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新時代の後継者候補を定義する5つの問い(前編)
2023年09月20日
CEOの後継者育成計画は、これまでになく困難を極めている。しかし、今日未来にむけてリーダーが自らに問うべき問いがある。
戦後から2020年3月頃まで、経営陣による経営者の評価基準は、主に効率を最大化し、安定した業績をあげる能力に重点が置かれていた。財務成績と株主価値が主要な指標であり、CEOの影響を測る重要な尺度は、利益のガイダンスをほぼ完璧に達成する能力であった。企業価値の大半が製造システムと物理的な資産に依存していた時代だった。このことは、効率性の追求を一種の規律、まるで武道のようなものと位置づけ、リーダー達は「黒帯」を目指すようになった。この時代、世界各国の政府は資本が安価な労働力を追いかけやすいように働きかけていた。グローバル化によってCEOと経営陣は、景気サイクルの浮き沈みや金融危機に度々さらされながらも、長期的な成長を促進するための比較的安定した基盤を手に入れた。
外界の変化への対応能力
しかしながらここ数年で、大きな変化が起きている。今日のバランスシートには、知的財産やデジタル機能など、かつてないほど多くの無形資産が含まれている。株主の活発化、地政学的緊張、技術の飛躍的進歩、マクロ経済の変化など、一連のうねりが資本主義の本体に揺さぶりをかけている。このような新たな状況の中で、「優れた」リーダーシップとはなにかという定義は絶えず再評価されている。環境・社会・ガバナンス(ESG)やダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包括性)など、数年前までは優先順位が低いとみなされていた課題は、今や最重要課題となっている。CEOには、この拡大し続ける懸念事項への対応能力が求められている。フォーチュン50社のある取締役は、「問題やプレッシャー、活動家たちを管理する上で、外部からの圧力が非常に大きくなっており、従来のCEOとしての活動は不可能になりつつある。私たちは、その役割を見直さなければならない」と語っている。
定量的な評価から定性的な評価へ
さまざまな業界の取締役会、CEO、経営幹部と接し、私たちは日々このテーマについて数多くの議論をしてきている。環境が不安定で、企業資産のほとんどは無形であるという前提のもとで、効果的なリーダーシップをどう定義すべきだろうかという議論である。かつては経営陣の評価に科学的な要素を与えることを目的として、リーダーシップを定量的に評価していた。それが現在は、成功につながるリーダーの定性的な資質を理解する方向へ変化してきている。リーダーがどのように行動し、どのようにチームを作り、どのように人材を育成するのか、そして、どういう数字(業績)をつくってきたかだけでなく、リーダー自身がどのような人物なのか、という視点の変化である。このような多岐に渡る文脈の異なる議論から、一貫したパターンが浮かび上がってくる。これらのパターンは、従来の「コンピテンシー(能力)」やCEOのサイコメトリック(計量心理学)的な評価に焦点を当てることに疑問を投げかけ、代わりに十分に掘り下げた現実的な対話の重要性が浮上してきている。
この変化がいかに急速に進んでいるかを示す一例として、2019年にCEOの後継者リストの上位にいた多くのリーダーが、現在では取締役からもはや適任ではないとみなされていることがあげられる。その代わりに取締役会は、ヒエラルキーや予測可能性にあまり執着しないリーダーを以前にも増して真剣に探している。私たちが関わってきた組織のうち、10~15%は、2019年頃のトップ後継者像が依然として最良の選択だと信じているが、トップにランクされていた経営幹部たちも多くの場合、自らのリーダーシップアプローチにおいて重要かつ明白な自己改革を遂げているのだ。
ここでは、成功するリーダーに必要な基礎的資質を定義するため、未来のリーダーに問うべき5つの重要な問いを紹介する。
1. 地図がないときにコンパスを頼りにリードできるのか?
数年にわたる詳細なロードマップを記した戦略計画は、もはや現実的ではない。今日のリーダーは、魅力的な目標を設定し、霧の中をコンパスを使って導いていく必要がある。フォーチュン25の企業のあるベテランCEOは、「明日、新たなデータを入手し、今下した決断を覆さなければならなくなるかもしれないことを認識しながら、今日決断する準備ができなければいけない」と語った。さらに「新しい情報に従う勇気が必要だ。仕事には常に曖昧さがあったが、環境がこれほど流動的だったことは過去にはなかった」と語る。
取締役会やCEOが後継者候補に期待しているのは、組織が今後軌道修正が必要かどうかを示す方向性とKPIを提供できる能力である。ニューヨーク・タイムズ社の元CEOで、現在はアンセストリー社の取締役会長であるマーク・トンプソン氏は、「私たちは、1、2世代前に比べて、はるかに非連続な時代に生きている」と語る。「リーダーにとって完璧な戦略を見つけることが目標ではない。組織がよりオープンで柔軟で、変化に適応できるように支援することが求められているのだ」
この変化は、より動的で個別のリーダーシップ・アプローチ、そして基本的な組織プロセスの再構築を求めている。ドイツに本社を置く多国籍コングロマリットであるシーメンスは、年間目標に対する従業員のパフォーマンスのトラッキングを廃止した。これは、米国シーメンスのCEOであるバーバラ・ハンプトンが「パフォーマンス・マネジメント劇場 」と呼ぶ長い間存在していた慣行であった。その代わりにシーメンスは、全社的な4つの優先事項(顧客への貢献、目的を持ったテクノロジーの開発、成長への姿勢、権限委譲)を中心に、リーダーのための目標の枠組みを開発し、従業員に変革を受け入れるよう促した。リーダーは、これらの目標に対する進捗状況について、直属の部下と常にコミュニケーションをとることが求められた。
ハンプトンいわく、「私たちはかつて、完璧なリーダー像ありきという産業化時代の考え方を持っていました。たとえば10の特性を1から10のスケールで評価するようなものです。あなたは100点満点のリーダーなの、それとも0点と100点の間のどこかに位置していて、成長が必要なリーダーなのか。我々はそのようなモデルを完全に廃止しました」
業績向上には様々な要因が絡むが、この新たな対策が同社をマイナスの方向にもっていっていないことは確かで、昨年度の成長率は8.2%であった。
2. 不確実性をチームスポーツのように、受け入れることができているか?
