企業価値を40億ドルも奪いかねない時代となった今、このデリケートな問題をどのように解決するかは、リーダーにとってより重要な課題となってきている。経営者は、これらの問題をどのように理解し対処すればいいかを知る必要がある。そうすれば、株主を満足させ、従業員との信頼を築き、組織はより公平な結果を社会にもたらす責任があるという多くの人々の期待に応えられるような業績を同時に達成できるのだ。
そして、その課題は急速に拡大してきている。2016年にノースカロライナ州で、トランスジェンダーの人々が出生時の性別どおりでない公衆トイレを使用することを禁止する法案が可決されたとき、私たちはその課題を実感した。決済代行サービスのペイパルは同州への投資を抑制し、演奏家たちはコンサートやイベントを中止して反発した。金融サービス会社フランクリン・テンプルトンの社員エイミー・クーパーは、ニューヨークのセントラルパークで黒人のバードウォッチャーと人種差別的な口論をして、その動画が怒りの口コミとともにソーシャルメディアで爆発的に拡散されたことで、2020年に同社から即日解雇された。最近では、ジョージア州で州議会が選挙権を制限する法律を提案した際、地元に本社を置くデルタ航空とコカ・コーラが、激しい公開討論を経て、最終的にこの動きに反対する姿勢を示した。こうした要求の根底には、企業は公衆に対して一定の道徳的・倫理的義務を負っているという考え方がある。
一般市民、顧客、従業員、サプライヤー、さらにはソーシャルメディア上のインフルエンサーまでもが、組織や社会全体の正義と公平性の問題に関してリーダーが発言し、倫理的に行動することをますます期待するようになってきている。企業がステークホルダーの信頼を獲得し維持するためには、このような新たなリーダーシップの課題を誰かに委任したり、外注したりするわけにはいかない。また、今日の経営者の多くがビジネススクールに通っていた頃や、会社で出世街道を歩んでいた時代には、こうした課題に目を向けていなかったことは間違いないだろう。このような新しい課題に対応するには、ビジネスリーダーが倫理的リーダーシップをどのように理解し、実践するかという根本的な思考の転換が必要だ。
昨今の倫理的リーダーシップの概念では、リーダーは組織内(さらに社会の中で)の道徳的な個人であると考えられつつある。しかし、社内と社外のステークホルダーの期待のギャップをどのように埋めるかについては触れていない。投資収益を最大化するという受託者責任と、組織のパーパスを達成し、社会に積極的に貢献するという道徳的義務という、一見すると競合する規範や価値観を統合する必要があるようにみえる。このバランスをとるのは難しいことだ。たとえば、環境維持の目標を達成するために、二酸化炭素排出量を削減すべく製造工場を改修することは、正しい施策かもしれない。しかし、アップグレードや生産性の低下により、企業に何億ドルもの損失を与え、四半期収益にマイナスの影響を与え、バランスシートを悪化させ、株価を下落させる可能性もある。
CEOは、ヒーローやカリスマ的リーダーであることよりも、モラル・インテグレーター(モラルを統合し推進する人)にならなければならない。それは、この緊張感を認識し、自己認識を持ってコラボレーションと傾聴力を活用し、説明責任自体がさまざまな多様性をもった人々によって異なった定義づけをされる世界を導く人のことである。
倫理的リーダーシップの定義
モラルとは、正しい行動をとるための個人の基準だ。倫理とは、個人のモラルを成文化したもので、その人が下す決断や行動を反映させるものだ。たとえば、食用に動物を飼育することは道徳的に間違っていると考える人は、ヴィーガン(菜食主義)という倫理を選択するかもしれない。
では、倫理的リーダーシップとは何か、そしてモラルの統合・推進はどこに位置づけられるのか。倫理的リーダーシップは、2000年代初頭、不正行為によって倒産した有名なエネルギー企業、エンロンのような企業スキャンダルに呼応する形で始まった。学術的な文献では、倫理的リーダーの定義をこれまで以下の二通りに定義している。リーダー自身が道徳的に行動することを意味する「モラルパーソン」と、他の人々が道徳的に行動するよう鼓舞したり強制したりする環境を醸成することを意味する「モラルマネージャー」
