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I want vs I want

夏休み、アメリカから日本に帰国していた
友人夫妻の一家と会う機会がありました。
彼らは小学生の娘さんを学校に入れるために、
2年前からボストンに移り住んでいます。
この学校は40年の歴史のある学校で、
幼稚園児から高校生まで在籍しています。
特徴は、なんといってもカリキュラムが一切ないことです。
一切というのは一切です。全くない。
生徒はただ学校に行って、自分がしたい好きなことを一日やって帰ってきます。
5歳の子も、10歳の子も、18歳の子も。
友人曰く、
「プレイステーションを一日中やっている子もいるし、
好きな本を端から読み漁っている子もいるし、
スポーツに興じている子もいる。
先生は傍らで見ているだけで、何も指示をしない。
生徒がサポートを求めてきたら快く応える。
それが学校の全てなんだよね」
強制のない自由な環境の中でこそ、自分が欲していること、
真の「I want」を見つけることができるというのがこの学校の教育方針です。
友人によると、この学校を出て、ハーバード大学に進学する子もいれば、
パン屋になる子や、写真家になる子もいるそうです。
それぞれがそれぞれの I want をこの学校の中で発見していく。
そのための場であるわけです。
この友人の娘さんと私の息子がたまたま同じ年で、気も合ったのか、
5時間ほどぶっ続けで二人で遊んでいました。
見ていると友人の娘さんは、頻繁に I want を口にしています。
「ゲームがしたい!」
「DVDが見たい!」
その学校ほどではないにしろ、割と自由に育てている息子も
娘さんに触発されて、負けじと、I want を口にします。
「海賊ごっこがしたい!」
「お絵描きがしたい!」
まさに I want と I want のぶつかりあいです。
どう折り合いがつくのだろうと見ていると、
友人の娘さんがうまく接点を見出していきます。
「じゃあ、10分海賊ごっこして、その後ゲームをしましょう」とか。
「DVDのキャラクターを見て、それを後で絵に描くのはどう?」とか。
息子はそうした提案を快く受け止め、遊びが進行していきます。
この光景を一緒に見ていた友人が話をしてくれました。
「I want を見つけるだけであれば、自分一人でもいいかもしれない。
学校に行く必要は特にないかもしれない。
でも、この学校がいいのは、
お互いの I want を大事にするようになるということなんだよね。
どの子も I want だらけだから、時にはお互いの I want がぶつかることもある。
どこかで折り合いをつけなければならない。
それを繰り返していると、どうすれば自分の I want を大事にしながら
他人の I want も大切にすることができるかを自然に学習するんだろうね」
友人の話を聞きながら、ふと日本の企業を
この学校のように運営したらどうなるだろうと考えました。
企業では、社員はいつもいつも I want を声高に叫べるとは限りません。
それどころか、どちらかといえば「I must」の中に埋没して、
自分の I want がなんなのか、
皆目見当もつかなくなるようなケースもあります。
多くの経営者は、社員に好きに I want を語らせたら収拾がつかなくなって、
経営がおぼつかなくなるのではと心配しています。
でも、もし、思い切って、
一人ひとりの社員に「この会社で何をしたいのか」と、真剣に問い、
「その実現のために全力をあげてみろ」
と投げかけたら一体何が起こるでしょうか。
ばらばらになるのではなく、実はお互いの I want の実現に向けて
サポートし合うような組織が生まれるのかもしれません。
本来人間には、そうした行動傾向があるのかもしれません。
それがうまく引き出せていないだけで。
一人ひとりに I want を認めることの結末はカオス(混沌)ではなく、
コスモス(秩序)ではないか、そんなことを考えた夏の一幕でした。
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