医療/福祉現場での対話の価値

制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。


医療はもっと変わっていける
近畿大学医学部小児科学教室 主任教授 杉本圭相先生インタビュー

第1章 コーチングがもたらした自身の変化、関わりの変化

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第1章 コーチングがもたらした自身の変化、関わりの変化
メールで送る リンクをコピー
コピーしました コピーに失敗しました

大学病院という組織においてリーダーとしてどう行動するかを悩んでいらした杉本先生。コーチングに出会い、自分自身や周囲の人との関係性にどのような変化が現れたのか。また、働き方改革の改善に向けた院内コーチングは何をもたらしたのか。医療現場におけるコーチングの可能性についてお話しいただきました。

第1章 コーチングがもたらした自身の変化、関わりの変化
第2章 院内コーチングの実践で感じた医療業界におけるコーチングの可能性

本記事は2023年3月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

 どのようなきっかけでコーチ・エィ アカデミアに興味をもたれたのでしょうか? 

杉本 2018年4月に近畿大学医学部小児科学の主任教授に着任しました。着任当初から、幹部への上申がうまくいかなかったり、部下と話をする際も自信がもてず、ただ話を聞くだけにとどまってしまったりなど、もどかしさを感じることがよくありました。

組織内において自分がリーダーとしていかに行動するべきか、どういった貢献ができるのかなど日々悩んでいるときに出会ったのが、『コーチングで病院が変わった』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本です。その本で様々な病院でのコーチングの取り組みを知り、「私たちの病院では何ができるかな?」と考えるようになりました。その後、コーチング・プログラム説明会に参加し、「これは自分の抱えている課題を解決してくれる、今後自分が目指している病院像を考える時にきっと役立つものだ」と感じ、すぐに申し込みを決めました。

 当時、どのようなことを課題だと感じていらしたのでしょうか?

杉本 2020年からのコロナ禍で病院が厳しい状況に置かれる中、スタッフ全員で事態に対応していくためには、トップダウンではなくみんなで話し合ってお互いに理解できる病院にしていくのがよいと考えていました。

 杉本さんが目指していた病院像とはどのようなものだったのでしょうか?

杉本 近大病院は、2025年にちょうど50周年を迎えます。新病院として移転が決まっており、自分が生まれた年に設立された病院が大きく変わっていくことにワクワクした気持ちがあります。このタイミングで、外側だけが変わるのではなく、中身も変わっていきたいと考えました。

近大には優秀な人がいっぱいいるのですが、周囲と協調し合うことで、もっと盛り立てていくことができると思っています。そこに向けて目標を定め、対話を重ねることで、全体を変えるような火種をつくりたいという思いで、まずは自分ができることから始めようと思いました。

オンラインクラスで感じた病院と他の組織の違いとは

 実際に受講をスタートされてみて、どのようなことを思っていますか?

杉本 正直なところ、よくわからずに飛び込んだコーチングの世界でしたが、大正解でした。今の私にとっては欠くことができない思考、コーチングという存在自体がパートナーとなりました。もっと早く知っていれば、今の自分はもっと違う自分だっただろうなと考えたりもしましたが、こういう出会いはタイミングがあるので、私にとってのタイミングが「今」だったのかもしれません。

 コーチ・エィ アカデミアのオンラインクラス*には他職種・他職位のリーダーが参加されます。その環境は杉本さんにとってどのように映りましたか?

杉本 クラスで出会う他の受講生は、普段は接することのない職業の方々が多く、いろいろな価値観や考え方に触れることができました。また、いろいろな参加者の方の話を聞いていると、組織内で面談をする機会をもたれていることがわかります。面談を通じていろいろな課題に気づき、その中からある程度コーチングを学ぶ目標を定めている方が多いことも印象的でした。

みなさんの話を聞いていて思ったのは、病院にはそれほど面談の機会がないことです。我々医師は、そうした機会があまりにも持てていないかもしれません。病院という組織は特殊だと思いますが、おそらくずっとそこにしかいないから、わからない、気づかないことが沢山あると感じています。

 医療現場の場面で、コーチングの学びはどのように活かされましたか?

杉本 コーチングを学び始めて感じたのは、病院では「承認」が不足していることです。患者さんから感謝していただくことはもちろんたくさんあって、それはそれで嬉しいのですが、自分の働きを見てくれる人からの承認がもっと必要なのではなのかと思うようになりました。コーチングをしている中でも、相手が話してくれたことに対して「いいですね」と一言受け入れの言葉を伝えるだけで、「そういう風に言ってもらえてよかったです」と言われたり、「ダメなことだと思っていたけど、杉本さんに言ってもらえて良かったです」と本人の中で腑に落ちたりしていました。

なので、自分の中で自信がなかったり、不安に感じたりしていることについても、少しでも口に出してもらうようにしています。それを受け取り、「いいですね」と承認の言葉をかけるだけで、大きな変化が起こる可能性を感じます。

 院内スタッフへの関わりが少しづつ変化していったのですね。診療の場面ではいかがでしょうか?