その後、リーダー達がモラル・アントレプレナーシップという手法を導入し、それによって社会の道徳的発展に貢献でき、ステークホルダーの信頼をも構築できる新しい行動規範を促進させたことで、この定義の意味は深められた。例えば、シアトルに本社を置くグラビティ・ペイメントのCEOであるダン・プライスは、2015年に従業員の最低給与を7万ドルに設定した。また、生理用品メーカーがシスジェンダー(出生時の性別とアイデンティティが一致する)の女性のみならず、多様な性表現を持つ人々を広告に登場させているのも、その一例だろう。
倫理的リーダーシップがもたらす大きな業務上および財務上のメリットはすでに実証されている。研究によると、倫理的リーダーシップは、収益を向上させ、リターンを生み出すことが分かっている。金融詐欺のような企業の不正行為に直接対抗することができる。倫理的リーダーと従業員のポジティブなパフォーマンスには関連性があるのだ。従業員は、リーダーは常に倫理的に行動する人であると信頼できると、何か悪いことに気が付いたときに、より積極的に発言するようになる。倫理的リーダーのもとで働く従業員は、仕事への満足度が高く、より積極的に行動する傾向がある。社会心理学では、それを組織市民行動(OCB:organizational citizen behavior)と呼ぶ。OCBは、正式な業績管理や報酬制度の外側に存在し、組織にとって有益な(あるいは有益になることを意図した)従業員の裁量による行動を表す。たとえば、急な納期に間に合わせるために残業や休日出勤をする従業員や、オフィス全体の交流会をボランティアで企画し、チームメンバーの誕生日に手作りのお菓子を持っていく社員などが、OCBを実践しているといえる。倫理的リーダーはOCBを増加させる。また、OCBが企業業績の向上に寄与する要因であることが複数の研究で証明されている。
2つのケーススタディ
私は博士課程の研究の一環として、今まで公になった従業員が関与する反黒人人種主義の事件に対して、組織がどのように倫理的リーダーシップを発揮したかを分析した。その目的は、モラル・インテグレーターの役割について検証することだった。私は、過去3年間に米国で起きた上場企業での2つのケースに注目した。2つのケースは同じような経緯をたどっている。ある企業の従業員の人種差別的な行動が、見物人のスマートフォンで撮られ、それが急速に拡散された。すると、ソーシャルメディアユーザーがその従業員の会社をすぐに特定し、その会社のソーシャルメディアアカウントに組織としての対応を求める声が殺到したというパターンである。
1つのケースは職場で発生し、別のケースは職場の外で発生したが、その起きた場所による世間の反応に違いはなかったようだ。どちらのケースでも、企業はソーシャルメディア上での声明、プレスリリース、企業幹部によるニュースインタビューなどを織り交ぜて、事態に対処するための手段を詳細に説明しその状況に対応した。
型通りに処理されたケース
そのうちの1件は、ある企業の従業員が、問題の動画が拡散されるや否や解雇された。この会社のCEOは、ビジネスニュースのビデオインタビューでこの従業員を直ちに解雇した理由について述べ、経営陣の行動と組織が表明している価値観とを一致させるという観点から、"いかなる人種差別も許さない "と主張した。しかしながらジャーナリストたちは、元幹部や現役員が白人ナショナリズムとつながりのある政治家候補を金銭的に支援していたことや、同社で軽視されている人材グループの雇用や昇進の実績がひどいことを指摘し、CEOの描く同社の倫理観に疑問を呈した。
CEOは、同社のウェブサイトに掲載した公開書簡で、彼女自身と会社にとってダイバーシティとインクルージョン(D&I)が重要であることを繰り返し、D&Iが顧客への優れたサービスの提供や投資家へのリターンに直接貢献すると述べた。しかし、同社の四半期報告書や年次報告書には、D&Iに関する記載は一切無かった。また、この事件の後に行われた2回の決算説明会でも、この話題は触れられなかった。同社の経営陣もアナリストも、この話題を取り上げなかったのである。
