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点滴の針
コピーしました コピーに失敗しましたあるクリニックで友人の点滴治療に付き添ったことがあります。
医師は38歳の男性、某総合病院で血液内科の臨床医を10年以上勤めている優秀な人です。友人はその医師とは初対面でした。
「えー。先生が針を刺すんですか? 大丈夫ですか? 僕、血管が細くてよく何回もさされちゃうことがあるんですよ。先生、本当に大丈夫ですか? いつもの看護師さんはいないんですか?」
と不安そうに騒いでいます。
その医師は、とても冷静に「大丈夫ですよ」といいながら、友人の腕をとると、あっという間に静脈を探し当てて、1回で点滴の針を入れてしまいました。友人の態度は一変しました。
「先生! うまいですねー! 次回も先生にやってもらいたいな」
その医師は次のように言いました。
「私の専門は血液内科ですから、本当は針を刺すのがうまいだけではいけないんですけど......。でもうまく針を刺すことは、患者さんとの信頼関係を築くためにも重要なことなんです」
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先日、公開でコーチングのセッションを行う機会がありました。会場から、クライアントを募り、ステージ上で10分ほどのコーチングを行いました。
ステージにあがったのは、35歳の女性です。小学校3年生の男の子を育てながら、外資系の会社で営業の仕事をしています。ご主人は単身赴任で家に戻るのは週末のみ。コーチングのテーマは「仕事の効率をあげて子どもと一緒にいる時間を増やしたい」というものでした。現状を聞いていくと、重要な仕事を任されていて、仕事に対して燃えている。
なかなか難しいコーチングです。しかも、ステージの上です。初めてコーチングに触れる大勢の人が注目しています。ここで失敗することはできません。
「それを解決するには、物理的にお子さんといる時間を増やすしかなさそうですね。そのためにはどうしたらいいと思いますか?」
仕事も家事も精一杯でやっている彼女に、あまりに短絡的な質問をしてしまって、私の頭の中は真っ白です。
「ということは、もう少し時間にゆとりのできる仕事に変わるか、仕事そのものをやめてしまうか、ほかに何かアイデアはありますか?」
あせった私は、追い討ちをかけるように、無理やりな質問をしてしまって頭の中はパニック状態。
「それがどうしたらいいかわからないんです。仕事は辞めたくないし、でも、子どもともっと一緒にいたい」
案の定、話は堂々巡りになりました。脇の下に汗が流れるのがわかりました。
私は目の前の椅子に座ってうつむいている彼女をしばらくの間見つめていました。夫は単身赴任。一人で家を守り、会社で仕事をし、子育てもしている。その上、もっといいお母さんでいるためにコーチングを学びに来ている。
「よくやってますよ。本当に頑張ってますね。すごいと思います」
私は思わず声をかけていました。
しばらく沈黙が続いたあと、彼女はとつとつとしゃべり始めたのです。
「もっと子どもとの時間を増やさなければいけない。もっといい母親にならなければいけないと思ってきました。誰かに『頑張ってますよ。十分良くやってますよ』と言って欲しかったんだと思います。さっき桜井さんにその言葉を言ってもらえて少しほっとしました。今は頭の中で、この限られた時間の中で、こどものために何ができるのかを考え始めています」
私は、優秀な医師が点滴の針を一発で静脈に刺すように、クライアントの視点を一瞬の内に変えてしまえるようなスキルを身につけたいと思いました。
もっとスキルを磨きたい。
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