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コーチングを断る

コーチングを断る | Hello, Coaching!
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数年前のことです。私は、福岡を中心に美容室をチェーン展開している経営者のコーチをしていました。

テーマはずばり経営の拡大。コーチングを開始してから半年間、2店舗の新規出店というゴールを達成し、コーチングは無事に終了しました。その最後のセッションで「次は、社員をコーチして欲しい」という申し出を受けました。

店長はじめ、主要なスタイリストをコーチして欲しい。彼らのコミュニケーション力を磨いて、接客力を高めることで「店販」を増やしたい。

来店したお客さんに、トリートメントを追加してもらったり、シャンプーを買ってもらったりする。このことを美容業界では「店販」と呼びます。つまり「店販」を増やすことで、顧客単価をアップさせたいというのです。

「店販」は、スタイリストのコミュニケーション能力で大きく左右されるといいます。たとえば、ここ数年はカラーリングが大きなブームでした。あるお客さんが「ピンクアッシュに染めてほしい」と言ったとします。普通のスタイリストであれば、その希望を聞いてピンクアッシュに染めるだけで終わってしまいます。しかし、スタイリストのコミュニケーション能力が高ければ、店販の可能性はもっと広がります。

「ピンクアッシュに染めてください」
「はい、わかりました。ピンクアッシュですね。どうしてピンクアッシュに染めようと思われたんですか?」
「小顔に見えるって雑誌に書いてあったんです」
「なるほど、そうなんですね。お客さんの顔立ちだったら、少しパーマをかけて、顔まわりにレイヤーを入れてあげると、もっと小顔に見えると思いますよ」
「そうなんですか? じゃあ、パーマもかけてください」

このようにお客さんの真意を引き出すことができれば、お客さんも喜び、さらに「店販」にもつながります。

相手から引き出すコミュニケーションは、コーチングが最も得意とする領域です。私はきっと店販の拡大にコーチングが役立つだろうと思いました。そして、十数人のスタイリストをコーチして欲しいという破格の申し出に、私は心が躍る思いでした。

私は、すぐに社内でチームを組みました。そして、売り上げの良い店舗を選んで、好成績のポイントは何なのかを知るために現地リサーチを行いました。

実際にお店に行ってみると、どのお店も繁盛している。お客さんが待っている。スタイリストはとても忙しそうに働いている。

閉店後、スタイリストにインタビューをしました。

「忙しくて、ひとりのお客さんとゆっくり話している暇がない」
「うちは競合よりも少し価格を抑えているわけだから、ひとりあたりの単価を上げるよりも、数をこなすのが大切」

そして、どのスタイリストも口を揃えて言うのです。
「店販を拡大したいという社長の考えはわかりますが、お客さんが待っているのにそれは難しいと思います」

リサーチの結果をその経営者に報告しました。
「でもね、桜井さん、コーチをつければなんとかなるんじゃない? コーチをしてもらって売り上げを伸ばしたいんだよ」
「確かにコーチをすれば、彼らのコミュニケーション力は伸びるだろうし、お店の雰囲気もさらに良くなると思いますよ。それは保証します。でも、コーチングを行っても、今の営業形態では売り上げの向上に反映されるとは限らないと思うんです」
「それじゃあ困るよ。コーチしてもらって売り上げが伸びないんじゃ意味がない。2ヵ月後に、店販拡大のキャンペーンをやる予定だから。それまでになんとかしてよ、桜井さん」

どこまで行っても平行線です。

おそらくこのコーチングを引き受けたとしても、社長が考えるような売り上げをあげることは望めないのではないか。実際に、コーチを受ける人たちにその意欲がなければうまくいくはずがありません。もちろん、コーチを受ければ何らかの形でプラスにはなるでしょう。しかし、この経営者の望む成果を出すのは難しい。

社内のチームで意見を出し合い、検討に検討を重ねました。そして、最終的には、その仕事を断ることに決めました。

できることとできないことをはっきりさせることは、コーチとしての信頼を得るためにも、コーチ業界全体の発展のためにも、大切なことだと思うのです。

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