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言わないのはもっと危ない

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今、ある通信会社の風土改革プロジェクトを手がけています。

経営陣と現場の対立、セクショナリズムの横行、世代間のギャップの拡大。

社内には淀んだ空気が流れ、社員一人ひとりのモチベーションは下がる一方です。

その会社の部長を20人集め、風土を改革するために何ができるのか、2日間のグループセッションを行ないました。

初日の朝、眉間に皺を寄せた部長達が、口角を下に押し下げ、挑むような目を私の方に向けながら座っていました。

顔に書いてありました。

「このくそ忙しいのに、何をやらせようっていうんだ!」

彼らの表情を前にして、自分の息が少し浅くなるのを感じました。

肩と首の周辺は明らかに硬くなっていました。

セッションが始まるまでの間、何度か彼らに気づかれないように息を細く長く吐き出しました。

部長達に、全社員にウェブ上で回答してもらったアンケートを基に作成した風土診断シートを1時間近くかけて読み込んでもらった後、彼らとのやり取りを始めました。

まず私から聞きました。

「感想はどうですか?」

腕組みしこちらを睨んだまま、部長達は誰ひとりその問いに答えようとしませんでした。

20秒近く待ったでしょうか。

相変わらず、ほとんどの部長はまじろぎもせずこちらを凝視していました。

私は、自分自身の胸の辺りに鈍い重さを感じ始めました。

その胸の重さを取り払うために、後ろの列に座っていた、少し小太りの部長に話しかけました。

「部長がどうしたいのかということが大事だと思います。どんなWANTSを持っているかが。どうしていきたいですか?」

はぐらかすように、にやにやと笑いながらその部長は答えました。

「普通の生活でいいですよ」

彼のその一言が自分の中にある「スイッチ」を「ON」にしました。

「逃げない」そんな声を自分の内側に一瞬聞いた気がしました。

そして、視線を少し強くして彼に問いかけました。

「何を基準にして普通と言うんですか?」

「まっ、ほら家庭が温かければいいかなと」

よくやったと言わんばかりに周囲の部長達がニヤニヤと笑いました。

他には一切目をくれずに、その小太りの部長だけを見続けて私は聞きました。

「仕事では何かありませんか。WANTSが」

「子供が受験なんで、やっぱりお金がたくさんほしいかな」

周りがどっと笑いました。手をたたく人さえありました。

その笑いを裂き、大きく一歩彼の方に踏み出し、視線を更に強くして言いました。

「もし私が部下で、上司であるあなたに、部長はどういうビジョンを持っていますかと聞いてもそういう答え方をするんですか! ○○さんは一般社員じゃないんですよ、部長なんですよ! あなた達次第で会社は変わるんじゃないんですか! 部長としての意見を聞かせてくれませんか!」

彼は私の強い言い回しに虚を突かれたようでした。そして少し上ずった声になりながら、
「そっ、そうですね......仕事では......」

彼は仕事でどうしていきたいかを語り始めました。

周りの部長達も真剣な面持ちで彼を見ていました。

その後2日間に渡ってどうすれば会社の風土を変えることができるのか、20人の部長は熱心に議論を交わしました。

私は、時に共感し、時に異論を唱え、彼らの議論がより活発になるよう促進役を務めました。

2日間のセッション終了後、小太りの部長が私のところにやってきて言いました。

「これまで結構あきらめてたんだよね。自分の上の役員が一方的に全てを決めてしまって、それになかなか賛同できなかったので。もう何を言っても無駄だろうと。でも36歳の先生が僕ら50代の人間にあそこまで言うのを見ていて、もう1回帰ったら役員に言ってみようと思いましたよ。ほんとうに。今回参加できて本当によかったですよ」

私は彼に言いました。

「言うのは危ないですけど、言わないのはもっと危ないですよね」

風土改革はまさに今始まったところです。

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