講演録

株式会社コーチ・エィにおいて行われた講演会の記録です。


リクルートからJリーグチェアマンへ!一流ビジネスマンが挑むJリーグ改革
Jリーグ チェアマン 村井満 氏

第3回 世界のトップリーグとJリーグとの違い

第3回 世界のトップリーグとJリーグとの違い
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2017年10月23日開催の株式会社コーチ・エィ主催のセミナーで、第5代日本プロサッカーリーグチェアマン(Jリーグ)村井満氏に、ご自身がチェアマン就任以来実践されてきたJリーグの改革について語っていただきました。本シリーズでは、村井氏の講演内容を6回にわたってお届けします。

第1回 Jリーグの試合を面白くする
第2回 トッププロだけがやっていること
第3回 世界のトップリーグとJリーグとの違い
第4回 新たな投資先
第5回 サッカーの本質はミス?
第6回 サッカーをもっと身近に

ドイツのサッカー人材育成戦略

帰国後に早速ドイツのことを調べ上げると、面白いことがわかってきました。

ドイツは、ブンデスリーガ1部、2部の36クラブすべての選手育成システムを、「フットパス」というベルギーのベンチャー企業の開発したシステムを使って徹底的に分析していました。400項目くらいにわたり点数をつけ、点数が高いチームには、リーガがチームにインセンティブとして配分金を投資するような仕組みになっていたのです。

一方、これまでのJリーグは、まるでダメな営業所長のようでした。結果指標、つまりトップチームの競技成績ばかりを追いかけていたのです。ビジネスでは、結果以外にも、クロージングの件数、客先でのプレゼンテーション件数など、成約の前段階のプロセスを指標化し、考慮していくのが当たり前です。しかしJリーグは育成になんのインセンティブも働かせていなかった。ドイツのサッカーでは、まさにそれをやっていました。

日本の育成システムに欠けていたもの

そこで、私たちも、なけなしの収入から2億円を使って先の「フットパス」と契約をし、Jリーグの育成の分析を依頼しました。すると、ドイツの育成システムの平均点が100点だとすると、日本のクラブの総合点は40点くらいという結果でした。

「フットパス」で分析する項目は、いろいろあります。育成設備の充実度、病理学系カウンセラーの有無、技術ではなくビヘイビア(行動)をコーチングするコーチやキャリアカウンセラーの有無などなど。日本の育成の業界には、今挙げたようなものはほとんどありません。

特に驚いたのは「個の育成」という項目でした。これについては、日本のほとんどのクラブが0点でした。「個の育成」という項目には、「オーナーシップ」という項目が関わってきます。「オーナーシップ」とはどういうことかというと、まず「明日の対戦相手がどういった特徴を持つチームなのか」を選手が考え、それを想定して「今日はこのような練習をやりましょう」と選手側からコーチ陣に提案した時間が全体の練習の何%だったかを指標化したものです。

日本では、子どもの頃からティーチングばかり受けていますから、自分はどうしたいのかとを口に出して言うことはありません。また、そもそも先生やコーチに対して、自己主張をすることはある種のタブーとされています。ですからこの項目は0点になってしまうのです。

観察し、選択し、やりきる

私には忘れられないシーンがあります。ブラジルワールドカップのコートジボワール戦、1点リードでドログバ選手が登場。雨でピッチは少し濡れていて、ディフェンダーは緊張で顔が引きつっていました。日本代表のザッケローニ監督は、ベンチから指示を出していますが、場内に轟く歓声で選手の耳には届きません。試合の中で必ず訪れる瞬間です。

そういった瞬間に向けて、ドイツの選手たちは何をトレーニングしていたと思いますか。ベンチからの指示が届かない中、自分たちで観察する力、次の選択肢を並べる力、それをジャッジして選択する力、選択を周りに忠実に伝える力、それら全体を統率する力、それをやりきる力、そしてそれをまた観察する力。これをぐるぐる高速で回していくトレーニングをやっていたのです。

この「フットパス」の分析から、Jリーグはどちらに向かっていけばいいのか、なんとなく道筋が見えてきました。今まではただ「強くなりたい」と言っていました。でも、自分たちの現在地が分かったので、どのくらいのスピードで、どこに向かっていけばいいのかということが明確になってきたのです。

選手の動きを可視化する

もう一つ、魅力的なJリーグにするために投資したことがあります。ミサイルの追尾技術を転用したトラッキングシステムを、J1の全スタジアムに導入しました。スウェーデンの軍事技術会社の技術で、ピッチ上で動くすべてのものを専用カメラが追尾し、データ化するシステムです。これによって、フィールドにいる全選手とレフェリーとボールを試合中ずっと追いかけることができるようになりました。

野球は1つ1つのプレーが分割されていますが、サッカーは連続した瞬間が続くスポーツです。これまでのようにカメラで全体を撮るだけでは、選手一人ひとりの動きを追いかけることができず、取得データといえば、点数、シュート数、コーナーキック数、反則の数といったものでした。しかし、トラッキングシステムが導入されたことによって、すべての選手について、ライブで、空間と時間で掛け合わせたデータ解析ができるようになりました。たとえば、試合中の走行距離、選手間の平均距離、走行速度、加速力、こういったデータが1試合で千を超える項目が取れるようになっています。

Jリーグの現在地を確認する

これによって、Jリーグとヨーロッパ王者のレアル・マドリードの試合データの比較も、週ごとに出せるようになりました。たとえばパススピードを見ると、Jリーグでは毎秒8mですが、レアル・マドリードは毎秒9mです。秒速1mくらい早いことがわかります。サッカーは広いスタジアムでやっているイメージがあると思いますが、一つひとつのプレーを見ると、コンマ1秒先にフォワードが触れば得点、逆にディフェンダーが触ればシュートミスで終わる、といったシーンがたくさんあります。実はコンマ1㎝、コンマ1秒を争う、ミクロの世界の戦いなのです。

レアル・マドリードの選手たちは、走るより速いスピードでボールを出しているので、どんどんパスが出てそれが繋がり、最終的にシュート、そしてゴールに結びつく可能性が高くなります。練習を重ねさえすれば強くなるわけではなく、「Jリーグのパススピードを、この10年間でどのくらい上げていくのか?」といった具体的な目標を決めて集中していくことが「強くなる」ことなのです。現状、Jリーグがレアル・マドリードに勝っているのはファウルの数くらいです。自慢になりませんね。

こういったデータを毎週見ることができるようになったことで、Jリーグの現在地が確認できました。そして、こうした一つひとつのデータや要素を見つけたら、徹底的に調べることがとても重要なのだと思います。

(次回へ続く)


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