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10年近く前のことです。私は今とは別の会社で横浜支社長という立場で働いていました。

あるとき、東京の本社から25歳の女性スタッフが転勤してきました。彼女は明るく前向きでとても優秀、一緒に仕事をするのが楽しみになるようなすばらしいスタッフでした。

私は彼女を多くのプロジェクトに参加させました。彼女もその期待に応えてのびのびと仕事をこなしているように見えました。

一緒に働くようになって3ヶ月程経ったころ、夕方のオフィスで、彼女から唐突に声をかけられました。

「桜井さん、話したいことがあるんですが、ちょっといいですか?」

ふたりきりで話すために、オフィスからエレベーターホールに出ました。立ったままで向かい合うと、彼女はぽつぽつと話し始めました。

「桜井さんは、最初は一緒に盛り上げてくれるけど、あとはほったらかしで冷たい。最後は全部私に押し付けて、ずるいです」

私にとっては、うまくいっていると思っていた部下から思いもかけぬ話をされて、その瞬間はショックで何を言われているのかよくわかりませんでした。

しかし、それがきっかけとなって、私と彼女とのコミュニケーションの量は飛躍的に増えていきました。私たちは、お互いが理解するまでとことん話すようになり、それとともに彼女はより多くの仕事をこなすようになっていったのです。彼女は、自ら私に働きかけることで、自分の働きやすい環境を作り出したのです。

後日、部下から上司に対するこのような働きかけを、コーチングアップと呼ぶことを知りました。キャリア・アップしていく人は、少なからずコーチングアップを行っているものです。能力の高い人は、仕事ができるだけではなく、コーチングアップもうまいのだと思うのです。

つい先日のことです。部下のひとりから、メールが来ました。メールのタイトルは、「今思っていること」。なんだろうと思って、少しどきどきしながら、メールを開きました。そのメールには、私の仕事の指示の仕方などについてのフィードバックとリクエストが書かれており、メールの最後は、次のような言葉で締めくくられていました。

「私は、桜井さんに適当にぞんざいに扱われている感じがします」

ガーン!

10年前以上のショックです。

部下の顔が思い浮かびました。どんな気持ちでこのメールを書いたのだろうか? 毎日どんな気持ちで仕事をしているのだろうか?

自分にとっては、最も良い関係で働いていると思っている部下だったのですが、あらためて、これまでのコミュニケーションについて見なおすことになりました。頭の中で考えがぐるぐると回り、その夜はあまり眠れませんでした。

翌朝にかけて、私はふたつのことを決めていました。まずは、時間を取ってこの部下ととことん話すこと。部下が気持ちよく、より高い生産性をあげられるような状態を作り出そうと思いました。

そして、自分のトレーニングのために「マネジメント・プログラム」のコーチを受けること。

私は、昔も今も、コーチングアップのうまい部下に囲まれているようです。

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