杉本 質問のレパートリーや質が変わったのではないかなと思います。以前は、患者さんとのやりとりは一方通行になりがちでした。自分では気をつけているつもりでしたが、コーチングを学ぶ中で、問いかけも変化し、余裕のある診療になりました。自分には対話という武器があるので、どんなタイプの方が来ても臆することなく話せるようになったと感じています。

間も意図的に作ることができるようになりましたし、相手が思いをめぐらせている時に待つこともできるようになりました。声のトーンや速さ、ちょっとしたノンバーバルに気づけるようにもなりました。

 周囲に与える影響も以前と変わっていそうですね。

杉本 チームの後輩から「先生、コーチングが始まってから話がわかりやすくなりましたよね」と言われたこともあります。以前はよく嚙んだりもしていたので(笑) 上手く話したいという気持ちがあるのですが、伝わりやすくなっているみたいです。

被害者的だった自分への気づき

 何が杉本さん自身の変化に影響を与えたのでしょうか?

杉本 一番のインパクトは、自分の中にある被害者的な意識に気づいたこと。今から振り返ると、組織内でうまくいかなかった自分は、常にうまくいかない理由を環境や周囲のせいにしていました。言い訳をして、「自分が悪いわけではない」と安心を得ていたように思います。

周囲のせいにしていれば、自分は嫌な思いをすることはないかもしれません。でも、「周囲のせい、人のせいにし続けることで、失うものはないのだろうか?」と自らに問うようになり、自分の中でいろんな答えが出てきたように思います。

また、目標を設定し、それをどのように達成していくのか? 達成したらその先に何が見えるのか? 今、自分はどこにいて、どんな状態なのか? 課題を解決するためには誰が味方になってくれるのか? 自分の考えを進めてくれるもの、障壁となってしまうものなどは何なのか? コーチ・エィ アカデミアのクラスで学ぶ中で、自分に対してそういった問いかけが頻繁に起こるようになりました。そういった問いに自分で答えて言語化するだけでも、当時の自分にとっては大きな進歩でした。

 被害者的ではなく主体的なスタンスへと、捉え方が変わっていったのですね。

杉本 周囲の人に対する捉え方にも変化が出ました。コーチとのセッションで、「影響力が強すぎて敵だと思っていた人も、強力なパートナーになり得る」と気づき、これまで苦手だと感じていた相手との関係性も変化しました。

 他にはどのような成果がありましたか?

杉本 たくさんありますが、主なものを挙げると、

  • 対話に余裕ができた
  • 具体的な目標を立てることができた
  • 周囲や環境のせいにすることが少なくなった
  • 自己主張するようになった
  • 相手の気持ちをより考えるようになった
  • 人とのつながりが強固になった
  • ストレスが減った
  • あきらめなくなった
  • 前向きに持っているものを減らすことができるようになった
  • 未来を具体的に描くことができるようになった
  • できなかったことより、できた成果を挙げられるようになった
  • 答えを絞り出すような行動をするようになった
  • 医師としての診療に幅ができた
  • 同志に出会えた
  • 出来事を俯瞰的に見ることができた
  • 敵と思っていた人を味方(サポーター)と考えられるようになった

 「答えを絞り出すような行動をするようになった」とはどのようなことでしょうか?

杉本 これまでは何か課題や問題が起こった際に、自分の中でこれが答えだなと思って、そこで終わっていたことも多かったように思います。次の行動に移さないことすらありました。また、その課題について考えることを放棄していたり、あるいはできない理由を探していた自分がいました。

しかし、コーチ・エィ アカデミアで1on1のコーチングやオンラインクラス*を受ける中で、答えや結果がもたらすものが何なのかを考えるようになりました。正解か不正解かはわからなくても、問いを回して何とか答えとなるものを絞り出していくうちに、自分自身の中の気づきが常に起こるようになりました。また、他の人の視点を得ることで、違う答え、成果が得られることを期待して、周囲の人に一歩進んで、自分の答えや考えについて聞いてみるようになったと思います。

共に学ぶ「同志」から受ける影響

 「同志に出会えた」とはどのようなことでしょうか?

杉本 オンラインクラスの中で、クラスのメンバーはすごいな、と思ったことが何度もあります。始めたばかりくらいのときに、すでにクライアントをつけてコーチングをしている方がいらっしゃって、「え!?」とびっくりしました。それまでコーチングはある程度身に着けてからやるものだと思っていたので、とにかくびっくりしました。

参加者の中には人事部の方などもいらっしゃいます。慣れているという側面もあるかもしれませんが、中にはすばらしいコーチングをされる方がいて、自分もがんばらなければと、いう気持ちになったりもします。医療ではないフィールドで活躍される方々の話から学ぶことも多かったです。他の受講生のみなさんからたくさんの影響を受けました。

*オンラインクラス:様々な業界の10名前後のリーダーの方と、Zoomを使って双方向にコーチングを学びます。

(次章に続く)

この記事を周りの方へシェアしませんか?

この記事はあなたにとって役に立ちましたか?
ぜひ読んだ感想を教えてください。

投票結果をみる

※営利、非営利、イントラネットを問わず、本記事を許可なく複製、転用、販売など二次利用することを禁じます。転載、その他の利用のご希望がある場合は、編集部までお問い合わせください。

チーム医療/医療コーチング

メールマガジン

関連記事