各界で活躍される経営者やリーダーの方々に、ご自身にとっての「リーダーとしての哲学」お話しいただく記事を掲載しています。
株式会社IHIエアロスペース 牧野隆 代表取締役社長
第6回 あの星へ。あの大空へ。12歳の時の夢を今も追いかける(株式会社IHIエアロスペース 牧野隆 代表取締役社長)
2021年04月12日
さまざまな業界のトップに、経営に関する哲学をお聞きする経営者インタビューシリーズです。
第6回は、株式会社IHIエアロスペースの代表取締役社長である牧野隆氏のインタビューをお届けします。昨年の小惑星探査機「はやぶさ2」のカプセル地球帰還は、コロナ禍の不安や悲しみの最中にいた私たちにとって、一筋の光明を見た大きなニュースでした。今回は、「新しい技術を 宇宙と、空と、美しい地球へ」というミッションのもと、宇宙・防衛・航空分野で挑戦を続けるIHIエアロスペースで、2017年から陣頭指揮を執ってきた牧野社長の仕事に対する思いをうかがいました。
1957年生まれ。富山県出身。1983年東京大学大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻修士課程修了。1989年日産自動車株式会社入社。宇宙航空事業部宇宙技術部配属。2000年7月、営業譲渡により石川島播磨重工業株式会社(現、株式会社IHI)へ移籍。株式会社アイ・エイチ・アイ・エアロスペース(現、株式会社IHIエアロスペース)へ出向。宇宙技術部シニアエンジニア、宇宙技術部専門部長を経て、2006年4月、株式会社IHI 航空宇宙事業本部 宇宙開発事業推進部プロジェクトグループ部長。2011年4月、株式会社IHI 理事兼航空宇宙事業本部 宇宙開発事業推進部長。2015年6月、株式会社IHI 執行役員兼航空宇宙事業本部副本部長。2012年6月、株式会社IHIエアロスペース 非常勤取締役、常務取締役を経て2017年6月より現職。2019年4月より株式会社IHI航空・宇宙・防衛事業領域 副事業領域長を兼務。
今も変わらぬ「有人宇宙船」への思い
有人宇宙船を作りたい----。12歳の頃の僕が抱いたこの夢がもし早々に叶っていたら、僕はとっくに飽きて今頃ほかのことに夢中になっていたかもしれません。しかし、今もなお、僕も、IHIエアロスペース(以下「IA」)も、この夢を追い続けています。
幼少期に見た「鉄腕アトム」などから刷り込まれていたのでしょうか。21世紀には、科学技術の進歩によって世の中のすべてが変わると信じて、これまでの人生を歩んできました。
僕は、自分がやりたいことをずっとやってきたんです。人にはみな、やりたいことがもともと遺伝子の中に組み込まれているように思いますが、僕の場合はそれが科学技術。私の尊敬する師である故・長友信人先生(※)が「エンジニアリングとは人間がものを創る行為である。学問とは真理をめぐる人間関係である」という言葉をのこされていますが、科学技術を使ってモノを作る行為、すなわちエンジニアリングが、僕が生まれつきやりたいことなんです。
「周りと一緒に楽しんでいるか?」を問う
科学技術の力を使って成し遂げたいさまざまな夢。その大きな目標に少しでも近づけようと邁進しているうちに、巻き込む人の数がどんどん増えていきました。僕は30歳になるまで航空宇宙工学部という研究職を務めましたが、そこでは複数の人が集まって協力しないとモノを作れません。だから、自分のやりたいことを実現するためにいろいろな人たちの力を借りることを、自然と体で覚えていったように思います。「はやぶさ」のカプセルも、学生時代に絶対に作るぞと決めてから一貫して追い続けた目標でした。途中、自分が身を置く環境が、研究機関から企業へと変わりはしましたが、やることは変わらない。ただ作り続ける過程では、経済面も含め、非常に多くの方に動いていただきました。
2013年に初めてイプシロン・プロジェクトのチーフエンジニアを任されたときも、モノを作る部隊から設計部隊なども含めて、一つの目標に向けて、総勢300人くらいが僕と共に動いていたように思います。
何事も、大きなことを成し遂げるには、一人の力ではできないのです。だから僕が日ごろ、同僚や次世代のリーダーたちに問いかけるのは、いつも同じ。「周りと一緒に楽しんでいるか?」です。一人で楽しんでいても意味がない。一人で作れるモノなんて、限られている。大きなモノは、みんなでしか作れない。だから、僕自身もリーダーとして、いつも明るく元気で、疲れた顔を見せないことを大切にしています。
バードビューで物事を捉え、進めていく
提供 株式会社IHIエアロスペース
生粋のエンジニアの僕も、2017年にIAの社長に就任して以来、ここ3~4年は経営者としての日々を送ってきました。4年目にもなれば、私の思考パターンを周りが理解して動きますから、会社をこんな風にしたいなと思っていた姿にどんどん近づいてきて、それはもう、とても楽しい毎日です。その一方で、そろそろ卒業かなとも感じます。
