さまざまな分野においてプロフェッショナルとして活躍する方たちに Hello, Coaching! 編集部がインタビューしました。
日本におけるスポーツの地位向上はどうしたら実現できるか
スタンフォード大学アメリカンフットボール部 オフェンシブ・アシスタント 河田剛氏
第1章 オリンピックで世界一メダルを獲る国は何をしているのか
2018年08月30日
※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
2018年上期、日本ではスポーツに絡むさまざまな問題が世間を賑わせました。そんな中『不合理だらけの日本のスポーツ界』(ディスカヴァー)という本を出版された河田剛さん。河田さんは、日本で社会人リーグのアメフト選手、コーチとして活躍した後アメリカに渡り、現在、米国スタンフォード大学アメリカンフットボール部のコーチを務めていらっしゃいます。Hello, Coaching! 編集部では、河田さんにアメリカと日本のコーチの違いを伺おうとインタビューを申し込みました。ところが、河田さん曰く「アメリカと日本ではそもそも社会におけるスポーツ全体の位置づけが違うので、日米のコーチの違いだけ取り出して話すのは難しい」とのこと。そこで企画を変更し、河田さんがぜひ多くの人に知ってもらいたいというアメリカのスポーツ界の事情について語っていただきました。
第1章 | オリンピックで世界一メダルを獲る国は何をしているのか |
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第2章 | スポーツはビジネスそのものである |
第3章 | 「勝利至上主義」ではいけないのか |
※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
「日本のスポーツ界をなんとかしたい」
河田さんは「日本のスポーツ界を変えたい」という思いがあって、さまざまなかたちで発信を始められているとお聞きしました。まずはどういう背景があって、そのような取り組みを始められたのかを教えてください。
河田 2007年にスタンフォードで働き出してまず驚いたのは、アメリカにおけるスポーツの社会的な地位やそのビジネスレベルがとても高かったこと。それから、スポーツをしている大学生がものすごく勉強していることです。彼らはある一定の評定平均をとらないと、試合にも練習にも出ることができません。ですから、アスリートとして活躍しようと思ったら、勉強せざるを得ないわけです。日本の場合、大学スポーツというと学業よりもスポーツの実績が重要視される傾向が強くあると思うのですが、アメリカは状況がまったく異なります。
スタンフォードで働き始めて1年経った頃に、北京オリンピックがありました。北京オリンピックでアメリカが獲得したメダル数は110個です。そのうちOBやOGを含めスタンフォード大学から出たメダルは25個。スタンフォードでの1年間で、学生アスリートがどれだけ勉強しているのか、また、学生アスリートやオリンピック選手たちが競技をやめた後に、政治家やビジネスマン、起業家等、社会に好影響を与えているさまを目の当たりにしてきた私は、大きなショックを受けました。「アスリートをやめた後、輝かしいキャリアをもつであろう人たちが一つのキャンパスから獲得したメダル」と「競技しかしていない、競技だけに集中することを許されている選手たち。競技のみをすることを強いられていて、引退後のキャリアや社会への影響がまったく見てとれない、一つの国が獲得したメダル」の数が、同じでよいはずがない。
北京オリンピックでの日米の差を見て、「日本のスポーツ界をなんとかしないといけない」と思い、スタンフォードの卒業生である佐々木紀彦さんが編集長を務めるNewsPicksで連載をもたせていただきました(『スタンフォード・スポーツフィロソフィー』)。それをきっかけに他のメディアからお声がけをいただくなど発信の機会が増えてきました。
発信の対象としてはどういった人たちを想定されていますか。
河田 日本のすべての人にアメリカのスポーツ界の現状を知ってもらいたいと思って発信しています。今のやり方でもオリンピックでの日本のメダル獲得数は伸びてきているので、やり方をすべて変える必要はないのかもしれませんし、アメリカの真似をしてほしいと思っているわけでもありません。それでも、まったく違うやり方で世界で一番メダルを獲っている国があることを、事実として知ってもらいたいと思っています。
日本人はスポーツに向かない?
日本のスポーツ界が変わっていくためには、何が鍵になるのでしょうか。
河田 実はどうしたら変わっていくかは見えていません。また、変わるのに時間がどのくらいかかるかわからないし、実は、変わっていくのは難しいのかもしれないとすら思います。「なんとかしなければ」という思いからいろいろ発言はしているものの、私自身、具体策があるわけではないんです。ただ、もし答えがあるとしたら大学教育を変えることかもしれません。
「変わるのが難しいかもしれない」と思われるのはなぜですか。
河田 これは僕の個人的な考えなのですが、日本人はフィジカル面でのハンデに加えて、そもそもメンタリティの部分でスポーツに向いていないのではないかと思います。
なぜかというと、日本の文化には「一つのことをやりきる」という美学が脈々と息づいていると思うからです。メディアも国民も、そういった話が大好きです。一方、アメリカの場合は、多くのことをやって、その中で「優先順位」をつけ、「合理的な判断」をして「選ぶ」。それが基本的なものごとの考え方、進め方です。アメリカでは、子どもがいろんなスポーツをやるマルチスポーツが基本ですが、それも結局同じような発想からくるものだと思うのです。こうした考え方があることで、スポーツにおいて素晴らしい結果を残すシステムが生まれているんですね。
子どものときにアスリートとして活動する上で、足が速いことが邪魔になるスポーツは一つもありません。もちろん足の速さが必要とされないスポーツはありますが、少なくとも邪魔になることはない。であれば、陸上を真剣にやって走り方を学べばいい。陸上の大会がある期間は2,3ヶ月なので、そのシーズンは陸上をやり、空いているシーズンには自分の好きな他のスポーツをやればいいのです。それはとても合理的な考え方です。
日本人に決定的に足りないのはその「合理性」です。先ほどもお話ししたように、日本の場合は、一つのことだけをやり抜くという美学があるので、多くの場合、子どもたちは一つのスポーツしかやりませんよね。
アメリカの場合、いくつもの活動の中で、子どもは自然に「優先順位」をつけることを学んでいきます。この中には勉強も入ります。同じことを並行してやることや、優先順位をつけることを学んでいくのです。日本人は、こんなに優秀で勤勉な国民なのに、一つのことだけしかできない。もったいないと思います。
それに、日本の場合、スポーツというより、体を育む「体育」という考え方なんです。また、儒教思想から来る「年上の人を敬う」という考え方の影響もあるせいか、スポーツ界にはとくに厳しい上下関係が生まれてしまっていますよね。
(次章に続く)
聞き手・撮影: Hello Coaching!編集部
1972年7月9日生まれ。埼玉県さいたま市出身。1991年城西大学でアメリカンフットボールを始め、1995年リクルート関連会社入社と同時にリクルートシーガルズ(現オービックシーガルズ)で活動。選手として4回、コーチとして1回、日本一達成。1999年の第1回アメリカンフットボール・ワールドカップ優勝メンバー。2004年に引退後、オービックシーガルズでコーチ就任。2007年に渡米し、スタンフォード大学アメリカンフットボール部でボランティアコーチ就任。2011年より正式に採用され、オフェンシブ・アシスタントに就任。現在、オービックシーガルズのアドバイザー、大阪経済大学客員教授も務める。現在、日本人の選手や指導者の中で、米プロフットボールNFLに最も近い存在。
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