制度・仕組みだけでは解決できない複雑な問題に対しリーダーができることは何か。自らコーチングを学び、周囲を対話に招き入れ、組織力やチームワークの向上に尽力する医療/福祉現場のリーダーに迫る。
患者さんの声を「聞く」ことで経営の質が向上
2023年06月14日
※内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
歯科医師として診療や医院経営に従事するかたわら、歯科医院経営の支援も行っている中原維浩先生。コーチングを学んだことが、周囲との関係性や患者さんの満足度にどのような変化をもたらしたのか、また、今の時代の歯科医院経営に、コーチングがどのように効果を発揮するのかを語っていただきました。
本記事は2023年3月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
表紙写真: 中原維浩先生
相手ではなく関係性を変える
中原先生がコーチングを学ぼうと思ったきっかけを教えてください。
中原 コーチングプログラムの中にある、「効果的な質問」という言葉に強烈なインパクトを受けました。
歯科医療において、治療は患者さんとの二人三脚でないとうまくいきません。歯科衛生士や歯科医師がどれだけ頑張っても、歯周病を治すには患者さん自身にセルフケアを頑張って頂かないといけません。
セルフケアの大切さをどれだけ伝えても、なかなか継続してくれない患者さんもいる中で、これまでは、患者さんに治ってもらいたいと思うばかりに、相手を変えようとすることもありました。
効果的に質問をすることができれば、患者さんとの関係性が変わり、そのことによって治療に共に取り組んでもらえるようになるのではという可能性を感じて、受講を決めました。
実際にコーチングを学んでみて、どんな成果がありましたか?
中原 相手を変えるのではなく、関係を変えるということを学んだことです。
日本の人口が減少していく中、歯科医療の生き残り方も変わってくると思っています。これまでの歯科医療は、看板や広告をたくさん出して、新しい患者さんに来ていただくというやり方が中心でした。しかし、今の歯科医療は、従来の患者さんをずっとメンテナンスしていく方向に変化していっています。そのため、患者さんと関係性を築くことがこれまでよりもさらに重要になってきました。
病院の場に来ると感情を出さない患者さんが多くいらっしゃいます。また、医者対患者のやり取りでは、どうしても医者が優位に立つ関係性が成り立ちやすい。そこで、治療を始める前に、患者さんがもっと話せる場にすること、治療に向けてのマインドセットをする場にすることを心がけながら、治療計画説明を行います。そこでは、患者さんも治療するという目標に向かって、責任をもって取り組んでいただくことに同意をしていただきます。
繰り返しになりますが、治療は医師と患者の二人三脚で進めていくものです。患者さんが予約通りに治療に来る、自宅でセルフケアに取り組むことで、関わるスタッフのモチベーションも上がります。そのようにして、お互いの信頼関係を築くことが、関係性にも変化をもたらすことを体験しました。
相手に合わせたコミュニケーションで適材適所が実現
一緒に仕事をされているスタッフとの関わり方で変化したことはありますか?
中原 スタッフに対しても、また患者さんに対しても、相手を知ろうという思いで、聞く、問うということを意識するようになりました。
コーチングを学ぶ前は、医者そして経営者という立場からずっとティーチングだけしていたように感じます。相手のことを知ろうともせず、基本的にはこちらの伝えたいことを一方的に伝えるようなコミュニケーションになっていました。
しかし、スタッフとはもしかすると家族より長い時間を過ごしているので、職場はいわば人間関係を構築する場そのものです。
周囲に目を向けてみると、みんな自分を助けてくれる仲間だし、何より医療は1人でできることは少ない。そこに改めて気づけたのがよかったと考えています。
また、スタッフの採用面接や1on1の場で、「タイプ分け」を使って、しっかりと相手がどんな個性や傾向を持っているのかを見ることで、相手に合わせたコミュニケーションをとるようにしています。そのおかげで適材適所が実現できているせいか、これまで大きな人事異動の必要がありません。
提供: 中原維浩先生
他にも職場で工夫されていることはあるでしょうか?
中原 普段の忙しい業務の中では、コミュニケーションの量が不足すると、スタッフとクリニックのビジョンについて共有が出来なくなります。ビジョンを共有するためには、情報を共有するだけではなく、相手のビジョンについての考えに対する承認や、こちらの考えの開示といった、一方通行ではないコミュニケーションが必要になってくると思います。
入社時にクリニックのビジョンをしっかりと伝える他、定期的に行うクリニック内の勉強会でも、ときどきビジョンについて話すようにしています。
また、コーチングを学んだことは、ファシリテーションにも役に立っていると思います。院内ミーティングで院長が話しすぎると、スタッフは話せなくなります。誰もが自由に話せる場つくりには、周囲を観察しながら進めていくことが大事であり、そこはコーチングと似ているのかもしれないなと思います。
「聞く」を重視することでご紹介患者数が増加
お話をしていて、中原先生はもともとコミュニケーション力の高い方だったのではないかと感じます。コーチングを学んで、ご自身にはどんな変化があったのでしょうか?
中原 コーチングを学んで、自分のそれまでの人生の中で圧倒的に「聞く」ということが少なかったと気づきました。そして、戦略をもって、相手に「問う」ということの学びは大きな収穫でした。
実は、歯科医になる前は、予備校の講師をしたり、営業マンのような仕事もしたりしましました。どちらの仕事でも、自分の持っている知識、商品の特徴を一方的に伝えるばかりでしたが、いま振り返ると、本当に相手のニーズを把握してはいなかったかもしれませんね。
「聞く」ということ、「戦略をもって問う」ということができるようになって、実際に、どんな収穫があったのですか?
中原 医療業界でも、問診の授業でオープン・クエスチョン、クローズド・クエスチョンについて学びます。どういう違いがあるかも習いはしますが、結局、言葉として覚えるだけで、実際に目的に応じて使い分けることはできていませんでした。特に現場では忙しいので、どちらかというとこちらが求めている答えに誘導するような質問を、クローズですることが多い。かつ相手が答えを言い終える前に、続けざまに質問を投げかけていた気がします。
コーチングを学んでからは、きちんと患者さんを知るために、トリートメントコーディネーターというスタッフが、診察の前に30分かけてヒアリングを行う仕組みをつくりました。そのおかげで患者満足度が上がっただけでなく歯科医師や歯科衛生士が自分の職種の領域に集中できるので、ES(従業員満足度)も上がりました。さらに患者満足度が上がったおかげで紹介でいらしてくださる患者さんが増え、広告宣伝費を減らすことができました。駅から遠い住宅街にある歯科医院ですが、定期予防管理型歯科医院として常に多くの患者さんの予約を確保できています。そのおかげで、売上のフローも改善しました。また、人材採用の観点からも地域の方々に支えていただいております。
最後に、コーチングを学ぶことを検討している方へのメッセージをお願いします。
中原 コーチングを学び始めたとき、最初は難しいなと感じることもありましたが、学んでいく中で、どんどん楽しくなっていきました。コーチングについての本はたくさんありますが、130時間かけて体系的に学ぶことでしっかり習得できるものだと思います。私は大人になってからコーチングを学びましたが、子どものころから学んで欲しいと思い、小学生の娘にも分かるレベルでコーチングを教えています。そのせいかどうかはわかりませんが、娘はクラスの人気者のようで、嬉しいです。
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