各界で活躍される経営者やリーダーの方々に、ご自身にとっての「リーダーとしての哲学」お話しいただく記事を掲載しています。
東洋インキSCホールディングス株式会社 髙島悟 代表取締役社長 グループCOO
第10回 『最良のことは未来に来たれり』コロナ禍を奇貨に、100年先もぶれない軸を貫く
2021年06月14日
さまざまな業界のトップに、経営に関する哲学をお聞きする経営者インタビューシリーズです。
第10回は、1896年創業の東洋インキSCホールディングス株式会社 第14代目社長である髙島悟氏のインタビューをお届けします。
髙島氏は、コロナ禍による緊急事態宣言が発出された2020年3月に社長に就任。それから約1年が経ちました。本インタビューでは、コロナ禍による会社経営への影響とご自身の変化などをうかがいました。
1960年生まれ。長野県出身。慶應義塾大学法学部卒業後、東洋インキ製造(現東洋インキSCホールディングス)入社。米国・タイ駐在を経て、2013年取締役就任。14年東洋インキグループの中核事業会社のトーヨーケム代表取締役社長に就任。16年常務取締役、19年専務取締役、20年3月代表取締役社長グループCOOに就任(現任)。
コロナ禍が"ゆでガエル"の目を覚ます
当社は、印刷インキという製品を生業に、創業120年超の歴史のある会社です。学校の教科書にも使用される印刷インキは、子どもたちの勉学に欠かせないものとして社会に貢献してきました。また、大震災などの有事においては、ニュースを伝える新聞のインキは絶対に切らしてはいけません。原料を切らさないために、新聞社にカラーインキの使用停止をお願いしながら、黒色インキの供給を必死に続けたこともあります。
それが今は、ニュースをデジタル媒体で読む時代。印刷インキ事業をどうするのかは、大きな課題です。
私たちは長らく、目の前の業務を回すことで、その根本的な課題から目を背けてきました。コロナ前の当社は、そんな"ゆでガエル"状態にあったかもしれません。
この1年は、コロナ禍で急激に加速したデジタル化の波に対し、印刷インキ事業の今後の戦略、当社の新たな事業ポートフォリオ戦略について決断を下すべく、喉元に刃を突き付けられた感覚でした。これまで以上に危機感を持って、変革に取り組まなければならない。コロナ禍によって、時代が何倍速にも早送りされ、そうした意識変革がもたらされました。
改めて胸に刺さる経営理念
提供: 東洋インキSCホールディングス株式会社
社員の健康と安全を守るために、オフィス勤務の社員には在宅勤務を命じました。でもその一方で、工場勤務の社員に対しては、毎日出社を要請しなければなりませんでした。自分の言っていることは真逆です。この相反する指示を同じ社員に対して出すことに、最初は葛藤がありました。それが腑に落ちたのは、当社が背負っている社会的責任への気づきでした。
自粛期間中、スーパーで大量にレトルト食品が買われ、品薄になったことは記憶に新しいと思います。あのレトルト食品のパッケージには、当社のフィルム用インキが使われています。レトルト食品が長期保存と調理時の加熱処理に耐えうるのには、フィルム接着用に当社のラミネート接着剤が使われているからです。社会に貢献するものを作り続けている当社の工場は止めてはならない。それは、将来にわたって当社が本気で生きていくための基軸について、解に辿りついた瞬間でもありました。
当社の経営理念には「私たち東洋インキグループは、世界にひろがる生活文化創造企業を目指します」とあります。2021年1月からの新中期経営計画では「新たな時代に貢献する生活文化創造企業」を目指す姿として掲げました。
生活文化の創造とは何かというと、新たな時代、コロナ禍のニューノーマルの時代に必要とされるものを提供していくことに尽きます。それはモノでも、モノに使われる素材でも、技術でも、ノウハウでも良い。とにかく社会に貢献する領域に経営資源を集中させよう。自分自身が理念に掲げられた「生活文化創造企業」について本気で理解した結果、社内外で何度も私はこの言葉を口にするようにもなりました。言葉の力はすごいです。それまであまり経営理念に立ち戻ることのなかった社内でも、「生活文化創造企業」の言葉はかなり浸透してきたように感じます。
「義利合一」を実現する