4年前の社長就任時は、直後に予定されていた全員集会で何を話そうか悩んだこともありました。そして、考えて考え抜いて、「どんな社長になろうかと考えることを辞めよう」と決めた。それは無駄だ、と思ったんです。
社長像に自分を当て込むのではない。自分が社長になると、会社はどう変われるのか、だと。なので、僕は自分に「天才エンジニア」という看板を立て、「天才エンジニアが社長になったら会社はどうなるか」というキャッチコピーでスタートしました。中には「変態エンジニア」だという人もいますし、それも正しいのだけれど(笑)、この4年間で、IAはかなり技術オリエンテッドな会社だとエンジニアが体感できるようになってきました。社内のエンジニアの表情が前よりずっと明るいんです。
技術オリエンテッドな会社というのは、俗に〝サラリーマン的″とも言われる前例主義を排する会社です。新しい価値観で物事を進めるには、バードビューで俯瞰して見る能力がとても大事でしょう?迷路の中で行き先を悩むより、上から全体を見渡したほうが、すぐに進む方向性がわかります。
もちろん、いろいろな人材がいてこそ会社は面白いので、10人中1~2人くらいはサラリーマン的な人材がいたほうが良い。ダイバーシティは、性別や国籍での多様性ばかりではないんです。同じ日本語を話す日本人同士の中でも考え方の違う人たちがたくさんいる、そのこと自体が楽しいことです。
考え抜く経験を積み重ね、自分のポテンシャルを開花させていく
ただ、多様な人材の中でも、ポテンシャルを感じるエンジニアには、きらりと輝く自信が備わっています。僕には、そういう人材を見抜く能力に長けている自負があります。
エンジニアの世界には、さまざまな研究分野や数多くのプロジェクトがありますが、リーダー格を担うのは各プロジェクトにつき一人です。その一人が、他の大勢のエンジニアたちと何が違うのか。それは、深く考え抜いた経験の有無だと思います。考えて、考えて、考え抜いた挙句、答えが見つかっていなくても、それは全く構わない。ただ、考え抜いた経験がある人に、その分野に関する問いを投げると、自信をもって話し出す。そんな、深く考え抜く経験を積んできた人材に、僕はとてもポテンシャルを感じます。
そうした人材を育成するのも、結局のところ、本人の力が大部分です。上司や会社の人事システムなどの環境が作用できるのは、およそ3割程度ではないでしょうか。残る7割の力は、自分の力で、仕事も個性も自然と伸ばし広げていくように思います。
背伸びしたら届くかもしれない夢は、想いだけで終わらせない
提供 株式会社IHIエアロスペース
宇宙と空を駆け巡りたい。美しい地球を守りたい。この熱い想いを、想いだけで終わらせることのないよう、IAは今も真面目に、CO2を排出しない飛行機や、空を飛び回れるモビリティ用エンジンなどの開発に、真摯に取り組んでいます。そして、必ずや有人宇宙船を作るという目的を成し遂げ、その先も技術の最先端を歩むチームとして、IAは世の中に貢献する会社であり続けたいと思います。
僕個人にとっても、いま、一番成し遂げたいことは有人宇宙船を作ることで、会社の目標と一緒です。でも、さらに踏み込めば、自分で作って、自分で宇宙旅行をしたい。10年くらいの片道切符で宇宙船に乗り、宇宙の星屑になっちゃっても良い(笑)。そのくらいの気持ちがあります。
だから、社員が活き活きと楽しみながら、新しい価値を創り出そうとしていることが確認でき、会社という器において、これ以上自分のやれることは特にないなと思えたら、喜んで社長を退きたいと思います。なぜなら、僕にはやりたいことがたくさんあるからです。
おもしろくないことに対しては、どこを探してもやる気スイッチが出てこないのに、おもしろいことが見つかると、いくつになっても、やる気スイッチが押されます。ただ、やりたいことがたくさんあるということは、残念ながら、たった一つのやりたいことが見極められていない状況でもある。
ですから、これから社長を退く日が来たら、少し充電して、ちょっと背伸びしたら届くのだけれど、背伸びしなかったら絶対に届きそうにない、そんな「やりたいこと」を見極めていきたいと思います。
※ 長友信人氏 独立行政法人宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 名誉教授(2007年没)
本記事は2020年10月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
表紙写真: 株式会社IHIエアロスペース提供
株式会社IHIエアロスペース
当社は、IHIグループの一員として、2000年に設立され、昨年で20周年を迎えました。我国を代表する衛星打上用固体ロケット製造メーカであるとともに、その技術を生かし宇宙利用機器や防衛関連製品、航空機用FRP部品等の製造も行っています。「新しい技術を、宇宙と、空と、美しい地球へ」をミッションに掲げ、宇宙、防衛、航空の分野で更なる飛躍を目指して参ります。
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