プロフェッショナルに聞く

さまざまな分野においてプロフェッショナルとして活躍する方たちに Hello, Coaching! 編集部がインタビューしました。


「ガラパゴス化」する日本のスポーツ界
日本におけるスポーツの地位向上はどうしたら実現できるか
スタンフォード大学アメリカンフットボール部 オフェンシブ・アシスタント 河田剛氏

第3章 「勝利至上主義」ではいけないのか

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第3章 「勝利至上主義」ではいけないのか
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2018年上期、日本ではスポーツに絡むさまざまな問題が世間を賑わせました。そんな中『不合理だらけの日本のスポーツ界』(ディスカヴァー)という本を出版された河田剛さん。河田さんは、日本で社会人リーグのアメフト選手、コーチとして活躍した後アメリカに渡り、現在、米国スタンフォード大学アメリカンフットボール部のコーチを務めていらっしゃいます。Hello, Coaching! 編集部では、河田さんにアメリカと日本のコーチの違いを伺おうとインタビューを申し込みました。ところが、河田さん曰く「アメリカと日本ではそもそも社会におけるスポーツ全体の位置づけが違うので、日米のコーチの違いだけ取り出して話すのは難しい」とのこと。そこで企画を変更し、河田さんがぜひ多くの人に知ってもらいたいというアメリカのスポーツ界の事情についてお話しいただきました。

第1章 オリンピックで世界一メダルを獲る国は何をしているのか
第2章 スポーツはビジネスそのものである
第3章 「勝利至上主義」ではいけないのか

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

コーチにとって「勝つこと」は必然

河田さんがが関わっていらっしゃるアメフトのコーチの体制はどのようになっているのですか。

河田 アメリカには、大学のスポーツクラブ間の連絡調整や管理などの運営支援を行う全米大学体育協会(以下、NCAA)という団体があります。NCAAでは、それぞれのスポーツでⅠ~Ⅲの3つのディビジョン(区分)があり、スタンフォード大学のアメフトチームは、ディビジョンⅠに入ります。そして、1チームのフルタイムコーチの数についてはNCAAが定めたルールがあるんです。つまり大学の同じディビジョンにいる大学のチームは、どの学校も同じ数のフルタイムコーチしかいません。

スタンフォード大学のアメフトチームが入っているディビジョンIのルールは、1つのチームあたりヘッドコーチが一人で、フルタイムコーチは10人。それ以外はサポートスタッフで、アシスタントとかクオリティ・コントロールと呼ばれます。僕もその一人です。その下に、大学院生の学生コーチがいます。この学生たちの学費は大学が出しています。学費を大学がもつ代わりに、彼らはコーチとして学生を指導するのです。

スタンフォードの場合だと、ヘッドコーチの下にオフェンス、ディフェンス、スペシャルチームの3つのグループがあり、それぞれにコーディネーターと呼ばれるトップがいて、その下に、僕らのようなアシスタントがいるという体制です。ヘッドコーチはすべてのコーチの責任者です。すべてのコーチが、将来ヘッドコーチになることを目指して、下から経験を積んでいきます。

コーチに求められる資質はどのようなものだとお考えですか。

河田 僕たちコーチの仕事は、とにかく試合に「勝つ」ことです。勝たなければクビです。日本では「勝利至上主義」はまるで悪いことのように言われることがありますが、「勝利至上主義」はコーチにとって、当然のことだと思います。

いけないのは、「勝利至上主義」のみを最優先にして、生徒たちをケアすることを忘れてしまう場合です。「勝利至上主義」と「選手をケアする、選手を教育すること」は両立します。

日本の場合、さっき言ったように「一つのことをやりきる」ことが美徳と考えられているので、「勝利至上主義」となると、実際にそれだけが最優先事項となってしまう傾向があるのかもしれません。だから日本では「勝利至上主義」にネガティブな印象をもつ人が多いのだと思います。

アメリカのスポーツにおいては、「勝利至上主義」と「選手へのケアや教育」の両立が当然のこととして考えられているのでしょうか。

河田 当然というか、両方ができていないコーチでなければ淘汰されます。そもそも両方できていなければ、結果が出ないと思います。つまりコーチとして無能ということです。ですから、トップ・オブ・トップにはそういうコーチはいません。とはいえ、アメリカ全土では当然そういうコーチもいるのではないでしょうか。どこの世界も上から下まで見ればそれほど変わらない部分もあると思います。でも、そういうことを言っていても何も始まりませんよね。だから僕は、あえて特にいいと思うところを発信するようにしています。

「好き」も欠かせない資質

そのほかにコーチに求められる資質や能力にはどのようなものがありますか。

河田 リクルーティング(選手の獲得活動)に関するミーティングをしていると、「この選手は本当にフットボールが好きなんだ。だからいい選手なんだ」という話が出ることがあります。初めの頃はそれを聞いて「あたりまえだろう?」と思っていたんですが、それが大事なファクターであることがだんだんわかってきました。スタンフォードにリクルーティングされるような選手は、高校時代に野球のスターだったり、バスケットのスターだったり、アメフトのスターだったりします。彼らにはいろんな選択肢があるんですね。だから彼がどのスポーツを愛しているかは重要なことなのです。

その選手がいずれコーチになっていくことを考えても、その競技を本当に好きであることは大事なポイントだと思いますね。指導者として大事なのはその競技のエキスパートであることですが、その点でもその競技が本当に好きでないと、探究というか、深く掘り下げて考えないでしょう。コーチにとって、その競技を本当に好きかどうかは重要なことだと思います。

エキスパートというのは「その競技をよく知っている人」という意味です。その競技で結果を残しているかどうかは関係ありませんし、さらにいえば、競技経験があるかないかもコーチにとってはさして重要ではありません。大事なのは結果ですから。

アメフト世界一の国がインドなら、インドに行く

河田さんにとってのアメフトの魅力はどんなところにあるんでしょうか。

河田 僕は、どんなことでも「変化がある」ことが好きなんです。アメフトは、毎年ルールが変わっていきます。安全性の面での変更もありますが、エンターテイメント性を高めるためのルール変更もあるんです。「お客さんが楽しんでくれるようなルールにしよう」というのが多くあります。そういうところは好きですね。

あとはやはり、自分にとってアメフトは、人生を教えてくれるものでもあります。「うまくいくことばかりではない」ということや、負けたときはくやしいけれど、そこからどう這い上がっていくかを教えてくれるもの。もちろんこれはアメフトに特有というわけではありませんが、僕にとってのアメフトはそういうものです。

僕は、いまアメリカにいて、アメフトの現場で起きていることを発信していますが、決して「アメリカが好き」なわけではないんでです。「アメリカ」ではなくて「アメフト」が好きなんですよ。もしアメフトの世界のトップリーグが日本に存在するならば、明日にでも荷物とまとめて帰ってきます。もしそれがインドにあったら、インドに行きます。

そんなに好きなものに出会えたというのはとても幸せなことですね。

河田 そうですね。いつの間にかこんなふうになってしまいましたね。

最後に、今後はどういうことをしていきたいと思っていらっしゃるか聞かせてください。

河田 いまは学生チームのコーチですが、いずれはプロ、つまりNFLに行ってみたいと思っています。スタンフォードもさまざまな面で特別な場所なので悩みますけどね。

今日はいろいろなお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

(了)

聞き手・撮影: Hello Coaching!編集部

不合理だらけの日本スポーツ界

著者:河田剛

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