「社会に貢献する」というと、聞こえが良いかもしれません。しかし、社会の貢献と同時に、利益の追求も怠ってはいけません。昨年3月に社内で社長就任の挨拶をしたときも、自分が重視することとして、社会貢献と、利益の追求の二つであると宣言しました。これは渋沢栄一の名著『論語と算盤』でも唱えられている「道義を伴った利益を追求せよ」という基本コンセプトに沿ったもので、「義利合一」とも言われます。「義」はすなわち正しいことをすること、「利」はすなわち利益を追求することであり、この二つは決して矛盾するのではなく、この二つを追うことは正しいというのが渋沢の一つの教えです。世界の人に貢献する仕事をするけれども、利益は絶対にあげる。これが私の追い求める経営の在り方です。
そして経営のダイナミズムは、「MQY3DC」の「C」で考えないと生き残れないと思っています。毎月(Monthly)足もとの状況を把握し、四半期ごとに(Quarterly)業績を開示する。そして1年(Yearly)で決算を締めて税金を納め、3年間(3-year)中期経営計画を策定し、10年(Decade)の長期ビジョンを策定する。しかし今後は、「環境」も意識した100年(Century)先を見据えた時間軸で経営をしていかなければならないと思います。そこまで先を見据えても、当社の経営理念である「生活文化創造企業」という考え方は、ぶれない軸として不変です。
「裸の王様」にならないために
社長の仕事は、こうした基軸や目指すべき方向性を示すことであり、そこから先のHow toにまでは踏み込まないのが良いと考えています。そして常に「今、正しいことをしているか?」「今、社長の仕事をしているか?」と自分に問いかけています。また、自分に対してNOを言える人材を近くに置けているかどうかも重要です。おかしいときはおかしいと言ってほしいし、近道があるならそれは教えてほしい。その役割は、当社のNo.2を担当する方々なんだと思いますが、私に対する遠慮があるのかないのかは、この立場にある限りはずっとわからないのかもしれません。
その点、妻や娘たちは遠慮がありません。「最近、お父さん変わった」「よく言えば強い社長っていう感じがするけど、偉そうだよ」と言われたこともありますが、そう指摘されると「自分は謙虚になれているか?」「きちんと人の話に耳を傾けているか?」という意識が働くので、ありがたい。40代でタイの現地法人に赴任し、一人血気盛んに暴走して、海外の現地社員から反発が起きたという失敗をしたことがあります。人の意見に耳を傾けなくなったら、それはおしまいです。
もう一つ、コミットした業績目標を達成できず、業績やそれに伴う株価が下がり続けたら、責任をとらなければならないとも思っています。
社長就任後、わずか1年ですが、私の中にもさまざまな変化がありました。会社の目指す方向性をきちんと自分の言葉として発信できるようになったことは大きな成長です。全世界のグループ社員約8,200人に対する責任、そしてお客さまやお取引先さまに対する責任から、中途半端な形で社長業を放り出してはならないと、今まで以上に健康にも気を遣うようになりました。
今年の入社式に、私は自分の好きな言葉である"The best is yet to come(最良のことは未来に来たれり)"を新入社員に贈りましたが、ネットリテラシーだけでなく体力や知力、記憶力でも若い人にはかないません。そこを勘違いすることのないよう、若い人材が遠慮なくのびのびと仕事をしていける環境を作り、社員みんなの力で、ニューノーマルに必要とされる生活文化を創造し、世の中の生活を豊かにする貢献を目に見える形で残していけたらと思います。
本記事は2020年12月の取材に基づき作成しています。
内容および所属・役職等は取材当時のものを掲載しています。
表紙写真: 東洋インキSCホールディングス提供
東洋インキSCホールディングス
1896年に印刷インキメーカーとして創業し、原料である機能性顔料と樹脂を核に独自のスペシャリティケミカル素材の開発、提案を行う。色材・機能材関連、ポリマー・塗加工関連、パッケージ関連、印刷・情報関連の4つのセグメントで事業を展開し、ヘルスケア、エレクトロニクス、エネルギー分野などに領域を拡げている。変わりつつある新たな社会ニーズに対して、真に必要とされる価値を提供し続けていく企業となるべく、「新たな時代に貢献する生活文化創造企業」を目指す。
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