この最初のケースは、組織のリーダーがモラルの統合・推進を欠いていることを例示している。CEOはメディアで事件や会社の価値観について、世間から期待されていることに合わせた発言をし、会社は従業員を迅速に処分したが、投資家とのコミュニケーションや人種差別の問題に対する積極的な姿勢に関しては、経営陣は沈黙を守っていた。つまり、表向きはD&Iに配慮しているように見せているが、内心では投資家とは無関係な問題ととらえている、というメッセージでもある。つまり、人種差別撤廃の話は、役員会で話し合われる議題ではなく、世間に体裁よく見せるためのものだったのだ。このような会社の対応では、事態を好転させることはできず、また、これが画期的な出来事として示されるものでもなく、ある意味、一般的な手法で処理された。会社の行動規範に違反した従業員を解雇することは、人事の確立された慣例であるだけだ。
この事件に対する世間の反応はさまざまだった。ビジネス誌の記者は、CEOがD&Iに熱心であることを賞賛した。一方、ソーシャルメディアのコメンテーターは、ひとりの従業員を解雇して通常業務に戻っても、組織的な問題には対処できていないとして、具体的な成果が得られないことを嘆いた。結局のところ、この事件と会社の対応は、収益や株価に悪影響を及ぼすことはなかったようだ。経営陣は投資家に対する受託者責任を果たしたが、一部のステークホルダーの期待には応えられなかったということだ。
問題の本質に対応したケース
私が調べた2番目のケースでは、経営陣の対応は異なっていた。この事件の結果、従業員は解雇されなかった。CEOと他の幹部は、事件を起こした従業員ではなく、ビジネスと社会における人種差別という大きな問題に焦点を当てた。この事件は、経営陣が無意識の人種的偏見について従業員に適切な訓練と教育を施さなかったことが原因であるとした。「これは私と私のチームの責任だ」とCEOは言った。ケーブルニュースジャーナリストの中には、このような同社の対応では、著名なブランドに対して問題を起こそうとする活動家のターゲットにされるのではないか、と疑問を呈する者もいた。あるインタビュアーは、問題は事件そのものよりも、その記録と共有の仕方にあるのではないかと推測した。しかし、役員たちはそれを否定した。その代わりに、人種差別は社会システム的な問題であり、根絶することはできないが、社内で対処することは可能であるとの認識を示した。そして、変化をもたらすための計画を明確に打ち出した。さらに、研修のカリキュラムをオンラインで公開し、他の組織でも利用できるようにしたのだ。
この事件とその対応にかかった費用については、事件後2回の決算報告会で経営陣が積極的に議論し、四半期報告書や年次報告書でも言及した。最も重要なことは、経営陣が謙虚であったことだ。この事件で被害を受けた人たちに会い、謝罪した。また、地域社会からの懸念に耳を傾け、学んだことを公にした。そして、この事件の後、会社の収益と株価は上昇し、会社はあらゆるステークホルダーから賞賛を受けることになった。
どちらのケースでも、経営者は個人の倫理観と組織のステークホルダーの期待、株主に対する受託者責任の両方を統合する繊細な作業を行おうとしていた。ステークホルダーに貢献するためにはコストがかかるため、必ずしもこれらの目標は短期的には双方で一致していないように見えるかもしれない。企業は、進化し続ける社会的な倫理規範に従って行動することで、ステークホルダーとの信頼を築き、維持しなければならないことを認識している。近年、環境・社会・ガバナンス(ESG)プログラムおよび報告書が注目されているのは、投資家やアナリストの間でこれらの必要性が認識されていることを反映している。
モラル・インテグレーションをどのように取り入れるか
CEOはどのようにすれば、反発を招くような事件を回避し、すべてのステークホルダーが納得するようなメッセージを発信できるだろうか?
