医療/福祉現場での対話の価値

制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。


医療はもっと変わっていける
近畿大学医学部小児科学教室 主任教授 杉本圭相先生インタビュー

第2章 院内コーチングの実践で感じた医療業界におけるコーチングの可能性

※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

第2章 院内コーチングの実践で感じた医療業界におけるコーチングの可能性
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大学病院という組織においてリーダーとしてどう行動するかを悩んでいらした杉本先生。コーチングに出会い、自分自身や周囲の人との関係性にどのような変化が現れたのか。また、働き方改革の改善に向けた院内コーチングは何をもたらしたのか。医療現場におけるコーチングの可能性についてお話しいただきました。

第1章 コーチングがもたらした自身の変化、関わりの変化
第2章 院内コーチングの実践で感じた医療業界におけるコーチングの可能性

本記事は2023年3月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。

「まずは動かなければ」という思いで始まった院内コーチング

 コーチングの手ごたえを感じ始めたときに、働き方改革の改善に向けた院内コーチングをスタートされましたよね。

杉本 2022年12月22日、九州がんセンターでの取り組みに関する講演を聴講し、近畿大学も組織としてコーチングを取り入れることを考えました。九州がんセンターに限らず、医療業界にコーチングをもっと展開できれば、変化が多いこれからの時代でもフレキシブルに対応でき、患者さんはもとより職員満足度の向上に大きく貢献することができると思いました。

 当時はコーチングをどのような形で取り入れるかを、コーチングのテーマとされていましたね。

杉本 院内でコーチングを始める前は、前に進むことが怖かったというのが正直な気持ちでした。資格も何もない人間に何ができるだろうと思っていたんです。それでも、コーチ・エィ アカデミアのオンラインクラスの中で、資格を取得する前から積極的にクライアントを獲得し、コーチングを実践している方たちを見て、自分もまずは動かなければと思いました。動きながら考えたらいいと、勝手ながらオンラインクラスのメンバーが味方にいるような気持ちにもなりました。また、コーチ・エィ アカデミアの1on1コーチも、背中を押してくれました。

 コーチングを取り入れる上で、どのように院内の同意を取っていったのでしょうか?

杉本 まずは病院長、事務部長にコーチングの提案をもっていきました。プレゼンを聞いていただき、院内コーチングを始める許可をいただきました。コーチングの対象をどう選定するかについて悩みましたが、「病院で目指すものを軸に考えよう」と思い、5名を選んで実践を始めました。

 院内のクライアント(コーチングの対象者)はどのように選定しましたか?

杉本 今、技術部の5名をコーチしています。コーチングを受けたい人を院内で募集したら、各々、病院の経営や組織改革に真剣に取り組みたいという思いを持っている人が来てくれました。彼らの思いを聞くと、私自身もやり甲斐を感じますし、自分も変わっていけると感じることができます。「自分一人だったら前に進めなかったことが、スピード感をもって進めることができた」と言われたときは嬉しかったですね。

「自分には何ができるだろうか」と組織への働きかけが始まる

 コーチングを実践する中で一番嬉しかったエピソードを教えてください。

杉本 以下は、コーチングを受けてくれている人たちからもらった感想です。

Aさん『今まで心の中では思っていたが行動に起こすきっかけがありませんでした。コーチングを受ける中で、「やってみよう」とう気持ちから「やるべきこと」といった気持ちの変化が起きた気がします。』

Bさん『「目標」ブレークダウンのワークシートを元にコーチングを受ける中で、徐々に目標が明確になっていく過程に面白みを感じました。その目標も他者に指導されたわけではなく、コーチングの中で自身での気付きから引き出されたものであることに感動しています。』

Cさん『毎回のアクションプランを考えて実行しようとすることが、モチベーションアップにつながっています。最初のプレコーチングで学んだスキルを基に、先生との毎回のコーチング内容を参考にしながら、部下との日々の接し方に生かしていきたいと考えています。』

Dさん『これまで意識できていなかった考え方のクセに目を向けられ、分かっていないことが分かるようになり、有意義な時間を過ごしていると感じています。』

対話の中で、それぞれの方が組織内で悩みながらも、「自分には何ができるだろうか?」と考えながら話されるのを聞いていると、そんなリーダーがいることに嬉しく思うのと同時に、近大病院はまだまだ伸びしろがたっぷりある!と、自分自身のテンションもとても上がるのを感じます。

 クライアントの具体的な成果として、数字に現れた変化はありますか?