「曖昧さに対して快適でいられるかどうか」は、リーダーシップ評価の場で長年定番化していたが、役割そのものが曖昧になっている今日、もはや有用な尺度ではなくなりつつある。より適切な尺度とは、リーダーが適応力を企業全体の重要なスキルとして浸透させることができるかどうかである。そのためには、リーダーが組織の不確実性を受け入れるための物語をつくりメンバーと共有する必要がある。すなわち、組織に対するメッセージは次のようなものになる。「未来は不確実だが、われわれはそれを受け入れることができるはずだ」
米ソフトウェア会社インチュイト社に18年勤めたササン・グダルジが2019年にCEOに就任した際、彼は「何がうまくいかないか」よりも「何がうまくいくか」に焦点を絞って企業文化をつくり直したいと考えた。グダルジは意図的にチームの5つの優先事項を「賭け」という言葉で表現した。「私たちは"賭け"という言葉を使って、これが新しいフェーズの始まりであること、我々は大胆な動きをとる勇気があること、さらなるリスクをとる覚悟があることを伝えたいのです」と彼は言う。「失敗することもあるだろうし、間違いを犯すこともあるだろう。」そう彼は話していたが、これまでのところ、業績は市場の予想を上回っている。
3. 彼らの言動は一致しているのか?
ステークホルダー資本主義が台頭する中、リーダーは株主や従業員など、幅広いステークホルダーからの監視にさらされている。リーダーが優先すると言っていることと、実際に実行していることの間にギャップが生じると、彼らは非難されることになる。
例えば、ある大手テクノロジー企業では、CEOが、長期的な事業展開によって企業がどのように事業の未来を再構築できるかについて説得力のあるビジョンを示し、従業員や投資家を鼓舞した。しかし社員は、毎日のオペレーションでは上長のマネージャー達は四半期ごとの業績に焦点を当てているだけだと感じていた。同社の上級管理職や中間管理職への数十回に及ぶインタビューから得た結果は、将来のビジョンがまだ社内に十分に共有されていないように、彼ら自身も感じていた。ある副社長は、「我々は財務戦略を持っているが、事業戦略を持っていない」と語った。
経営陣はこのフィードバックに衝撃を受けたが、事業のレビューや全体ミーティングでは四半期ごとの財務報告だけが強調されていることをあらためて認識した。「私たちは、会社を長期的な目標に向かわせることを怠ってきた。それを変えなければならない」と、ある上級副社長は言った。それから9ヶ月間、上級幹部たちは世界中を回り、社員にビジョンを再確認させ、直近の指標はマイルストーン(途中目標)に過ぎないことを強調した。エンゲージメントと明確性は向上し、同社は今日、同業他社を上回る業績を達成している。
取締役会のメンバーやCEOが経営幹部候補を評価する際、審査の初期段階でシンプルなテストを適用するようになってきている。それをもとに候補者が述べている事業運営の目標と、資本、人材、その他のリソースの配分方法が一致しているかを確認している。「もしあなたがそれが重要だと言うなら、あなたの予算はそれが重要であることを示していますか?」長いキャリアの中でCEO職を4度経験している取締役のボブ・ブレナンは、そのように言った。「『私の戦略と事業の優先順位について説明させてください』と候補者から言われたら、私は『あなたの営業経費報告を見せてくれたら、あなたの戦略を私が読み取るよ』と言うだろう。」
特にCEOレベルでは、リーダーの言動と行動にズレが生じると、企業にとって評判や業績上のリスクが生じる。取締役会は、このようなギャップを最小限に抑えた実績を持つ候補者を求めている。
(後編はこちら)
【筆者について】
デイビッド・ライマー、ハリー・フォイアスタイン、アダム・ブライアントはそれぞれ、シニア・リーダーシップ開発およびエグゼクティブ指導を行うExCoグループの最高経営責任者(CEO)、社長、およびシニア・マネージング・ディレクターである。
【翻訳】Hello, Coaching! 編集部
【原文】The five new foundational qualities of effective leadership
(2023年6月14日のstrategy+business magazineに掲載された記事の翻訳。 strategy+business magazineの許可を得て翻訳・掲載しています。)
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