ここで紹介した2つのケースにおいて、特定の経営者が際立っていた点は、彼らがステークホルダーと株主の期待、特に企業が持つ社会変革をもたらす能力に関する期待を同時にマネージメントし、ステークホルダーと株主の声に注意深く耳を傾けていたことだ。彼らは、従業員が関係する場面で被害を受けた人々と難しい対話をし、謙虚な姿勢で自分たちのビジネスが直面している課題を公に認めていた。
また、社会貢献活動への企業の参画を、単なる経費ではなく、企業や社会のためになる投資としてとらえ直した。たとえば、2番目のケースのCEOは、自社の文化に投資することで顧客体験を直接的に向上させ、それが収益と市場シェア(株式価値の主要な貢献要因)につながると説明していた。このCEOは、会社の行動を、倫理的リーダーシップの実践と受託者責任とを結びつけた言葉に置き換え、投資家が理解し納得できるようにした。
コーチングによるアプローチ
このようなアプローチを踏襲するためのひとつの方法として、適切な会話の仕方を学ぶことがあげられる。そこで役立つのがコーチングだ。対話は決してパフォーマンス的なものではなく、組織の有効性を高めるという自己中心的な目的のためだけに企業が利用するものであってもいけない。コーチは、組織のリーダーが倫理的リーダーシップを発揮できるよう、複雑な状況を理解する手助けをし、対話を通じて、優先順位の異なるグループ間で活発な意見交換と相互理解を生み出すことを可能とする。
また、自己認識を深めることも重要な要素だ。自己認識を深めることで、リーダーは自分の直感を信じ、自分の価値観に沿った行動をとることができるようになる。この2つの要素は、倫理的リーダーシップを実践する上で非常に重要だ。上記の2つ目の事例では、自己認識の高いリーダーは直感的に謙虚に行動し、問題の構造的な原因となる社会における人種差別に対処しようとした。
また、自己認識はレジリエンス(回復力)を向上させる。人を燃え尽きさせる最も確実な方法は、自分が間違っていると信じていることを、お金のために実行させることだ。より効果的で生産的な対話を行うために、リーダーは自分の言動が他者にどのような影響を与えるかを強く意識する必要がある。自己認識を深める方法は数多くあるが、その中でもマインドフルネスは最も強力な方法の1つだ。マインドフルネスは、神経科学的な研究によりその価値が実証されているにもかかわらず、しばしば矮小化されがちではある。
ステークホルダーとの協働
経営者は日々、モラルの統合・推進を必要とする出来事や現実に直面している。従業員による人種差別的な言葉を伴う動画、給与の公平性に関する懸念、持続可能な目標、ランサムウェアの要求など、対応すべき課題は枚挙にいとまがない。経営者は、既存のリーダーシップのあり方を超えて行動する能力を必要としている。彼らは、自らの整合性や誠実さに妥協することなく、ステークホルダーとより誠意をもった形でつながる方法を理解する必要がある。モラル・インテグレーターとして、自分たちの行動を株主に理解されやすい言葉に置き換えることで、社会正義を推進するためのイニシアチブを受け入れてもらえるよう、株主に影響を与えることができる。同様に、組織のリーダーは、ステークホルダーと協働して、彼らの懸念や変革への要望を理解し、解決策を実行するためのアプローチを定めていくこともできる。最終的に、これらのアプローチは、社会からの信頼を築き、持続可能な株主価値を生み出す結果に繋がるのだ。
【筆者について】
リズ・スワイガートは、PwC USのトラスト・ソリューション・プリンシパルである。シカゴ職業心理大学院で組織リーダーシップの博士号を、セント・トーマス大学でMBAを取得している。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】A new role for business leaders: Moral integrator
(2021年8月16日のstrategy+business magazineに掲載された記事の翻訳。 strategy+business magazineの許可を得て翻訳・掲載しています。)
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