杉本 その人たちの成果を表にまとめたものがあります。

皆さんからは、「こんなに話を聞いてもらったことはなかった」と共通して言われます。そんなになかったのか?と思うくらい言われます。(笑)

 教授としての責務を果たしながら、コーチングをすることは大変な面もあったのではないでしょうか。

杉本 仕事をしながらオンラインクラスを受講しつつ、5人のコーチをすることは、時間と労力がかかります。業務に支障をきたさないように、朝7時か夜8時のクラスを受け、院内コーチングは病院の勤務時間以外に設定したので、スケジュールはかなりタイトです。コーチングのセッションメモの作成も思っていたより大変でした。

それでも、コーチングの実践を始めて良かったと思っています。まだ始まったばかりですが、クライアントの方々には明らかに変化が起こっています。自らを振り返り、いかに組織へ働きかけられるかを考えている姿を見ながら伴走していると、これから先さらにどんな変化が待っているのだろうと、とても楽しみです。

話を「聞く」ことの大切さ

 杉本さんのコーチングは、相手が話す時間を十分にとっているようですね。承認の一環として「聞く」ということを本当に大切にしていると感じていました。

杉本 先日、『聞く技術 聞いてもらう技術 東畑開人(ちくま新書)』を読みました。

世間には、聞く技術、いかに人の話を聞くか?など、聞くことがいかに重要性か、聞くことでより相手のことを知ることができ、双方の関係性も良くなり・・・とされます。しかし、聞いてもらう技術に関してはあまり情報がありません。自分の話を聞いてもらえないことにストレスをためている人も多いように思います。この本では、誰かに自分をちょっとでも気づいてもらったり、知ってもらったり、そして聞いてもらったりすることが大切で、それができないと、相手の話を聞くことができない、と書かれています。確かにそうだなと思いました。

 クライアントにコーチングしつつ、自らもコーチングを受けるという環境が、杉本さんの「聞く」関わりを大切にするうえでも重要なことだったんですね。

杉本 私たちは、組織においてリーダーシップを発揮する際に、なんとか相手の気持ちを汲み取ろうとして話を聞きます。それはそれで大切ですし、一定の成果は出ていると思います。でも、何かが足りないと感じることがある。コーチングの対話でも、いかに相手に話してもらうかが大事で、そのためには有効な問いが必要とされる。それはそうなのですが、やっぱりどこかで疲れている自分もいる。相手の話を聞きながら、自分にモヤモヤが蓄積していくのがわかる。

いいコーチングをしているコーチには、必ずそのコーチの話を聞いてくれる誰かがいる気がします。聞くを「機能不全」にしないためには、コーチにも自分のことを話せる誰かの存在が必要だなと思いました。「こういう理由だから、ちょっと話を聞いてくれない?」と話す相手がいることが、いいコーチングをするための大切なファクターなのかなと思っています。

また、私にとってのコーチは、そばにいて、背中を押してくれる存在でした。変化のきっかけにコーチの存在は大きいことを実体験しました。コーチと話していると自然に「やれるかも」と思えました。もともと頭の中で「こうなりたい、こうしたい」と常に考えてはいたものの、言語化していない上に、未完了のまま放置していたことがたくさんあります。私の視点を変え、行動を促進させてくれたコーチには本当に感謝しています。そして、自分自身も組織でそんなコーチになりたいと思います。

医療はもっと変わっていける

 では、インタビューの最後に医療現場のリーダーがコーチングを身に着ける価値について教えてください。

杉本 医療現場は、パワーバランスが顕著であるという特徴があります。ですので、相手の感じていること、考えていることを読み取ろうという努力をスキップし、力づくで物事を進めていく傾向も強い。その分、心理的安全性が確立されていないと言えます。それはそれで必要なことですし、そのほうが機能する局面もあります。

ただ、コーチングを通して、人はそれぞれ違うことを身をもって学んだり、自己のファウンデーションを整えたり、自分や相手のストレスサインに想いを巡らせたりするだけでも、現場の空気感は変わるのではないかと思います。私自身はまだ始めたばかりで、ムーブメントが起きているとはいえませんが、もし一人ひとりがコーチングを身につければ、ほんの小さなさざ波がいずれビックウェーブになることは間違いないでしょう。お互いの立場をよく知り、主体性をもって動く、この二つがあるだけでも全く違う組織に生まれ変わると信じています。

 今後の野望について教えてください。

杉本 院内コーチングの許可はいただきましたが、最初にプレゼンした時、病院長はそこまで院内でコーチングを行うことにご興味を示されていないように映りました。でも、いまはその価値を認めてくださり、協力していただいています。もし、佐藤先生の書籍『コーチングで病院が変わった』の第2弾が出版されることがあれば、そこに私も載りたいなというちょっとした野望を持っています。医療はもっと変わっていける、本当にそう思います。

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